15話 助手席の誓い
村の集会所の前。
スズメ・ライフTPGの横で、見慣れぬ男女が手を繋いで立っていた。
「彼らが今回、街まで一緒に行ってもらう夫婦──ラナとジークじゃ」
村長が紹介する前から、すでに熱量がすごい。距離ゼロでくっつき合う姿は、どこか舞台で踊るペアダンサーのようですらある。
村長もそれを横目で見ながら、少し距離を取っていた。
「ラナでーす!街の商会で果物の目利きやってましたぁっ。林檎、任せてくださいねぇ!」
「ジークです!ラナが街で騙されないよう、目と体で守るのが俺の役目っす!力仕事もお任せっす!」
輪は一瞬だけ無言になる。カトリナが隣で小さく苦笑しているのが視界の端に見えた。
「うわ、濃いなぁ……いや、頼もしいって意味で言ってんだけどね」
そして何より、二人が示し合わせたように互いを見つめ合っては「んふふ」「ねぇジーク」などと言っているのが、実に暑苦しい。不愉快極まりない。
『体温反応、周囲より2.7度上昇しています。冷却風を吹き掛ける事も可能ですが、実施しますか?』
正直頼もうとも思ったが、仕事を実直にしてくれて実害がなければ問題無いと自信に言い聞かせて輪は奥歯を噛み締めた。
林檎の箱がいくつも積まれるたびに、ふたりは何かと理由をつけて手を取り合い、笑い合う。
「まるで君の可愛いほっぺみたいだよラナ!」
「あぁジーク!なんて情熱的なの!」
「早く荷物詰んでくれ!あぁ……なんかすげぇ、疲れる」
力仕事を買って出ていた筋骨隆々の男は手伝わずに無駄に舞台劇のようなやり取りを続けている。
輪は怒鳴りながら林檎の詰まった木箱を易々と荷台に積み込んでいた。
『え、これを車載するのですか?却下して林檎をもう五箱積んだ方が合理的では?』
暗にバカップルを乗せたくないと呟くナビ子。同行者が増え賑やかに積み込み作業が進み中、カトリナは微かに俯いていた。
* * *
「ねぇカトリナちゃん。あんた、可愛いお手伝いさんって感じだけど──一緒についていかないの?」
林檎の箱を車に積みながら、ラナがさりげなく訊ねてきた。
彼女の口調に悪意はない。だが、カトリナは言葉に詰まった。
「……わたしは、邪魔になっちゃいますから」
俯きがちでそう言いながら、カトリナは抱えていたヘルメットをぎゅっと強く抱きしめ、唇を噛み締めた。
彼女は輪に随伴して良いのか、ずっと、答えを出せずにいた。
レッドベアとの戦い。自分は無力だった。輪は労いの声を掛けてくれたが、それが世辞なのか、本当は邪魔をしていたのか、彼女は判断が付かずにいた。
ついていきたい。けど、わたしじゃ──、
笑顔が中々浮かばない。息が苦しい。
何個か村を渡って来た。その度に心無い言葉や待遇を受けた。家族も友達も全て失い生きる意味を見失っていた彼女は、それを貼りついた笑顔で聞き流していた。
だが彼女は、今、故郷を離れた時を思い出していた。遠ざかっていく、手が届かない、何で、わたしも一緒に──
「手伝ってくれてありがとうな、カトリナ。ちょっと車の方見てくる」
輪は彼女の想いに気付かず、額に汗をかきながらそう言うと、トラックの後方へと向かっていった。
その背中を見つめながら、カトリナは拳を強く握り、唇を噛んだ。
* * *
トラックへの積み込み作業は予想より時間と労力がかかり、最終的には村人達総出で進んでいった。
「これで全部か?」
「はい、最後の箱です。爪も載せてあります」
そう言って、村人のひとりが後部を指さす。そこには、レッドベアの爪──赫灼に輝く巨大な4本の爪が慎重に括られていた。
「商会ギルドに持っていけば、買い取ってくれるかも知れんな」
村長の言葉に輪は頷く。重量はあるがレッドベアの討伐の証拠として、更に換金まで可能となれば積み荷から外せない。
車の横で汗を拭いながらも、彼の視線は何度も周囲を探していた。
