後編
私が初めてその男と出会って思ったことは何もなかった。
試験なのでその男と向き合ったがその他大勢の一人と変わらない、もう二度と会うこともないと思った。
ああ、けど一つだけ男の剣に思うところはあった
その剣は、とても歪で、拙かったけれど。剣が好きなのだと感じた
「あの少しいいですか」
第五騎士団が合流したので避難できた村民を任せて、私も村の中に入る準備をしていた。
「クイナさんか、何かありましたか」
声をかけて来たのは村長の孫娘、クイナさんだった。
「あの‥村のみんなのことお願いします」
そう言うと頭を下げる
「顔を上げてください、絶対に助け出します。なんて無責任なことは言えませんが、救い出せる命はすべて拾ってみせます」
ここで絶対に助け出しますと言えればいいのだが村の中の状況がわからない以上、期待を持たすようなことは言えない。
この子の家族もすでに手遅れになっているかもしれない。
クイナさんが顔を上げる
その顔は決して絶望などしておらず、その覚悟が表情に現れていた
「ありがとうございます」
ああ、強い人だな。この子は
「あと、もうひとつだけいいでしょうか」
少し不安そうな顔でそう聞いてきた
「大丈夫だよ」
「カーラ様は、ログレ… ローツさんをご存じでしょうか」
「昔、カインに聞いたんです。ゼガリアル流剣術は騎士団で教わるって」
「ローツさんもそれを使ったと言っていました。だからローツさんも騎士団の人なんじゃないかなと思って」
その問いかけに私は表情を変えずに答える
「すまないが騎士団にローツ・グレイスと言う人物は所属していない」
「そうですか」
残念そうな顔をする
「だが、その男は今回の件の重要参考人だ。騎士団でも調査をして、見つけるつもりだ」
「それなら…」
「それなら、ローツさんに伝えて貰って宜しいでしょうか。ライザル村の村長が孫娘、クイナが『あの時は貴方に当たってしまってごめんなさい。助けてくれてありがとう』と」
私は少し複雑な気持ちになる
「わかった。その者を見つけた際は責任を持って私が伝えよう」
「よろしくお願いします」
「では、私も行くとしよう」
「ご武運を」
「ありがとう」
それから私は燃え盛る村の中に入っていく
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「それにしてもようやく落ち着いてきたな」
「まったくだ。もう一生分のテットキースを殺ったような気がするぜ」
ラーファーン王国東部、サナタバス領には、カンヤラスという町がある。
人口は二万人を超え、商業もそれなりに発展している活気ある町だ。
そのカンヤラスの中に、「外獣討伐組合」と呼ばれる組織があった。
外獣を狩ることを専門とする冒険者たちが所属する機関である。
外獣が出現した際には討伐や護衛の依頼を斡旋し、被害を抑える役割を担っていた。
組合は王国内の各地に設置されており、外獣による王国の安全を支える重要な存在でもある。
その組合の建物の一角には酒場が併設されていた。
依頼の待ち時間を潰す者、仕事終わりに一杯やる者たちのために、昼夜を問わず営業している。
先ほど話していた二人の男も、今日は一日休みということもあり、昼間から酒をあおっていた。
酒場には他にも多くの利用客がおり、あちこちから笑い声や怒号が飛び交い、賑わいを見せている。
二人のうち一人は酒に強いのか、ほとんど酔っている様子はない。
しかしもう一人の男は、顔を赤らめ、完全に酔い潰れていた。
「あの事件からもう半年ぐらいかぁ」
「ああ、そうだな」
「ここ数十年見ても類を見ない出来事だった」
突如、禽静の森から現れた大量のテットキースが王都に向けて進行してきた事件
その進行自体はある村で群れのボスが死んだことにより終わったが、襲われた道中の村や町等では、とてつもない数の死者と被害を出した
また、ボスが死んだことにより統率のなくった大量のテットキースたちが散り散りに逃げ回ったため、そこで更に二次被害が発生してしまった。
護衛をしていた大勢の冒険者も死亡している。
「変異種だったか?結局、騎士団が討伐したんだろ」
