38話 遺された者達
夜明けはまだ来ない。二つの月が空から凄惨な村の現状を照らしている。
マモンが消えてから、僅か数時間しか経過していない。だというのに──輪の中では、まるで何日も時間が経過したような気がしていた。
ディルマ村は静かだった。
だが、それは平和の象徴などではない。死の静寂──その言葉が、今は最もしっくりとくる。其処彼処に狐に操られ、生気も吸い取られていた村人が転がり、中には洗脳が解けた途端絶命している者もいる。
「……生きていますわ。ですが、衰弱が激しい」
リュシエルが、倒れている青年の首元に手を当てながら呟いた。翡翠の瞳に浮かぶのは、敵と対峙した時の戦闘的な気配ではない。慈しみと、焦りと、わずかな希望。
輪はその傍に膝をつき、同じく地面に伏していた女性の呼吸を確認する。肺がわずかに上下していた。呼吸は浅く、今にも止まりそうな程。
「……食べる事も休む事も出来なかったんだもんな」
彼らは、過去の幻を再演するように命じられていた。水も飲めず、空腹を抱えたまま、ただ過去の暮らしを模倣し続けていたのだ。
中には既に息を引き取っている者もいた。年寄り、子供、飢餓や動き続ける事に耐え切れず、事切れている。痩せ細り骨が浮き出るまで強制的に日常を送らされる、地獄のようだ。
だが、それでも──
「まだ……間に合うかもしれない」
輪は呟いた。拳を握り、スマホを片手に立ち上がる。
「ナビ子、俺の車……って今どこにある?TPG……だっけ。小型トラックなら運べるだろ」
『現在自動運転機能で村の外れから呼び出しております』
X-HEADにはカトリナが乗車している筈。何故自動運転で運ぶ必要が、と考えそうにもなったが、直ぐに視界に映るシルバーの車体と聞こえるエンジン音。
近付くにつれて変形時には観察出来ずにいたXHEADの車体が明らかになる。
前半分が高く構えられたキャビンに、後部はピックアップトラックの荷台を備え二輪車を収納可能。角張った台形のボンネットと直立気味の前面、張り出したシルバーのオーバーフェンダーが防御の役割も兼ねている。そして悪路を走行可能な大径タイヤ。
月夜に照らされ艶やかに輝く車体には泥や刃物で刻まれた傷が無数に付着し、田畑を激走し敵との激戦した痕がみられた。アルバイトも片方の魔法陣を破壊し、今回の件では大奮闘してくれた。これは時給アップも考慮しなくてはいけない。
輪はゆっくりと停車した車両の運転手席を開ける。
すると、運転手席でハンドルに突っ伏し幸せそうに涎を垂らしながらすやすやと眠っている運転手が見えた──気がした。一度扉を閉じて、再度開いてみる。
「……うぉぉぉ……またどーるは、やっぱりお菓子。焼き菓子ですね……えへへ、想像通りです」
寝言まで唱えている。あのような出来事がありながら爆睡とは肝っ玉が太過ぎ。
ヘルメットを被り爆睡するカトリナを運転手席から引っ張り出しながら、輪はスマホ画面の車両変更ボタンをタップする。今まで開放してきた車種が並ぶ中、それはあった。
「ナビ子、この小型トラック……TPG形態にしてくれ」
『了解。TPG(小型貨物)形態──変形開始』
村の通りに停めていたH-HEADが、短い機械音と共に形状を変化させていく。
タイヤが競り広がり、後部の荷室が持ち上がる。荷台は重厚なコンテナが組み立てられ、物の数秒で二輪を抱える仕様の車体は、林檎の木箱を大量に積めるような小型トラックの形状に変形。
ただ荷台は、固い。アルミで形成されたコンテナは路面の揺れを直接受ける構造のため、荷物なら良いが、衝撃はそのまま人間に伝わる。ましてや、今の村人たちは骨も筋肉も消耗しきっている。運ぶには──緩衝材が必要。
「リューさん、ハナさん。家の中や納屋から、布でも麦袋でもいい、何か敷けるものを集めてくれ!」
荷台の現状を確認しながらの輪の声に、ハナが頷く。目に涙の痕を残したまま、だが弱いままではいられないと、立ち上がった。
「はい……!」
「毛布や布団で良いかしら。片っ端から集めますわね」
