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44話 別れと旅立ち

 新人バイトに備品を破壊された時から、2日後の昼下がり。

 輪は早朝からディルマ村に向け、ワゴンRを走らせていた。

 前回訪れた際には七大罪という天災に見舞われた為、後部座席には護衛を買って出てくれた暴迅、リュシエルの姿。ライダースーツの上に羽織りを着込み、ミドルブーツを履いた美脚を組みながら外を眺めていた。


 刈り損ね、色の褪せた麦の穂が、風に揺れている。


 かつて強欲の思惑、その犠牲に沈んだ麦の産地、ディルマ。

 今はよく晴れ、視界の先には、ゆるやかに広がる山と血色の魔法陣が裂いた痛々しい痕跡の残る畑。人の住まない民家。看板の傾いた商店など、廃れ始めた様子が痛々しい。

 人影はない。廃墟のような静けさが、日差しの中で漂っていた。


 輪はワゴンRを村の入口へ。鍵を捻るとエンジンが停止する。

 運転手席から輪が降りるのと同時に、後部座席からミドルブーツのヒールを鳴らし、リュシエルが出てくる。


 無言のまま、村を一瞥したその瞳に、何かがかすかに揺れた。


「……記憶より、ずっと静かですわね」


 リュシエルはそう呟きながら、足を進めた。

 あの夜、強欲との戦いで荒れ果てた村。地割れに巻き込まれ倒壊した家屋の痕跡は、痛々しく、あの夜の戦闘の悲惨さを物語っていた。


「あの時はまだ、話しかけて来る人とかいたからな」


 その村人達も自我が残っていた訳ではなく、命も風前の灯火の中で普段の生活を強制されていた姿だった。


 輪も一歩遅れて車を離れる。

 村の大通り、ゆっくりと歩を進める。七大罪と対峙した日は恐怖、異質さで景色が見えずにいたが、風と砂利を踏み締める音のみとなった今、村をじっくりと眺めると、見えて来る。

 かつてあったであろう生活。横倒しになった洗濯物干し。風に飛ばされたのだろう衣服。そして所々に残された農作業の用具。


 村の遺体の殆どは冒険者ギルド、商会ギルドにより現場検証兼弔いが行われていた。

 もし3日間死体が放置されていれば、村の中は立ち込める腐敗臭に包まれていた事だろう。その迅速なギルドの動きは、商会ギルド長のマッチョが隈を作るほど駆け回り、苦労をした成果といえる。


「……必ず、次こそは……仇を討ちますわ」


 リュシエルは体の前で手を合わせ、黙祷。翠の目を細め、その姿からは再戦と復讐を誓う闘気が滲む。

 空間が揺らぐ程の怒りを漂わせ、祈りを終えると、羽織りを翻し歩みを進めた。


「カトリナ達は、村長のところだな」

「えぇ、向かいましょう」



* * *


 広場や家々を抜けて、村の一番奥まった場所。木製の柵に囲まれた村長邸が見えてきた。

 その門の前に二人の人影。一人は見慣れたディアンドル風の服装の少女、カトリナ。3日振りに逢うが、ディルマ村で残り様々な事を経験したのか、随分と大人びた顔に見える。

 もう一人は手に花束を抱え、長い黒髪を結んだ村長の娘──ハナ。


 先に輪達に気づいたのはカトリナ。顔を上げ、ぱっと表情を和らげて駆け寄る。


「店長さん……!」


 何時もと同じ笑顔だが、疲労の色が滲んでいる。無理もない。村長を看取り、両親を同時に失った傷心のハナを支え続けたのだ。成人前の少女にとってその心労は計り知れない。

 輪が労いも兼ねて右手を挙げて応えると、彼女は近寄り、その手を胸の前で握りしめた。


「店長さん、お久しぶりですっ。あと、迎えにきてくれて、ありがとう……です」

「カトリナこそ、ありがとう。お疲れ様」


 無意識で至近距離まで近付き、手まで握りしめていた事に途中で気付き、慌てるカトリナ。疲れながらも何処か犬っぽいらしさを失っていない所作に、輪は思わず笑みを漏らした。


「ハナさん、お待たせしました。お父さん達のこと……手伝えずすみません」

「いえ、店長さん達が村の人達を運んでくれて……呼んでくれたギルドの人達が、村の事も片付けていってくれました。どう感謝すれば良いか……」


 深々と頭を下げるハナ。

 その姿を見て、輪は改めて思う。外見的には自身と同じぐらいの歳、その娘が両親を失い、生まれの村まで父と下衆のせいで滅び掛けている。その重圧、今後の誹り等を受ける覚悟を決め、それでも生き続ける事を選んだ。

