3話 閉ざされた村サランと手引き屋台
林に囲まれた小さな村が、土煙の向こうに現れた。
車体はすでに「魔導馬車モード」。魔力で作られた幻の馬が二頭、車の前に立ち並んでいる。
村の名は「サラン村」。木造の家々が肩を寄せ合い、全体を低い石壁が囲んでいる。
本来なら豊かな土地のはずだった。林檎の特産地として知られ、街との貿易で栄えていたという。しかし今は、どこか寂れていた。活気がなく、空気に閉塞感が漂っている。
輪の馬車が村の門前に差しかかると、鉄の鎧を着込んだ二人の衛兵が槍を構えて近づいてきた。
年嵩の衛兵が鋭く問いかける。
「旅の方か。珍しいな、ここまで来る者はほとんどおらん」
「どこから来た? 目的は?」
2人の面持ちは重く、明らかに警戒されている。
外部は魔獣によって閉鎖されている上に、そこを掻い潜って来た余所者の商人。怪しまれても無理はない。輪は少し逡巡し、慎重に口を開いた。
「物を売りに来ました。街道が塞がってるって聞いて、困ってる村があるんじゃないかと」
「商人だって? 今この状況で?」
若い衛兵が訝し気に馬車を眺める。その衛兵の肩を年嵩の衛兵が叩き諌める。
「悪いな商人。この村は長い間商いが滞っていてな。食い物なんかは売り物の中にあるか?」
「あー……あったと思います。はい」
馬車で走っている時に何気なく開いた車種解放画面──その中に格安仕様販売車という明記があったのだ。スキルポイント2で解放可能、そして今なけなしのスキルポイント2。
解放したとて記載は販売車のみ。どのような車体になるか、店頭に何が並ぶか分かった物ではないので、思わず言い淀んだ輪だったが、衛兵は食品が売り物の中にあると聞くと、直ぐに槍を下ろし、輪を村の中へ案内した。
「とにかく入れ。村長には通しておこう。馬車は邪魔にならない場所に止めておけ」
そうして案内されたのは、教会跡のような石造りの建物の裏手。ひと気が少なく、目立たない場所だった。
衛兵たちが去ったのを見計らって、輪は静かに息を吐いた。
「ナビ子。ここなら誰にも見られずに済む。販売車への変形、頼む」
『了解しました。周囲警戒中……視線ゼロ、魔力反応なし。安全圏と判定。スキルポイント2を消費して、《格安仕様販売車》モードを開放します』
木製の外装が機械音とともに分割され、内部のスチールパネルが出現する。側面がスライドし、ショーケース窓が展開された。
馴染みあるガラス窓のショーケースには食パン、あんぱん、クリームパンなどザ王道といった商品がずらりと並んでいる。
そして──もはや車ではない。申し訳程度に木製の車輪が四つついた引き手のついた屋台。
「おい」
『《販売機能》解放完了。現地通貨に対応した換金機能を起動中。鉄貨=10円、銅貨=100円、銀貨=1000円、金貨=10000円で換算いたします』
「おい」
『パンは売上金をレジに入れると画面から選択、補充する種類を選択できます』
「おい」
『はい』
「車ですらないようだが?」
『スキルポイント必要量が2なので、格安で御座います。そしてここは出来る限り目立たないよう車などの近代品は控えるべきかと。古き良き手引き販売で御座います』
騙されてる気がする。しかしなけなしのスキルポイントはこの屋台が貪ったため後には引けない。
輪は荷台から簡易看板と旗を取り出した。「旅商人 マキノ屋」とだけ記されたそれを引き攣った顔をしながら掲げ、変形を終えた販売車を引いて再び村の通りへと向かっていく。
* * *
狭い村のど真ん中に村人たちは、物珍しげに集まってきた。
痩せた少年、顔色の悪い母親、古びた服を着た老人たち。皆、飢えと疲れを隠せない表情で、輪の屋台を見つめていた。
輪は販売窓を開き、静かに言った。
「どれでも買えますよ。鉄貨でも銅貨でも大丈夫です」
最初にショーケースの前に並んだのは幼い男の子だった。彼は震える手で、くすんだ鉄貨を差し出す。
「これで……一番安いパン、ひとつ……」
輪は笑ってうなずき、受け取った10枚ほどの鉄貨をレジに納める。ショーケースに所狭しと並んだパンの中からあんぱんをトングで掴むと、備えてあった紙で下半分を包み手渡した。
