36話 七大罪、強欲3
正直、この世界に転生してから、最初の頃は“ゲーム”のような物だと思っていた。
車のフロントガラスに表示されるスキルやステータス、魔獣を狩り、食べ物を売る事でレベルアップでき、キッチンカーには自動で補充される食材。
現実世界で一度死に、次に目を開けば異世界に飛ばされていた自分には、現実味が無さ過ぎて、そう結論付けるしか無かった。
冒険すれば強くなって、敵を倒せば報酬がある。
レッドベアを倒して村の再興“イベント”をこなして、また次の街へ──。
俺は“プレイヤー”で、周りの人たちはただの“NPC”なんだと、ずっと、どこかでそう割り切ってた。
──でも、それは違っていた。
サラン村、林檎しかない、なんて言ってたけど、あそこには人の暮らしがあった。
レッドベアを撃破した礼にと差し出されたのは、真っ赤な林檎。小さくて、不格好で、でもめちゃくちゃ甘かった。その後も焼き林檎やら林檎スープやら。
村民で集まって、火を囲んで、焼いた林檎を頬張りながら開いてくれた“祝勝会”。
「ありがとう」と言われた。
レベルアップの通知はなかったけど、あの夜は確かに、何かが変わった気がした。
食べる時の笑顔、収穫を喜ぶ声、何気ない生活の中で見えた“命”。NPCなんかじゃなかった。誰もが自分で考えて懸命に生きていた。
俺が助けた相手は、ゲームの登場人物なんかじゃない。
──だから許せなかった。
かつてはサラン村と同じ様に暮らしていたであろう村人達が、狐如きに魂を抜かれて、笑わなくなって。意識のない体で同じ事を延々と繰り返し、痩せ細った体や生気のない瞳で溢れていた。
助けを求めてた少女が、手足に刃物を付けられて、泣きながら俺達を襲ってきた。感情のない人形のように動かされて、それでも、“笑顔を貼り付けられていた”。
命を、狐の顔をした薄気味悪い奴が「素材」や「標本」なんて言葉で嘲笑った時──生まれて初めて憎悪、殺意というものがこんな感情なんだと理解した。
こいつはこの世にいてはいけないモノだ。
* * *
『レッドベア継承パッシブスキル:身を焦がす大火』
火属性魔法への耐性常時付与。
使用者の魔力に応じて効果は増減。
服の焼き焦げる音が微かに響いていた。
ライダースーツの肩から腹、脚部へと広がった炎は、先程までその体全体を包んでいた筈。
ヘルメットの前面を覆うバイザーは高温で変形し、音を立ててひび割れ、ついに剥がれ落ちる。
全身を火で覆われ爛れているであろう中から現れた輪の顔は──無傷。
そしてその目は真っ直ぐに殴り付けた物へと向かっている。静かに、だが明確な怒りを滾らせて。
「……な、何故? 火力を上げた筈……!塵になっていてもおかしくなかったのだぞっ!?」
狐の顔をした異形、マモンの声が荒立つ。驚愕、恐怖、困惑、あらゆる感情が渦巻いていた。
炎の出力に狂いはない。ハイエルフを甚振っていた時とは違い、形すら残らぬよう火力を上げた。ただの人間であれば灰すら残らぬ炎。だが目の前の”人外”は違う、服を燻した程度で本体には全くといって良い程損傷がない。
輪はゆっくりとヘルメットを脱ぐと、役を終えたそれを投げ捨てる。
「……なんでだ」
「──……ひょ?」
二度の拳を受け、口と鼻の両方から出血しながらの掠れた声が、マモンの口から漏れる。
「なんで、奪う?」
その声に、狐は天敵を目にした時のように体を震わせ、怯む。
火達磨になって以降止まっていた輪の足取りが一歩、また一歩と近付いてくる。その度。砂利が音を立てる度に、マモンの顔と体が強張っていく。
「どの村だろうと、関係ない……。魔王様復活に邪魔になる異分子──特に上級の冒険者を炙り出すため……こ、ここがぁ、条件に適していただけ!適度に距離が離れ、危険物を各個撃破できる!それにこれ以上ない強欲を秘めた者が村の長……取り入るのにこれ以上の場所は無い!」
事実の吐露。村長の娘、ハナの証言とも合致する。