──カトリナの姿が、見えない。
「……どこ行ったんだ」
積み込み作業が終わり、出発の時間が近づく。これ以上時間を掛けると、街への道の途中で日が暮れてしまう。幾ら戦闘車両形態があるとはいえ、魔獣に襲われ途中で変形すれば積み荷が内部でどんな有様になるか想像が付かない。
輪は仕方なく鍵を回すと車両のエンジンをかけ、助手席をチラリと見ると、無人であることに溜息を漏らした。
異世界について当初は、これが当たり前だった筈。ずっとナビ子と自分だけ。輪は想像よりも彼女が横にいる事に日常を感じていたようだった。
「じゃあ出すぞー!」
後ろの箱型荷台を軽く叩きながら輪が言うと、ラナとジークが「はーいっ」「しゅっぱーつ」と仲良く返ってくる。
輪はアクセルに足を乗せかけた。
──その時だった。
村の門の先、少しだけ草が生えた空き地に、カトリナが座っていた。見間違う訳がない、ディアンドル風の服を着た、ゆるふわなウェーブの掛かった茶色の髪。膝を抱えて、体育座りでいるその姿は、いつもより小さく儚く輪の目に映った。
エンジン音に気付いたのか、カトリナが顔を上げる。
「カトリナ……?」
ゆっくりと車両が彼女に近付く。
エンジンを切り、輪が降りるよりも先に、彼女は立ち上がり声を上げた。
「……てんちょうさん……っ」
喉が掠れている。ヘルメットをきつく抱きしめ、いつも笑顔の彼女の顔は切なげに揺れていた。今にも泣き出しそうな事を必死に取り繕っているよう。
「わ、わたし……わたしは……っ!」
何度も視線を泳がせる。
本当に言っていいの?迷惑じゃない?断られたらどうしよう。得意な事もない、お釣りの計算も間違えてしまう平凡な自分が、何かを望んでも良いの?
でも知ってしまった。温かかった。おにぎりの握り方を教える声、褒めてくれる声、車の妖精さんの怒るようで、心配してくれている声。抱きしめ返してくれた腕の温もり。
──行かないで。わたしを置いて、行かないで。
「わたし、貴方にっ、ついて行きたいです!力にっ、なれないかも知れないけど……絶対、邪魔にならないようにします!お、おにぎり握ります!お給料も安くて良いです!」
「だ、だから……い、一緒にいさせて下さい!」
涙を堪えながら、けれど真っ直ぐな瞳で、彼女は叫んだ。そして深く上半身ごと頭を下げて、体を震わせる。
その時、輪が触れていない助手席のロックがカチリッと解錠される音。
『助手席ロック、解除しました』
静かに少しだけ開いたドアが、カトリナを招く。
「行こう。一緒に」
その言葉と差し出された手に、カトリナの頬を一筋、涙が伝う。
「あい……あいっ!」
子供のように素直な返事。その声を聞き、輪は満足げに笑うと、助手席のドアを引く。大きく開け放たれた助手席は、カトリナにとって待ち望んでいた居場所だった。
荷台の方から、くすくすと笑う声が聞こえる。
「あたし達みたいに、アツアツになりそうね、ジーク」
「間違いないね」
助手席に乗り込んだカトリナは、涙を拭きながら、静かにシートベルトを締めた。顔を上げたとき、運転手席に乗り込もうとしていた輪と目が合う。
「これからも、よろしくお願いします……店長さん!」
エンジンが再び唸り、車は村の門を抜けて、未舗装の街道へと走り出す。
76.9キロ先の街へ、林檎と爪と、暑苦しいバカップルと、正式に雇用したアルバイトを乗せて、小型トラックは新たな街へ走り出した。
カトリナのあい、がんまりますは北国の出身のため輪に訛った言葉が伝わっているせいです。舌足らずでは無いのですが、作者の計画不足で申し訳ない。どこかで触れられたらと思います。
ようやく新しい街も出て来て、輪とカトリナ達の旅が本格始動します。是非これからもお付き合い頂けると幸いです。
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