「はい、どうぞ。熱々だから気をつけてな」
少年は一口かじった瞬間、口の端に餡子を付けながら目を見開いた。
「……おいしい……っ」
その声に、村中がざわついた。
不思議なショーケースだ。パンは全て中で温められ、トングで取り出す際には焼き立てかと見紛うほど照り、艶がある。
我先にと村人がパンを購入し、一口食べるたび、驚きと感動の声が上がった。
「うめぇ、パンなんて久しぶりだ……」
「小麦も入ってこねぇからな……林檎と干し肉だけで食い繋いでたのが辛かったぜ……」
パン一つでこんな立派な男泣きをみれるとは。
確かに名産とはいえ林檎と干し肉のみの生活は中々厳しいものがある。
『……レベルアップを確認。現在レベル2。スキルポイントを2獲得しました』
ナビ子の冷静な報告が、輪にはやけに誇らしげに聞こえた。
やがて、人々の間をかき分けるようにして、杖をついた老人が近づいてきた。
白髪で長い髭をたくわえた男──サラン村の村長だった。
「この味……この保存性……この包装……君、一体何者だ。どこから来た?」
輪はわずかに視線を泳がせ、答えを探した。
「ひ、東の方から。街道の隅を通って、なんとか……運が良かっただけです」
村長は目を細め、しばらく見つめたあと、小さくうなずいた。
「君は……神に遣わされた者かもしれん。そう思わねば、この奇跡は説明がつかん」
「そこまで大げさなもんじゃないです。本当に魔獣とかに運よく出会さなかっただけですよ」
村長の表情が一転して曇る。
「今、街道を塞いでいるのは《赤毛の魔熊》──レッドベアと呼ばれる魔物だ。もう何人もやられている。討伐隊も戻ってこなかった。あれをどうにかしない限り、この村は……林檎を最後に売った貯蓄があっても、取引ができん」
重たい空気が場を支配する。
村人たちの間にも、不安が広がっていた。
「そいつをどうにかしないといけないんですね」
* * *
その夕方。輪は村の外れに馬車──から変形させたワゴンRを停めていた。
エンジン音の代わりに、魔力駆動の低い振動が伝わってくる。
輪は販売車から取り出しておいたクリームパンを齧りながらカーナビの情報を眺める。
「ナビ子。レッドベアの情報、何かある?」
しかし美味い。我が店の商品ながらまるで都会のお洒落な高級パン屋のような味がする。カスタードクリームはねっとりとしていて、それでいて噛む度にバニラビーンズが香り高い。甘さはあるが、冷えてもふんわりとしたパン生地が包みくどくない。
これ100円なのは、もっと金額上げるかと思案していた輪の耳にカーナビの検索終了時のポンッという音が届く。
『検索中……該当魔物:《紅毛獣王レッドベア》
分類:凶魔種ランクC
体長:4.2メートル
耐熱・耐冷・物理耐性あり
弱点:背部に露出した魔力核部位
現在地:街道封鎖地点より東方3キロメートル地点に潜伏中』
随分巨体な上、見慣れない耐性という言葉。そして想像していたよりも近い場所に潜伏している。
「倒す方法は?」
『スキル《魔導戦闘車・ガーディアンモード》が推奨されます
条件:レベル10で解放、スキルポイント20を消費
装備内容:魔力駆動式機関砲、耐衝撃装甲、跳躍用スラスター搭載
出撃時には《高エネルギー干渉モード》により魔物特化モジュールが作動します』
カーナビで車両の詳細情報を見ると、輪は座席のシートを倒し、車内の天井を見詰める。今日1日で現実で死に、異世界で結構な距離を移動した。疲労も限界に近い。
「マシンガン付きの車って……ずいぶん物騒になってきたな。よし、もっとパンを売って、解放するか」
『了解。収益と経験値の効率的な増加ルートを再計算中。輪様の目標達成に向け、最大効率で支援いたします』
ナビ子の声を子守唄代わりに、輪は目を閉じる。
かつて配送業をしていた男は今、配達員の作業着のまま異世界の街道で、魔導車とともに新たな道を走り出していた。
3話目にしてタイトルの車が車じゃなくなった件
四輪なので許してください
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