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22話 出立、ディルマ村へ~ドアノブを添えて~

 翌朝、セレア街の空は高く澄み渡っていた。雲一つないとはこの事。

 街の中心にある広場にはまだ朝露が残り、石畳の上にほんのり冷気が漂っている。


「水と非常食、あと予備の燃料も積んだ……よし、準備は万全かな」


 輪は車体の後部をコンコンと叩く。今朝のスズメ・ライフは、物資搬送用のトラックやキッチンカーではなく、元のシルバーワゴンRの姿で鎮座していた。

 四人乗りで荷台も広く、多少の荷物なら余裕で積める形。輪はキッチンカーでの販売時に予め確保しておいたBLTサンドやコロッケパンなどの総菜パンを詰めたバッグや、保温水筒に水を汲み荷台に積み込む。


『輪様の魔力残量、問題ありません。往復20回分は確保されています』

「……俺の魔力容量とやらが多いのか、ワゴンRが低燃費なのかどっちなんだ?」


 移動に3時間、サラン村からの道のりに比べれば短いが、それでも長距離移動な事に変わりはない。そして異世界の道は舗装路であっても悪路である。所々石畳は迫り出し、雨などの天候により瓦解している部分も。下手すれば森の中などを迂回しなければいけない可能性もある。

 前回のサラン村からの移動で輪は身に染みていた。揺れで尻は痛むし景色は代わり映えしない中で1時間運転するのは辛い。合間で休憩を挟み、心も体も回復させる必要がある。


「私の方も準備完了です!おにぎり8つ持ちました!」

「ありがと、カトリナ……って、8つも? さすがに多くないか?」


 ヘルメットの紐を首にかけ後ろに垂らしながら、カトリナは抱えたおにぎりの包みを見せてくる。自慢ではないが当店のおにぎりは食べ応えがある。

 一つでコンビニおにぎり1.5個分ほどの大きさに、挟まれた大量の具材。3時間でそんなに食べ切れるのだろうか。


「元々20個注文されてましたし……出来る限り作ってあげたいなって思いまして」


 確かにパン販売の時は10個まとめ買いしていき、次の日には平らげている客。彼女を含めれば3時間の道中で8個でも足りない可能性も捨てきれない。

 普段のやり取りをしているところへ、柔らかな風を孕んだような足音が近づいてきた。


「ご機嫌よう。店長さん、カトリナさん」

「初めまして──じゃなかった!よ、宜しくお願いします、リュシエルさん!」


 声とともに現れたのは、深緑の羽織と袴スカートをまとった、あの女性──リュシエルだった。フードが揺れ、少し露わになった銀色の髪が朝日に淡く輝いている。

 上級冒険者の肩書の実力を再認識したためか、カトリナは変に緊張した面持ちで挨拶を間違えている。


「ふふ……こちらこそ、宜しくお願いしますわ。長いから、リューで宜しくてよ。あら? 店長さん達の魔道具──クルマは何処かしら?」


 普段商売で使用しているキッチンカーが見当たらない為か、リュシエルが周囲に目を向ける。形状があまりにも変化しすぎていて、ワゴンRもこの世界では異質だが、まさか同一物とは思えないのだろう。


「これだよ。昨日はキッチンカー形態だったけど、今は変形させてる。行きは荷物もないし、走りやすくて乗りやすい、これで行こうと思ってな」

「……形を変えられるのね。魔道具自体特殊な品で珍しいけれど……」


 リュシエルは車体を一瞥し、ドアやら窓やらを興味深そうに触れて、軽く叩く。『いた、いた』とその度にナビ子から軽い悲鳴が上がる。


「魔力が箱の全てに行き渡っている……これの動力源は?魔力消費も激しそうですけれど」

『失礼な、低燃費で話題なスズメ・ライフに向かっ──』

「えっと……俺の魔力を使ってる?とかで。あぁ村に行くまでに止まったりはしないんで、安心してください」


 燃費悪いはナビ子にとって癇に障るらしい。思わず反論しそうなナビ子を制止し、輪は自身が動力源であると伝えると、彼女の翡翠色の目が途端に鋭く光る。


「商会ギルドの時にも思いましたけど、貴方……途轍もない魔力をお持ちですのね。こんな代物の魔力供給をしようものなら、常人は直ぐに魔力切れを起こして廃人になりましてよ?」