リュシエルも即座に動き出す。火傷の痕をライダースーツに包み、風の魔法と共に屋敷の中へ消えていった。
* * *
程なくして、民家から集められた毛布、使い古した布団、穴の開くほど使い潰されていた麦袋が荷台へと次々に敷き詰められていく。
輪は一枚一枚手に取り、折り重ねながら厚みを調整。緩衝材として、載った人への衝撃や揺れを少しでも和らげるために。
「うぇぇ!? ご、ごめんなさい寝坊しました!わたしも手伝います!」
寝袋の上に寝かせていたカトリナもその作業音で慌てふためきながら起床すると、荷台の準備を共に進める。
それから30分足らずで、ざっとコンテナの一面を被う事が出来た。
リュシエルが、倒れていた村人の一人を抱き上げる。
その体は成人男性にしては軽すぎた。骨と皮だけのように痩せ細り、息も絶え絶え。生きているのも辛うじてというところ。
「……この方も、まだ呼吸はありますわ」
「よし、載せよう。できるだけ並べて。重ねないように、な」
輪が荷台へ先に上がり、受け取った村人の体を丁寧に寝かせた。
その上から、薄い毛布を掛ける。呼吸が止まらないように、喉元を確かめながら。
一人、また一人。
やがて、25人──これだけしか生き残らなかった。
彼らの体を一つずつ並べながら、輪は奥歯を噛み締めた。
──助けられなかった命の方が、圧倒的に多い。弄ばれ改造された女性達も含めれば、犠牲者の数は更に増えるだろう。
「すみません、これも……!」
ハナが駆け寄ってくる。その手にもまた、小さな毛布が抱えられていた。村長邸で使用していた物だろうか、装飾が凝っており肌触りも良い。
荷台に生き残った者達を乗せ、子供の亡骸を揺すっていた母親に布を被せる。
「助かります。そろそろ街に向けて出発しようと思うんですけど、ハナさんは……?」
「……いえ」
彼女は、そっと首を横に振った。
「私は……残ります。父の最期を、ちゃんと見届けたいんです。あれでも……父ですから。母も……ちゃんと、埋めてあげなきゃ。二度も、死なせてしまったんですから」
震えて不恰好な笑顔。
最愛の母は墓地から引き摺り出され、人間の形を保っていない。父は村人を生贄に母を掘り起こし、意識消失状態。人一人が抱え切れる罪じゃない。彼女だって被害者の一員なのに、村長の家族というだけで、これからどの様な追求に合うのか。
泣きたい筈なのに、涙はもう枯れていた。
輪は──何も言えなかった。想像すら出来ない。父親が何人もの命を奪い狂気に駆られた亡者であれば、現実世界では居場所は無いだろう。
「あの、店長さん。わたし、ちょっとだけ……ここに残ってもいいですか?」
カトリナだった。彼女はいつもと違い、不器用に笑顔を作りながらハナの手をそっと取る。
「ハナさん、わたし……お手伝いしていきたいです。少しだけでも、一緒に。一人は……大変ですから」
その視線の奥に、かつての自分を重ねた色が見えた。
家族を失い、故郷は亡くなり、様々な場所をたらい回しにされ孤独になった自分を。
ハナは俯いて言葉を返さず、ただカトリナの手を握り返した。
「カトリナ、これを」
輪はその姿を見て察する。多分一人でハナを残せばどうなるか、残酷だが想像が付いてしまった。それを彼女は止めようとしてるのだ、境遇が近しい自分が。
託すしかない。車を運転出来るのは自分かカトリナ、リュシエルには到着後の搬送にも尽力してもらう必要がある。
ポケットからスマホを取り出すとカトリナの手に乗せる。
「これ……店長さんが妖精さんとお話ししてる鏡……」
「迎えに来るから、これ持っててくれ。頼んだぞ、カトリナ」
「あい……がんまります!店長さんも!」
小型トラックは走り出す。25人の遺された者達を乗せて、二つの月が照らす街道を。
カトリナの成長した感じ出せてましたでしょうか…
彼女は境遇も人一倍辛いので、鋼メンタルです
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