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林檎まみれの祝勝会

 舗装がところどころ崩れた林道を抜け、車は再び村の外れに姿を現した。


 半月前に封鎖された通商路。その行く手を塞いでいた“天災”レッドベアはもういない。

 退治した事実を証明する赫灼に輝く四本の重々しい爪が、今は後部座席を折り畳み広げた荷台の上で、まるでトロフィーのように鈍い光を放っていた。


 フロント部分は応急処置で修復されたとはいえ、車体全体には無数の傷痕。助手席側のドアは凹み、右側のミラーは欠けたまま。

 緩やかな下り坂を進んだワゴンRは、懐かしい村の景色をそのフロントガラスに映し出していた。もはや先頭車両の面影はなく、鈍く光るシルバーの車体へと戻っている。


「……戻ってきたな」

「はい。といっても、一日も経ってないですけどね」


 輪がハンドルを握り締める手に力がこもる。

 応急修理したとはいえ、車内には進む度にカランカランと何処から鳴っているか心配させる音。ワイパー機構は破損し、無駄にフロントガラスを何度も往復している。時折車体が謎のエンジン音と共に跳ねる……車体も乗り手も限界だった。

 隣の助手席では、カトリナが静かに窓の外を見ていた。彼女の顔にも疲労の色はあったが、その瞳はどこか誇らしげでもあった。


『村の領域内に入りました。注意、未確認反応なし。安全圏と判定します』


 ナビ子の淡々とした声が車内に響く。


「……ナビ子。とりあえずは、勝ったんだな、俺たち」

『はい。戦果は極めて明瞭。生存・帰還・証拠品回収、すべて達成済みです。おめでとうございます、輪様』


 車体が舗装の切れ目に乗り上げる度に、サスペンションが軋む。

 しかしそれは、生きて帰ってきた証。快適とは皆無な乗り心地に痛む尻も今は誇らしい、と輪は誤魔化すことにした。

 やがて、サラン村の門が見えた。



 * * * 


 最初に輪たちを見つけたのは、村の見張り役の一人だった。


「……あれ、クルマだ! 戻ってきたぞ!」


 その声に反応して、村の補修作業中だった村人達が振り返る。行く先は告げず車一台が半日留守だった、それだけだが村人達は徐々に車の周りに集まり、あっという間に人だかりが出来た。


『あぁ車体に触らないで下さい、まだ修理中なのです。おい今修理し掛けのサイドミラーを叩いたガキを連れてきなさい』


 本当であれば広場まで進む予定だったが、輪は溜息をつきながら運転手席から降りる。村に吹き込む風が汗やレッドベアの爪を採取するために、慣れない作業で付着した血で汚れた作業着を揺らす。

 そんな輪の姿を見て村人達がどよめく。

 やがて、村の奥から村長が息を切らせながら走ってくる。


「おお、お主ら……帰ってきたのか!」


 村人達の目にまず飛び込んだのは、車体に残る無数の傷跡。輪の作業着。

 そして極めつけは――カトリナが荷台を開けると隙間なく載せられた、明らかに異質で巨大な“爪”。


「貿易路、もう使えると思いますよ村長」

「……これは、まさか」


 誰もが目を見張る。

 魔獣レッドベアの前肢から剥ぎ取った爪。合計4本。持ち主から離れた後でも赫灼に鈍く輝く爪。


「……本当に、やったのか。あの赤い怪物を……」


 言葉を失ったように呟く者、手を合わせて涙を浮かべる者、震える手で車のボディに触れる者。

 崇め奉られるような雰囲気に、輪は少し照れたように笑う。


「なんとか撃退した。二人の力を借りて、どうにかな」


 その肩に、カトリナが並ぶ。彼女もまた、泥まみれになったスカートを気にせず、恥ずかし気に立っていた。


「村の道、戻りますね……きっと」


 村の門から先に続く舗装路。夕日に照らされた呟かれたその言葉に、村長は静かに頷いた。


「感謝する。村の命綱を守ってくれたな、輪殿……そしてカトリナ殿も」

「い、いえ。私なんて、何も……」


 カトリナが目を伏せるが、周囲の村人たちから自然と拍手が湧いた。

 誰も彼女を責めない。ただ、帰ってきた彼らを称え、感謝していた。


 その後、村人たちは輪に握手を求め、カトリナにねぎらいの言葉をかけていく。やがて誰かが言った。


「それにしても、クルマが……結構傷んでるみたいだな。店はまた出来るのか?」


 ワゴンRの車体には、戦闘時についた爪痕や凹みがまだ残っていた。助手席側のドアはひしゃげ、塗装も剥がれ、まるで戦場を駆けた傷跡そのもの。

 だが心配ご無用。ワゴンRが修復し切れていないのは応急修理で済ませているから。


「大丈夫、明日からまた始められるように修理して貰うからさ」

『ナビ遣いが荒いですね。残業代を申請しますよ、ブラックです、ブラック企業です』


 * * * 


 その夜、村ではささやかな宴が開かれた。

 まだ通商は再開していないため、食材は質素な物――大多数の料理が林檎具材のものばかりだったが、村の人々の表情は晴れやかだった。

 鳥の出汁が出た林檎のスープ、リンゴパイ、林檎ステーキ、林檎の――村に訪れた当初、村人達の表情が暗く沈んでいた理由を、輪は身をもって実感する事が出来た。


「おい店長さん!もっと食ってくれ!」

「いやもう林檎は一生分食った」

「まぁまぁそういわず。あら店長さん、よく見れば男前じゃないか!ほらもうひと林檎!」

「いや口にねじ込むな!お前ら明日から店の具材全部林檎にして絶望させてやるからな!」


 労っているのか林檎を押し付けているのか分からない村人達からの応酬。

 最初は有難く感動していた輪だったが、宿屋の女将から林檎を口に押し込められ最終的に堪忍袋の緒が切れた。


 おにぎりやパンの具材を全て林檎入りメニューに書き換えようとする輪に、村人達から制止の声が上がる。

 それを車の助手席で座り遠目で眺めながら、カトリナは微笑んでいた。


『行かなくて良いのですか?輪様の傍に』

「わたしは良いんですよ。店長さんが頑張って、それが認められたら……嬉しいです」

『もう貴方は村人から邪険に扱われませんよ』


 どうしても小さな村では外部からの新参者は邪険にされるもの。この村も例外ではない。

 林檎農家の働き手であったカトリナは賃金も村人より安価で、緊急時には真っ先に首を切られる。別に恨んでいる訳ではないが、やはり居辛い雰囲気ではあった。


「えへへ……やっぱり、妖精さんは優しいですね。えいえい」

『妖精ではないと言っているでしょうバイト。そろそろしばきますよ』


 車のシートは深く座り込むと、まるでカーナビから喋り掛けている妖精に包まれているような気さえする。

 生まれ故郷から離れ独りだった少女は、レッドベアとの戦闘時の指導時から続いていたカーナビからの辛辣な物言いにも若干の安心を感じていた。

 今日の労いも兼ねてカトリナはカーナビ画面を指でつつく。


『こらバイト、画面を突かない。あ、こら――Bluetooth接続できる機械がありません――弄るなと言っているでしょう。目的地を入力して下さい――絶対にしばきますこのバイト』

感想、レビューして頂けると今後の執筆活動の励みになります。宜しくお願いします。

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