 最近輪は口を開けて絶句する日が多いと自分ながらに思っていた。思わずリュシエルに背を向けポケットからスマホを取り出すと、中にいる説明不足甚だしい案内人に怒気を孕んだ声で言う。


「おいどういう事だこら」

『ご安心ください、輪様は転生時より魔力量は常人を逸しております。魔力供給で消費している魔力は3割にも及びません。どうか握力を緩めて下さいスマホが割れてしまいます。らめー』


 つまり魔力量が常人並みであったなら、最初転生し車に乗り込んだ時点で昏倒していた。無事だから良い物の人体強化も後出しであったりと油断ならぬ同行者である。

 溜息を吐きながら話途中で放り出してしまったリュシエルに目を向けると──


「中へはどう入れば?」

「これがドアノブって言って、掴んで引くと開きますよっ。こんな感じで」

「掴んで、引く…………ドアノブとやらがもげてしまいましたわ」

「あばばばば……!」


 カトリナに乗車方法を説明されたリュシエルが、試しにドアノブを引く動作をし──一瞬の金属音。その手には車両に付いている筈のドアノブ。取り乱すカトリナ。


「俺の72回ローン!!!」

『本機の美しいドアノブが!? ドアノブが!?』


 輪は膝から崩れ落ち、ナビ子は初めて感情を乗せ慌てふためいていた。


 * * * 


 レッドベアとの戦闘時失ったサイドミラーは修理に時間を要したが、ドアノブは元の位置に戻すと、修理は一瞬で完了したため事なきを得た。

 ナビ子はそれから『怨怨怨怨……』と怨念のような物をスピーカーから静かに垂れ流している。


 リュシエルは周囲が固唾を飲んで見守る中、改めて力を加減してドアノブを引く。今度はドアノブが生涯に一片の悔いなしせず、後部座席が解放される。

 彼女は少し首を入れ車内を見渡す。手でシートを軽く押し込み、感触を確認。

 

 ふわりと袴スカートを揺らしながら後部座席に乗り込んだ。


「中々の乗り心地ね。腰も支えてくれるし、揺れにも強そう。馬車とは大違いですわ」

『赦す』


 カーナビからナビ子の機械音声が響く。どこか誇らしげな調子。相変わらず褒められるのに弱い電子知能である。


「て、店長さん!わたし、運転しても良いですか?慣れておきたくて!」


 拳を握りカトリナが運転手席に乗り込もうとしていた輪に物申す。

 レッドベアとの戦闘依頼、カトリナは運転していない。だが戦闘中の運転技術の成長は目を見張るものがあった。これからの陸路、魔獣に出くわさないとは限らない。戦闘時、彼女が運転を行えれば、自分は攻撃に専念できる。


「よし、じゃぁ頼むぞ」

「あい!がんまります!」


 戦闘車両とは違うが、少し緊張した表情で運転手席に乗り込むカトリナ。輪は微笑ましそうにそれを眺めながら助手席へ。


「えっと、先ず先ず……ブレーキ、止まるのが左?」

『輪様、可及的速やかに運転手交代を要請します』

「教えてあげなさい」


 久々の運転で操縦方法を逐一確認していく運転手に痺れを切らしたカーナビからの交代要請を、輪は拒否。一呼吸置いてから、カーナビ画面に猿でもわかる!中級者運転手マニュアル、と表示。


『ブレーキが左です。踏み込みながら右手にある鍵を捻ります』

「あい……あっ、エンジン掛かりました!」

「ねぇ……もうこのおにぎり食べていいかしら」


 エンジンと同じ程に鳴る腹の音。出発前から各々が飛ばしていて渋滞している。


「じゃあ出発するぞ。目的地は──ディルマ村」


 広場をゆっくりと抜けていくスズメ・ライフ。街の門番に挨拶を交わしながら、輪はアクセルを踏み込む。車体はなめらかに加速し、朝靄の中へと走り出した。

誤字脱字報告して頂きました。執筆最中熱くなっているため誤字が中々気付けず、本当にありがたいです。

リュシエル改めリューですが、なんとなくランクをAやSと表現したくなく、上級という括りで登場させています。違和感なければ良いのですが。

出来れば彼女には、異世界から来た輪と違いこの世界の到達点的な位置にいてほしいと考えています。また彼女の戦闘描写も書いていくので、お付き合いくださいませ。


文字の改行などで見辛い!もっと改行して欲しいなどの改善点ありましたら是非宜しくお願いします


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