 果たして同じような状況になったとして、自分は彼女のように気丈に振舞えるかと問われれば、首を振るだろう。強い人だ、村が無事であれば村長の器であったに違いない。


「これから、墓に手を合わせに行くんだよね。俺達も一緒に、良いかな?」

「無論です。山の中腹に……父と母を、並べて眠らせました。山道なので、歩きになりますけど……」


 ディルマ村は山の麓にある。村長邸の裏手の青々とした山、その中腹。随分と長丁場になりそうだ。

 輪はちらりとリュシエルを見る。ライダースーツにミドルブーツ。山登りには一切適さない格好ではあるが、登山は可能だろうか。といいつつディルマ村に向かう道中で魔獣に出くわし、獅子奮迅の活躍を見た後なので、心配はないが。


「歩くぞ。問題ないか?」

「ええ、むしろ運動になりますわ」


 リュシエルは軽く羽織りの裾を整えると、最後尾に付ける。

 村長邸の奥、木立の間に伸びる山道。そこへ向けて、四人の足音がゆっくりと進み始めた。



* * *


 山道を踏み締め、少し息を切らしながら登ること20分程度。

 木立の合間にぽっかりと開けた平地に出る。村が一望できる景観。そこには土を掘り返し、丁寧に整えられた二つの塚と、それぞれに立てられた木の板の墓標があった。


「ママ……お父様」


 ハナがそっと膝をつき、両手を合わせた。

 その後ろに、カトリナも静かに並び、手を重ねて目を伏せる。リュシエルは少し距離を取って、木陰に佇みながら頭を垂れていた。羽織の裾が風にふわりと揺れている。


 輪は二人の様子を横目に、少しだけ視線を遠くに送った。風に吹かれる麦畑の先、裂けた大地の傷跡が、未だにうっすらと残っている。人々の営みの跡が消え切らないまま、時だけが流れているようだった。


 やがて、ハナが静かに語り始めた。


「わたし、今でも迷ってます……。あのとき、どうすればよかったのか、何ができたのか」


 墓標に落ちる木漏れ日が、揺れながら頬を照らす。

 それでもハナの声は、涙ではなく、少し乾いた響きになっていた。


「それでも……ちゃんと送ってあげられてよかった。せめて、最後くらいは」


 言葉を区切るように、風が吹き抜ける。

 カトリナが小さく頷き、そっとその肩に手を添えた。ハナは目を伏せたまま、その手に軽く力を返す。


「わたし……この村で生きていこうって思ってた。お父さんの代わりに、村長として……って。でも、たった一人で何ができるっていうの。誰もいない村で、誰に話しかければいいのかも分からない」


 墓標に視線を落としながら、静かに続ける。


「だから、わたし、セレア街に行こうと思います。皆がいる場所に。村の人たちの、続きを見届けに行く……それが、残された者の責任だと思うんです」


 輪は、ゆっくりと歩を進め、ハナの隣に立った。

 その横顔はまだ幼く、強がっているようにも見える。でも、確かにそこには一つの覚悟があった。


「無事で送り届けます。安心して、眠って下さい」


 輪の墓に向けての言葉に微かに笑みを浮かべると、ハナは立ち上がり、墓前に手を合わせたまま、一礼した。風がまた、彼女の髪をさらりと流していく。


 少し離れた木陰から、リュシエルが歩み寄ってきた。翡翠色の瞳で、ハナの背中を見つめたまま、静かに言う。


「覚悟、決まりましたのね。ならば、誇り高き貴方の行く末、見届けさせて頂きますわ」

「……ふふ、はい。光栄です、リュシエルさん」


 二人の間に小さな笑いが広がる。


 輪はその様子を見て、ふっと息を吐いた。

 崩壊した村の中で、それでも人は前に進んでいく。大人ぶった言葉も、無理に強くなろうとする背中も、不格好であっても、ちゃんと誰かの支えになっていた。


「じゃ、そろそろ戻ろう。街までまだ距離あるし、無理はさせたくないしな」

「ええ。帰り道も、よろしくお願いしますね」


 ハナが再びカトリナの隣に立ち、並んで山道を下っていく。

 その背を追うように、輪とリュシエルも続いた。


 小さな決意を胸に、一向は村を後にした。

 風が墓標の上を渡り、やがて静かに吹き抜けていった。

あっ、やっと……ディルマ村編が本当に終わったんやなって……。

何だかんだで20話以上掛かってしまいました。


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― 新着の感想 ―
ようやく本家バイトと合流。グッバイ、臨時バイト。 (`・ω・´)ゞ お墓のシーンはとても良いですね。 そこには後悔と新たな決意の両方があるのでしょう。 そして、訪れるたびに何度でも思い出す。 そんな…
.·´¯`(>▂<)´¯`·.
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