だが、それが輪にとって情状酌量に至る理由にはなる筈もない。
「──お前が奪った命は、生まれた子を可愛がっていたり、家族のために汗を流してた、この世界の命だ」
拳を握りしめながら、輪は言う。
亡骸となった子を抱え愛おしそうに揺する母親、何もない空間へ向かい一生懸命手を振り脱穀しようとしている男達。何の罪もない、サラン村と同じように明るい村人達だったかも知れない。それをこいつは上級冒険者を釣る為の餌として利用し、悪びれない。
「お前みたいな、下品で命のことを嘲笑う奴がいていい世界じゃないんだよ……ここは」
その言葉を合図にするように、輪が一気に距離を詰めた。マモンが指先を必死に輪へ向けようとするが、遅い。
「ぐっ!? 」
先程よりも早く、視界に捉えきれない拳が左頬を抉る。崩された体勢の中に、膝蹴りがめり込む。
リュシエルのように武に秀でた者のような連撃ではない。怒りに任せた、殴った後の隙など考慮していない素人同然の攻撃。だが一発一発が“速く重い”。
防御陣の絶対防御に依存していたマモンでは、防ぐ事はおろか目で追う事も出来ない。
それは“車”と能力を共有しているからこそ出せる加重。
炎にも焼かれず、機械にも適応した“異分子”──輪の拳が迫る度に防御陣は仰け反り、主を差し出す。
「こ、このぉ……人間風情がぁぁぁぁあああ!」
当たらなければ周囲を全て焼き尽くす。掌を地面に向け、左右に蛇行するようにひん曲がった口先から憎悪の雄叫び。途端に湧き上がる炎の渦が、マモンを包む。輪を燃やした時の火力をそのまま防御壁として応用し、進行する者を阻む砦。
その炎の壁を突き抜け、──拳が、腹部を撃つ。
肋骨が軋む音。
マモンは拳を視界に捉えた瞬間防御を試みるが、格闘の心得などない魔族の手足は空を掻くだけ。
リュシエルには遠く及ばぬものの、輪の踏み込みと体重の乗せ方、そして“殺すため”の武術を一切知らないの乱雑な打撃が容赦なく叩き込まれる。
「人間ごときが……この私に……!」
既に左目は潰れ、塞がっている。揺れる景色を手で必死に抑え、なんとか立っている状態。牙の何本かは折れ、口内に突き刺さり、金色だった獣毛と赤黒い衣服は血と土に汚れ切っていた。
息も絶え絶えな時、輪はマモンの後ろを指差す。
「おい、後ろ」
脅し。だが発せられた声に振り向かざるを得ない。
そしてその視界に映るのは、先程男が乗り捨てた二つの車輪を付けた奇妙な魔導具。それが後輪を浮かし、こちらに対し垂直で構えている。困惑した一瞬、二輪が自動的に身を翻し、後輪が回し蹴りのようにマモンへぶち当たる。
『自動運転機能ADASは、進化するのですよ』
奇妙な機械音が、数多の攻撃を受け瞳孔が上転しかけているマモンの耳に届く。
そんな相棒の活躍を見届け、輪はこちらに飛んできた畜生に対して、渾身の力を込めて拳を振り被った。
──多分足りないけど、この村の人達の怒りと無念を、俺が出来る限りこいつにぶつけなきゃ。
次の瞬間、マモンの横っ面に拳が突き刺さる。
──最後の一撃。
打ち下ろすその勢いのままに、地面に叩きつけた。
土が抉れ、石が砕ける音がその威力を物語る。
粉塵が舞い、狐の体が沈む。
ゆっくりと拳を引きながら、輪は立ち上がった。
「狐畜生如きが、人間語るな」
マモンの体が痙攣する。
土の中で、まだ意識が残っているのか、片耳が僅かに動いた。
だがその動きに、もはや恐るべき威圧はない。
夕日が暮れ、辺りが二つの月明かりに照らされる中で七大罪“強欲”は──確かに、叩き伏せられた。
なんか七大罪とか謳ってる割には弱くね?とか思ってるんじゃないですか。
まぁ鉄壁の魔法があって一瞬で敵を燃やす魔法があるなら他いらねぇんじゃね?とか思ってた強者の末路がこれです皆さん。
輪が天敵だったからと思って頂ければ幸いです。
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