「まったく、親玉殺したんならその後始末もやってもらいもんだぜ」
「おい、酔いすぎだ。誰かに聞かれたらどうする」
「こんなところに騎士団と、関わりのある奴がいるわけねぇだろ」
「どっちにしろ飲み過ぎだ。待ってろ今水を持ってきてやる」
そう言うと男は、一歩後ろに下がった。
あまり酔ってはいないと言っても酒を飲んでしまっていたからだろう。後ろに下がった際に歩いてくる人に気付かず背中がぶつかってしまった。
「おっと、すまん。怪我は無いか」
ぶつかった相手の方を向く
「大丈夫だ。こちらこそ、注意が散漫になっていた」
ぶつかった相手は男性より背が低く全身を覆うコートを身に付けおりフードで顔も隠れている。
だが、その声からして女性であることがわかった
「おいおい、ぶつかっといてそれだけか」
ここで酔っ払った男が絡みに行く
「大体ここは女がくるところじゃねぇよ。わかったらさっさと帰んな」
先ほどまでぶつかって一瞥もなかった女性がそう言い放った男性に視線を向ける
その僅かに上がった頭のフードの隙間から見える目は、恐ろしいほど透き通っていた。
殺意も怒りも無いそれでいてこちらの命が握られているような錯覚を覚える
「す、すまないねお嬢さんこいつ昼間から飲んで出来上がっちまってんだ。酔っ払っいの戯れ言だと思って聞き流してくれ」
「いや、こちらも酒盛り中申し訳無いことをした。では失礼する」
それだけ言うと顔を戻し酒場の奥の方へと歩いていった
「なんだぁ、あの女、おっかねぇ」
「おい、水じゃなくて酒持ってこい。完全に酔いが覚めちまった」
「あぁ、ああ。わかった少し待ってろ」
男性は酒を買うためにカウンターへ向かう
その際、もう一度先ほどの女性を見た。その女性は酒場の一番奥のテーブルの前に立ち止まっていた
建物に入った時、一瞬でその男のことに気が付いた。情報収集で外獣討伐組合によくいることは判っていた。なので試しに一度伺って観ることにした。その一度目で出会えるとは思ってもいなかったが、これも神の巡り合わせか、迷うこと無く男の方へと足を進める。
道中、トラブルにあったが気にすることなく男の元へと向かう。否、すでに気にかける余裕すら無くなっていた。
その男は、四人掛けのテーブルを一人で使い、飯を食べていた。そのテーブル前に到着する
そこでようやく男の方も飯を食う手が止まる。
そして不敵な笑みを浮かばせながら口を開いた
「遅かったな。カーラ」
それに呼応するように女性も言葉を返す
「副団長と呼べと言っているだろ。万年見習いのローツ」
今、ここに因縁の二人が再開を果たす
無駄に四人掛けのテーブルを使っているため、私は、遠慮なくローツの対面の椅子に座った
「別にいいじゃねぇか。二人の時くらい、俺達たった二人だけの同期だぜ」
「関係ない、これは規則の話だ。最も貴様は王都を離れる前日に騎士団を解雇にされているため本来はこうやって話をすることすらおこがましいがな」
「前日に、解雇ねぇ。なるほどそういう風に処理したのね」
「どういうことだ」
「いや、何でもない。それよか何か食べるか?」
「結構だ」
「そう」
それだけ聞くと食事を再開した
「それよりも貴様に聞きたいことがある」
「約半年ほど前、ライザル村で起こったテットキースの件。あれは貴様か」
「半年前、テットキース… ああ、あれか」
それはどこか懐かしむよなそれでいて嬉しそうな顔をした
「そのライザル村の村長の孫娘のクイナさんからの言伝てだ『あの時は貴方に当たってしまってごめんなさい。助けてくれてありがとう』だそうだ」
「カインと一緒に居たあの子か。無事だったのか?」
「ああ、今では生き残った村人たちと村の復興をしている。男性はかなりの被害にあっていたが、女性は無事な者も多かった。恐らく、繁殖に利用するために扱いがよかったのだろう」
「そいつはよかった」
そう言いながら残っていた一皿を完食していた
「我々、騎士団が村に突入した時にはすでに殆ど終わっていた」
「テットキースの大体が殺されているか、もしくは既に村から逃げてしまっているかのどっちかだった」
騎士団がしたことと言えば生き残った村人を外に安全に逃がし保護する事位だった
