16話 小型トラック、セレア街を征く
セレアの街道沿いに広がる巨大な石壁と、石造りの街門。
村の舗装路から五時間──小型トラック「スズメ・ライフTPG」は、赤茶けた未舗装の街道を揺れながら走り続け、ようやく目当ての街、セレアが姿を現した。
木々を抜ける風が心地よいが、舗装されている道は老朽化しており悪路そのもので、運転席にいる輪は集中しきりだった。
「やっぱ街の空気は違うねぇジーク!」
「林檎を売って売って売り尽くそうぜラナ!」
「ふふん、これから商売がんばりましょ!」
後部荷台から、コンテナの壁を越えてラナとジークのテンションが爆発する。ジークの胡座をかいた隙間にラナが体を滑り込ませ、首に腕を絡ませる。
相変わらずイチャイチャしながら跳ねており、トラックのサスペンションが軽く悲鳴を上げていた。その揺れ一つ一つに輪は思わず舌打ち。
『門まで三百メートル。推定通行者数は過去データ比較で日常レベル。問題はありません』
「問題あるぞナビ子……村で慣れちゃってたけど、普通の異世界人だったら車見たらパニックになるに決まってるよな」
サラン村に最初入る時は馬車で偽装して、最初の内は屋台を使っていた。輪を認知していた村人でも最初に車両を見た際には動揺していたのだ。
最初から車両で登場しようものなら目も当てられない。周囲から浮いた車両は門兵に停められ、取り調べ、はたまた車両を取り上げられる事も有り得る。
「ですね……わたしも最初見た時びっくりしましたし」
『申し訳ありません輪様。この車両では馬車偽装機能が不可となっています。一度村の外れに駐車しますか?』
手間暇かかるが仕方がない。他人目のつかない場所で駐車し、積荷を一旦下ろして馬車に偽装してから積み直し。荷台にある林檎を梱包してある木箱の数的に、日が暮れるまで時間を要する事は明らか。
「いや待ってくれ!そのまま直進でいいっす!」
輪は溜め息をつきながらハンドルを切ろうとしたが、それを荷台からの声が静止する。
荷台のコンテナのドアが開く音がすると、ジークが車の前に躍り出た。爽やかに笑みを浮かべ、運転手席に向かってサムズアップ。
なんだろう、撥ねれば良いのかな、輪は今まで鬱憤からとんでもない思考に至っていた。
「自分に任せておいて下さい!」「きゃー!ジークぅ!」
やはり撥ねるか。しかし妙案があるならば一度乗ってみても一興か。輪は思案の末、ジークに頷き返す。失敗したら撥ねて逃げようと誓って。
門には検問の為の衛兵が少なくとも四人。受付に並ぶ馬車や荷物を抱えた者達の後方に、輪はゆっくりとトラックを進める。
もはやその時点でどよめきが起こっていたが、後の祭り。大丈夫、最悪アクセルを踏み込んでUターンしてサラン村にとんぼ返りすれば良い。
「おーい、止まれ!」
案の定、衛兵の怒声と視線がこちらに集まる。突然現れたゴム製の車輪を装着した巨大な箱──しかもエンジン音を唸らせているのだから当然の反応だ。
「っべぇ……もうどうにも何ないわ、こりゃ駄目だ」
輪はハンドルに突っ伏す。信じた男は何処かに姿を暗ませた。これでは一撥ねする事も叶わない。
勇ましく剣を構えながら車両ににじり寄る衛兵達。どう言い訳をするか輪が思案しながら運転手席の窓を下げると、後方から──、
「ウワー!スゴイマドウグダー!」
「コレハタダノ、マドウグデース!」
棒読み。
語尾がカタコトすぎて逆に怪しい。
「て、鉄の魔導具なんて初めてでぇーす……」
助手席から恥ずかしげに手を出しながら、カトリナも続く。
案の定、衛兵たちは「え?」「魔導具……?」と困惑している。これで誤魔化しが効くなら警察も衛兵も不要だろう。というかもう捕まえてくれ。
「まぁ魔導具なら仕方ないか……。これからは事前に使用申請を通しておけ!紛らわしい!」
「なんだただの魔道具か」
「よく見りゃなんか見た目だせぇな」
『んだとこら、ボロ馬車この野郎。出るところ出たら今の一言は侮辱罪ですよハゲ、このハゲ、馬車風情がこの野郎』
