27話 刃は踊り、風は囁く
リュシエルが窓の外へ蹴り出した一体のマタドールは、壁を破って落下し、そのまま動かなくなった。場に残されたのは、二体。
両手に鎌を備えた女達は、まるで舞踏会のペアダンスのように、しなやかに、しかし狂気を孕んだ笑みを浮かべながらリュシエルを音なく挟み込む。
床を爪先で鳴らすように軽やかに跳ね、前と後ろから同時に動く──殺意に満ちた鎌が、リュシエルを裂くように左右から閃いた。
「2人がかりで同箇所を狙うなんて……不出来ね」
優雅に呟き、リュシエルの体がふっと沈む。
刃が交差する瞬間、その間隙に彼女の姿はなかった。
前方の敵へ踏み込みながら、リュシエルの足元から空気が爆ぜる。回転するような低い姿勢で足払いを繰り出し、女の体勢を崩す。鎌が空を切り、バランスを崩した瞬間──、
鞘が逆手に振るわれ、突き出された柄が顎を鋭く打ち上げた。
カッ、と乾いた音。女の首が跳ね上がり、仰け反る。意識が薄れる寸前、リュシエルの手刀が胸元に突き刺さるように当たり、さらに体勢を崩させる。
だがそれを追うように、背後からもう一つの殺気。
振り返らない。リュシエルの視線は正面に据えられたまま、わずかに肩を傾ける。次の瞬間、彼女の周囲に風の膜が形成された。
ザッ、と風が唸り、刃がその力に弾かれて軌道を逸らす。鎌はフードの端を掠めただけで、床板に深く突き立った。
「遅い」
リュシエルが身を捻り、背中を軸に半回転。
袴の裾が広がると同時に、細く引き締まった脚が弧を描き、敵のこめかみを捉えた。
ゴンッという肉の鈍い音と共に、女の体が床を滑っていく。壁に叩きつけられ、板材が軋みを上げて歪んだ。
残されたもう一体が、嗚咽のような叫びを上げ、笑い顔のまま突進してくる。その瞳は完全に焦点を失っていた。
翠の瞳がフードの奥底で細められ、煌めく。まるで彼女の中の魔力と共鳴するかのように。
「次は、少し強く参りますわね」
その声と同時に、鞘を横に払う。
音を置き去りにし、鋭く放たれた一撃。鎌の刀身を捉え、打ち砕き、破片が空中に散る。そのまま身を沈め、腰の捻りを活かしてもう一度足払い。
女の体が宙を舞い、リュシエルはその後頭部を鷲掴み──地面に叩き伏せる。
床に倒れ込むようにして意識を失ったマタドールの女。その胸からは、硬質な音が鳴った。内部に何かが組み込まれている。まるで、魔力駆動の人形めいて。
リュシエルは鞘を持ったまま、軽く一歩後ずさり、羽織についた埃を払いながら深く息を吐いた。
「──ごめん遊ばせ」
その声音には、余裕すら滲んでいた。汚れなき動作と、整った呼吸。まるで一人で舞を舞ったかのように、静謐な美しさを残して。
* * *
二階の右奥。
竹箒とお玉を構えながら、2人が扉をそっと開けた先の部屋は、拍子抜けするほど静かだった。
隙間から目を凝らす。暗がりの中に家具は少なく、質素なベッドと、手紙のような紙が散乱した机、窓に向かう椅子が一脚。
生活感こそあるものの、人の気配はなかった。数分前に誰かが立ち去ったような、ぬるい残り香だけが部屋にこもっている。
意を決して扉を開け放つと、2人で傾れ込むように入室。輪は竹箒を素振りし仁王立ち、カトリナはまな板の盾を構えながらお玉を振りかぶっている。
「……誰も、いない……?」
『お二人共仲が宜しいですね』
「好きでやってんじゃねぇ……!よし、中を調べるか」
カトリナが小声で呟く。輪も頷きながら、警戒を解き室内を見回す。
何かの資料や記録、手がかりになるような物を探そうと、二人は散開して探索を始めようとした。その瞬間──。
カチャリ。
扉の方から、金属の擦れる微かな音がした。
「え?」
カトリナの声が、ぴしりと震える。
中々振り返る勇気が湧かない。魔獣がいる世界、やもすればお化け系の魔獣が存在してもおかしくない。現実世界でもホラー映画などは苦手の部類だった輪は、いつの間にか真横、若干自身の腕の中に退避したカトリナと共に硬直していた。
「て、てててて店長さん……っ。う、後ろ、後ろに何かいますよ怖いですどうにかして下さい助けてぇ……っ」
「……か、カトリナ、ちょっと振り向いてくれないか?ほら、チラッて」
「嫌ですよ……!もし“いたら”どうしてくれるんです、漏らしますよ絶対……!女の子にそんな事させて良いんですか……!?」
「こんな時に性別を持ち出すのか……!良いか、今では男女平等が主流で──」
コツ……コツ……。
誰かが歩いてくる足音が聞こえた。
カトリナはヘルメットを深く被り「神様女神様明日から良い子にしますからどうかお助けぇ……」とお玉を笏のように目の前で両手で掴み祈っている。
二人が固唾をのんで硬直する背中が、遂に叩かれる。
「〜〜っ!……へ?」
覚悟を決めろ漢を見せろ。自身に言い聞かせ背中を叩いた者へと振り返る。
素っ頓狂な声が輪の口から漏れた。姿を見せたのは、幽霊でもアンデット系の魔獣でもなく、一人の女性だった。
あの時、屋敷の窓からこちらを見ていた──あの“自我ある者”。
やせ細った体。頬は痩けているものの、目にはしっかりと光が宿っている。長い黒髪を編まずに垂らし、淡い麻の服に身を包んでいた。どこか怯えながらも、それ以上に“確かにここにいる”と告げるような存在感を放っている。
「……驚かせて、ごめんなさい。見つかったらいけないから……」
女性は頭を下げながら、声を震わせる。
輪とカトリナは、言葉を失ったまま、目の前の女性を見つめた。
「貴方が……あのとき、窓から見てた人か?」
「……はい。わたしはハナ。この家の……村長の娘です」
震える声。けれど、確かな意志を秘めた名乗り。
ようやく出会えた、この村で“まだ生きている者”。そして村長の娘という主要人物。
希望の光が、扉の向こうから差し込んでいた。
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