「何よりも今回の元凶と思われる。テットキースの2倍以上の体格を有し剣を持って人語を介する変異種それを殺ったのも貴様だな」
「エニマスの事だろ。アイツは強かったぜ」
「あれは団長クラスだな。多分、お前以外の副団長が来てたら殺されてたぜ」
それはまるで友の事を語るがのように嬉々として発言した
そして私以外の副団長ならば負けていたと言うならばそれを倒した貴様は、自身が副団長よりも強いと言ってるようなものだ
「首から上はどうした」
その変異種の死体は首を切られた状態で立っており、その異様さが、更に目立つほどだった。
そしてその上の部分が見つかっていない
「それなら、禽静の森に埋めて来たぜ。他のテットキースどもにボスが死んだ事を教えるために持ち運んだんだ。そうすれば大半のテットキースは森に帰ると思ったからな、その後は利用価値が無くなったから森まで行って埋めたってわけ」
「なるほど、おおよそのことはわかった」
「騎士団として貴様には礼を言う」
「そいつはどうも」
それから少しの間沈黙が流れる
「ローツ…お前も気付いていただろ。あの剣」
私は少し視線を下に向ける
「…あぁ、副団長の剣だろ」
あの変異種が、使っていた剣
あれは私の前任、第一騎士団クレシス副団長が使っていた剣だ。
第一騎士団は一人一人に合った剣が作られ贈られる。故にその剣が誰の剣なのかある程度判ったりする。
当時、新人だった私たち二人はよくお世話になっていた。
私が正式に騎士団に配属して三年目の時に、禽静の森の調査で消息不明になっていた。
「出来ることなら、私の手で仇を執りたかった」
握っていた拳に更に力を込める
だが、その相手は既にいないことを知っている
私は下がった視線を再びローツに向ける
「あの変異種、決め手は上殺死か」
「正解。よく解るな」
「あんな物、ゼガリアル流剣術を扱う者ならば誰でも検討がつく」
「いや、それは数人だけだろ」
ローツが難色の顔をする
上殺死
ゼガリアル流剣術の中でも第五異剣に分類される技。ゼガリアル流剣術は第一異剣から第五異剣まであり、数字が大きいほど使用する技が難しくなる。つまり上殺死とは、ゼガリアル流剣術の技の中でも最高難易度の一つである
「貴様、どうして実力を隠していた」
「それだけの実力があれば騎士団で活躍も出来ただろ」
その問いにローツはあっけらかんと答える
「別に隠してた訳じゃないさ。見せる機会がなかっただけだ。それに知ってるだろ俺が一人でずっと魔装の特訓してたの」
「なら、その剣で総団長ゼガリアル・ルーサーを殺したのか」
今までどこか飄々としていたローツの顔が真顔になる
そしてその問いに迷いなく答える
「ああ、そうだな。俺が殺した」
その言葉が発せられた瞬間、賑わっていた酒場が静まりかえる。
それは普段から外獣と命の殺り取りをしている冒険者の本能にも似た危機察知が反応したからだ。
「おい。ちょっとは抑えろよ」
「黙れ、今すぐここで貴様の首をはねてもいいのだぞ」
するとローツが席を立つ
「どこへ行く。逃げるつもりか」
私がそう言うとローツは困ったような顔で口を開いた
「逃げねえよ。場所を変えるだけだ。ここでする話でも無いしな」
「町を出て少しした所に平原があるから着いてこいよ。それともお前はこんな所で殺るつもりか」
それを聞いて私も席を立つ
「不審な動きを見せたら即座に切るからな」
それからローツの少し後ろを歩き組合の外に出た
謎の二人が、組合の外に出た酒場の声がぽつぽつと戻り出してきた
「なんだったんだ。あいつら」
「判らんが、ただ事ではない感じがしたな」
先ほどの昼間から飲んでいた男性冒険者の二人が、組合の扉を眺めながら会話を再開した
「痴情のもつれかと思ったが雰囲気的に違いそうだな。まったく酒の肴にもなりやしねぇー」
そう言いながら手に持っている酒を飲み干す
「男の方、ありゃ死んだな」
その発言に対してあまり酔っていない男性は何も言わなかった。
子供の頃、父に連れられて騎士団の稽古を見に行った。
どうして、父が私を連れていってくれたのか判らないが、きっと当時から私は剣が好きだったのだろう。
