10話 激突レッドベア
トリガーを引いた瞬間、軽機関銃の銃口から火花が咲いた。マズルフラッシュの閃光と同時に、連続する破裂音が森の静寂を引き裂く。
輪の体が軽く後ろに押し返された。しかし、肩が外れるような衝撃はなかった。ナビ子の言う通り、身体強化が施され負荷軽減制御が働いているのか、まともに銃撃が行えている。
何発も撃ち込んだ銃弾の内の一発がレッドベアの肩口をかすめる。赤褐色の毛並みに弾痕が走り、血が飛び散った。しかし、巨体は揺らがない。
銃弾の雨を物ともせず、ゆらりと屈強な前脚を地面に着く。
輪はその体勢に見覚えがあった。相撲で力士が取っ組み合いを行う、その前の戦闘体勢だ。
『命中確認。浅傷。対象の突進確率、上昇』
「来るか……!」
輪がグリップを握り直した瞬間、レッドベアが咆哮と共に巨体を揺らした。次の瞬間、地響きを伴って突進してくる。
走るというよりも跳躍すると言った方が正しいか。予測していたつもりだったが、その速さは想像以上だった。
『サイドランチャー起動しますか?』
「あのスモークの時に使った放電か⁉︎ 使う使う!」
ダイヤウルフとの戦闘時に使用した雷撃。スタン弾が突撃してくるレッドベアの体を突き抜ける。本来であれば全身の筋肉を硬直させ、隙を生むはずの一発。だが、巨体は止まらない。
「効いてねぇ!うおおッ……!」
輪は反射的に後部座席から車内へと滑り込み、運転手席でハンドルを握る。MINIMIの座から運転席まで数秒。だがその一瞬が生死を分ける。
アクセルを踏み込む。ホイールが激しく回転し、地面を散らす。
次の瞬間、レッドベアの前脚が、車体を掠めた。
掠めただけだというのに車体を揺らす鈍い衝撃。助手席側のドアが凹み、フロントガラスに蜘蛛の巣のような亀裂が走った。もし遅れていたら、車ごと押し潰されていた。
「戦車かよ……!」
敵は人間じゃない。話も通じない。ただ一方的に踏み潰してくる“天災”。
なら、こっちも全力で“戦争”をするしかない。
ハンドルを切り、アクセルを全開にする。車は砂利や木の枝を跳ね上げながら急加速し、辛うじてレッドベアの突進から逃れる。
だが、安堵する暇はない。奴は追ってくる。
『追撃体勢、確認。回避が困難な距離です』
「ナビ子、何か案ないか⁉︎」
『直線的な自動操縦なら可能です。スキルポイント5使用にて獲得しますが宜しいですか?』
「宜しい!」
視界の端で、戦闘UIの隅に一つのアイコンが点滅していた。
自動運転機能ADAS──スキルポイント:5pt
『このレベルでの車両の自動操縦は、直線的運動に限られます。左右旋回は非対応です』
「不便すぎだろっ!」
『今後のアップデートで対応の予定です。ご期待下さい』
「余裕だなオイ!」
輪は即座に指を伸ばした。
『確認。スキルポイント5を消費し、自動操縦機能ADAS“直線走行型”を解放します』
電子音と共に、カーナビの画面が切り替わる。数秒後、自動操縦モードが起動。車体がふっと安定する感覚が伝わってきた。
アクセルを踏まずとも車体が林の中を駆け抜けていく。
『軽い回避行動は自動制御にて可能です』
「操作渡す!」
『受領。直進プランを継続します』
ハンドルがナビ子に委ねられ、車体はまっすぐな林道を加速していく。
輪は息を荒くしながら、視線を後方へと戻した。
レッドベアが追ってきていた。巨体が木々をなぎ倒し、土を蹴り上げて距離を詰めてくる。その速度と破壊力は、まるで重戦車。
走る度に銃弾が撃ち込まれた部位から出血が見られるが、まるで効果ないようにも思えた。
輪は再び後部へと身を乗り出す。車は自動で進んでいる、ならば自分にできるのは──迎撃。
MINIMIのグリップを握り直す。銃口を再びレッドベアへと向ける。
「……さっきのは初だったんだ。今度は必ず……っ!」
銃声が再び森を裂いた。
車が直進し、レッドベアが追う。射撃と突進のせめぎ合い。まるで一瞬一瞬が戦場だった。
木の根や石を車体が踏み、その度に車体が上下左右に細かく揺れる。だが雨のように浴びせられる銃弾の何発かは確実にレッドベアの体に刺さっている。血が飛び、吠え声が苦鳴に変わる。
その巨体の姿勢が遂に横に寄れた。
『対象の動作に乱れ発生。軽度の負傷を確認』
「よしっ!」
だが、油断した。
レッドベアが突如、方向を変えた。
並走するように森の斜面を駆け上がる。そして、跳躍。車の前方──進路上に躍り出た。
「ナビ子!!」
『緊急警告。衝突予測、4.8秒』
輪は銃座から運転手席へ。自動操縦をキャンセル。咄嗟にブレーキを軽く踏みつつハンドルを右へ切る。
車体が滑る。森の中、わずかな開けた地形へと逸れて突っ込む。
ギリギリでレッドベアの踏み潰しを回避した。だが、右側面を樹にこすりつけ、ミラーが吹き飛ぶ。
車はどうにか体勢を立て直し、森の奥へと滑り込むように逃げた。
輪は歯を食いしばりながら、血の気が引いた頬を手で拭う。
「なんだあの動き。ゴリラか」
『先程の回避時、衝角スパイクの使用を進言すべきでした。咄嗟とはいえ演算が足りておらず、申し訳ありません』
あの巨体に突然正面に立たれて、スパイクを装備していようと突っ込む勇気はないと輪は乾いた笑いを漏らした。
一度弱気を口にすればあの熊の前に出れなくなる気がした。もはや根性、あと村に行かせる訳にはいかないという意地のみで輪の体は動いていた。
背後、レッドベアの咆哮が木々を揺らし轟いている。
「まぁ……休ませてはくれないよな……へ?」
少し距離が離れたが安心は出来ない。輪はレッドベアの姿を視界に捉えようと後部に目を凝らした瞬間、素っ頓狂な声を漏らした。
後部座席のそのさらに後ろ、荷台のところから伸びた脚。その皮のブーツには異世界を訪れてから見覚えがあった。
「か、カトリナ⁉︎」
「きゅぅぅ〜……」
何故か乗車していたアルバイトは荷台で戦闘中に激しく揺さぶられ伸び切っていた。
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