39話 緊急搬送
深夜の闇が山道を覆っていた。
舗装もされていない、草と土と石が混じった悪路を、シルバーの小型トラック──TPGが軋みを上げながら進んでいく。
「ナビ子、魔獣とか近寄ってないか?」
『半径1㎞内魔獣反応なし。検知次第、即座に警告します』
輪はハンドルを握る手に力を込め、前方を睨んでいた。ナビ子には周囲の監視を強めるよう指示し、不測の事態を回避出来るよう緊張感を強めている。
隣のリュシエルは、後部のコンテナに体を向けたまま、全身に大量の汗を流しながら意識を集中している。悪路での揺れが激しい為、翡翠色の風がコンテナを軽く浮かし、衝撃を最小限に抑えていた。村人25人分とコンテナを合わせて1t超える重量のそれを浮遊させ続ける──上級冒険者とはいえ負担は計り知れない。
荷台に乗せられた村人たちは、全員が意識を失い、布にくるまれたまま横たわっている。昏睡に近い状態だった。
ディルマ村を出てから、既に二時間以上。
車体の揺れが少しでも衝撃にならないよう、村からかき集めた布で即席の緩衝材を作り、リュシエルの風魔法を持ってしてもこの道は過酷だった。
舗装されてはいるが魔獣に荒らされた跡もあり、時には行きには無かった大木が道路を遮っている事も。迂回せざるを得ない。
それでも彼らには、一刻の猶予もなかった。飲まず食わずで生活していた村人は水すらまともに喉を通らない。眠っているようで、命の火は今にも消えかけていた。
やがて、山の向こうに明かりが見えた。
セレア街──、
旅立ったのが遠い昔の事のように思えた。輪たちが過去に立ち寄ったことのある中規模の都市であり、貿易で成り立っている街。病院の一つくらいあって貰わなくては困る。
空が白み始める頃、ようやく石造りの頑強な街の門が見えてきた。門は夜明け前で硬く閉じられ、駐在所にいる門兵達は椅子に腰掛けながら舟を漕いでいる。
車をゆっくりと止め、輪が窓を開けて門兵に呼びかける。
「負傷者を運んでる。開けてくれ!」
「上級冒険者のリュシエルですわ。可及的速やかに通しなさい」
「なんだ騒がし……上級冒険者!? わかった、すぐ開ける!」
門兵たちは眠そうな顔を一瞬見せたが、リュシエルが冒険者の証明書のような紙切れを見せながら危機迫る様子に気付いた瞬間、表情を引き締めた。
重たい門が四人掛かりで内開き、小型トラックが轍の音を鳴らして街の中へ踏み込む。
助手席のリュシエルが案内人となり、この世界の病院と呼ばれる建物を目指す。
まだ夜が明けきらない街の中、所々に灯りのついた窓と、早朝の風が静かに吹いていた。
* * *
赤い十字の下部分が伸び十字架のような紋章。どこか現実世界に似た看板を掲げる病院に辿り着くと、輪はその建物の前に小型トラックを停車。跳ぶように運転手席から降りると、建物の扉を開こうとする。
「おいおい休診時間かよ……ちょっと、開けてくれー!」
扉は鍵を掛けられ堅く閉ざされていた。数回ノックをするが返答はない。急を要するというのに。
すると助手席を何時の間にか降りていたリュシエルが横に。何故か既視感が輪の脳裏を過る。
黒い光沢のあるライダースーツに包まれた長くしなやかな健脚。ヒールのついたミドルブーツが軽く振り被られたかと思うと──扉が蹴り跳ぶ。室内に患者がいない事が不幸中の幸いか。飛んだ扉は埃を撒き散らしながら、長椅子が数個並ぶ前にあった受付に突き刺さっていた。
「な、なんです!? 貴方達は!」
「これが目に入りませんの?」
「じょ、上級冒険者様!? な、なぜ当院に!? というか扉!」
まるで某時代劇の紋所のように多用される上級冒険者証。
待機所でもあるのだろうか、奥から焦りながら飛び出してきた白衣の看護師が受付に装飾された扉に驚愕している。
だが逐一説明している猶予はない。村人達の命は風前の灯火。
「すみません後で弁償でも修理でもするんで!それより急患で!25人、衰弱してるんです!」
「25人……!? な、何が……あ、先生!先生を呼んできますので!」
白衣を着込んだ初老の医師が看護師に呼ばれて来てからは早かった。
事情を聞くやいなや、すぐに担架が運び出され、リュシエルと輪がそれぞれの手で村人を一人ずつ荷台から降ろしていく。担架を使って一人、また一人と声を掛けられながら病院の奥へと運ばれていく村人達。
「あの、回復魔法とかって……」
「馬鹿言っちゃいかんよ。回復魔法は、聖女様の特権。王都でも限られた者しか受ける事はできん」
点滴、包帯、現代でも見てきた医療が関の山。
回復魔法とやらは、魔法がある異世界でも特別な物のようだった。この街の医療では「奇跡」は起こらない。
けれどそれでも、命を救う努力は続けられる。
村人たちは次々と清潔な病室へと運ばれ、白いシーツの上に寝かされ、その萎んでしまった血管に針が留置され、点滴が流れ込んでいく。
夜明けと共に、全ての搬送が終わった。
病室の窓から差し込む陽光は柔らかく、まるで、長い悪夢の終わりを告げているかのようだった。
リュシエルは包む者を失った毛布が埋め尽くす荷台に腰を下ろし、刀を抱えながら静かに翠の眼差しを落とした。彼女の横顔には、戦いの後の疲労と、わずかな安堵が入り混じっているように思えた。
輪もまた、深く息を吐きながら空を見上げる。
まさか荷物じゃなくて急病人を運ぶ事になるとは──命を救う事になるとは思ってもいなかった。静かな達成感を覚えながら、輪も荷台の毛布に飛び込み、限界まで摩耗した意識を手放した。
悪いな一般庶民、回復は王族の者しか受けられないんだ(SNO並感)
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