誤魔化せた。異世界の魔道具への認識について不明点が多すぎる。
周囲で不審に思っていた商人連中は舌打ちと小型トラックへの罵倒を交えながら去っていく。その中の一つにナビ子は機械的に堪忍袋の緒を切らし、カトリナに宥められていた。
サイドミラー越しに背後で抱き着き互いの健闘を讃えるバカップルが見えた時、輪はもうそういう物だと諦め理解を放棄していた。
やがて順番が回ってきて、積み荷を衛兵に隅々まで検査され、丁重に街へ通される。無事に通過できて良かったと安心すべきか、それで良いのか異世界とツッコミを入れるべきなのか頭を抱え続ける輪だった。
* * *
小型トラックをゆっくりと動かし、街内を最低速度で走りながら向かうのは「商会ギルド」。名称だけで胸の高鳴りを感じてしまう。
夕方の市場の喧騒を横目に、シルバーの車体は石畳の通りをきしませながら進む。
当然ながら、道行く市民たちが振り返り、指差し、ざわつき始める。
「おい見ろ、あれ……動いてるぞ!?」
「何だ、箱か⁉︎ なんで引く馬がいないのに動いているの⁉︎」
「……ワァーマドウグダー!」「スゴーイ!」
視線が痛い。その度にラナとジークが遠目から棒読みの声を上げる。そして群衆が引き上げていくの繰り返し。別の意味で疲労が蓄積していく。
『輪様、視線密度上昇中。発火や投石の前にギルドに突っ込むことを推奨します』
「突っ込むな。やめろ」
パン屋や民家が並ぶ中、一際大きな建物が視界に映る。木造だが重厚な二階建ての建築。
トラックは商会ギルドの前までゆっくりと進み、ようやく目的地へと辿り着く事が出来た。
「おいおい……ラナとジークじゃねぇか!お前らレッドベアはどうした⁉︎ 通れねぇ筈だろ!」
商会ギルドの入り口から、筋骨隆々な坊主頭の男が顔を出す。
半袖から露出した腕は鉄のように盛り上がり、肩は重機が乗っているのかと錯覚するほど。下半身も鍛え忘れなく、ピッチリとズボンに覆われている。
「うっわーマッチョさん、お久しぶりです!」
「レッドベアから逃げてきたんじゃないですよー!ちゃんとやっつけたんですから!この人達が!」
ラナとジークが降りてくると、名前通りのマッチョは眉をひそめる。
運転手を覗き込んでくるマッチョ。思わず輪は息を呑む。商会ではなく冒険者ギルド所属ではないかと見紛うほどの威圧感。
「お前ら……まさか、赤いのをやったってのか?」
輪は無言で運転手席を降りると、トラックの荷台を開けた。論より証拠という奴である。
林檎の入った木箱を数個除けると、そこには赫灼に輝く四本の巨大な爪。夕日を受けて煌めき、村で見た時と同じ異様な存在感を放っていた。
「おいおい……これ、本物か……?レッドベアの爪……しかも火属性までついてやがる。上級冒険者じゃねぇと討伐できないぞコイツは……」
訝し気にしていたマッチョの顔から血の気が引く。
周囲の空気が一変した。それまでざわめいていた通行人たちが一瞬静まり返る。
マッチョは青褪めた顔のまま商会ギルドへ血相を抱えて帰っていく。輪達が呆然としていると、マッチョは奥から更に数名の筋骨隆々のスーツを着込んだ男達と共に現れた。商会ギルドは鍛えてないと入会できない規則でもあるのだろうか。
「いやーマッチョさん、林檎、卸したいんですけど。場所、貸してくれますか?」
ジークは引き攣った表情のまま仁王立ちのマッチョに問いかける。
だがその言葉は聞き入れられず、脇に現れた商会ギルド職員が輪の脇を両側から抱え、地面から浮かす。
「……へ?」
そのまま奥へと連行されていく輪の姿を、残された一行は呆然と眺める事しか出来なかった。
「あっ⁉︎ て、店長さーん!」
『諦めなさいバイト。輪様はもう戻ってこないのですよ』
引き摺られていく輪の耳にはカトリナの戸惑う声と、ナビ子の不吉な諦めたような会話が届いた。勝手に殺すな。
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