その光景を未だに私は鮮明に憶えている
それが私が最初に師匠の剣を見た時だった
子供ながらに思った
この人みたいに成りたい
この人みたいに剣を振るえるようになりたい
この人みたいにキレイな剣を
『私は、頂剣/ルーサーのゼガリアル流剣術に憧れた』
そして、私が十五の時に騎士団の入団試験があった。入団試験は不定期に開催され、それぞれの騎士団ごとに試験が行われる。
その試験の項目の一つに複数人の受験者同士と一対一の模擬試合をするものがあった。
その相手の一人が今、私の前を歩いているこの男だった。
試験の帰りに師匠から直接、合格を言い渡された時は嬉しかった。
最終的に、試験に合格したのは二人だけだった。
第一騎士団に入団した初日、私とローツは二人で騎士団の説明を受けた。
始め、私はローツの事が顔を見て誰か判らなかった。
それほどまでに、印象に残っていなかった。
騎士団に入団したらまず見習いから始まり、それが終われば正式に騎士団として活動できる。
稽古としてローツと剣を持って向き合った際に試験の時のことを思い出した。
正直に言って、その時は驚いた。はっきり言って騎士団に入団できるほどの実力があると思えなかったからだ。他の受験者だけを見てもローツよりも強い者はいた。
それでも私を除いて受かったのはローツだけだった。
それから、私は一年で見習いを卒業した。
しかし、ローツは解雇されるまで見習いを脱け出せなかった。
それでも私はローツのことを、それなりに認めていた。
見習いとして長い間、剣の稽古をしている事を知っている。
少しだけ二人で剣の話をしたこともあった。
何よりも剣を振っている姿を見れば分かる。
私と、同じで剣が好きなことが
故に認める訳にはいけない
師匠を殺したことを許すことは出来ない
同じ剣を目指した者として、私はお前を否定しなければならない
「この辺りでいいか」
町を出てそれなりに歩いた場所で私から少し離れた位置でこちらに振り返りながら聞いてきた。
周りには何もなくただ草を風が揺らすだけであった。
「何故、総団長を殺した」
渋い顔をして、頭を右手で掻きながら答える。
「説明するのは、難しいんだが。ジジィとは色々あっ『ちょっと待て』」
ローツの話を遮る
「ジジィと言うのは、総団長のことか」
「そうだぞ」
私は信じられない顔をする。
「ああ悪い。ついいつもの癖で言っちまった」
「まぁ、簡単に言えば不可抗力だな。俺がジジィを殺って無かったら俺が逆に死んでた」
「その世迷い言を信じろと」
フードを後ろにやり顔を出す。そしてローツと目を合わす。
「だろうな」
何の気なしに言う
「狙いは国宝か」
右手首に着けている金の腕輪に視線をやる。
その発言にローツは押し黙る。
「この際、理由は何でもいい」
「貴様が総団長を殺したと言う事実は変わらない」
「故に、私は貴様を殺す」
腰にある剣を抜き放つ
それに対してローツも自身の剣を抜いた
「行くぞ」
そう静かに私は宣言した。それが合図だった。
即座にローツと私の距離が縮まる。
初めに様子見もかねて正面から剣を押し付ける。それに対してローツも私の剣を正面から受け止めた。
鍔迫り合いが発生する
「第一異剣・腹渡死」
鍔迫り合いの中、少し剣先をローツの方に傾けた。途端にローツの剣がカーラの剣を蔦って上に流れる。
それにしたがってローツの腕も強制的に上がる。最終的に鍔迫り合いが解かれローツが両手で剣を持った状態で万歳をする形となった。
そうしてがら空きに成った胴体目掛けて横一閃を放つ。
だが、ローツもそれに対応する。
上がった腕をそのままカーラの剣が当たるより速く振り下ろす。
「上殺死」
次の瞬間、ローツの剣がカーラの横に逸れて地面に突き刺さる。
動きを見て瞬時に剣先をローツの剣に合わせた。
剣が地面に刺さり簡単には抜けず姿勢も前屈みのような体勢になっている。
それはまるで首を差し出しているかのようであった。
カーラは遠慮なくローツの首に目掛けて剣を振るう。
この状況でローツがとれる行動は一つだけだった。
剣を避けるために後ろに下がる。間一髪で躱すことに成功する。
しかし、その代償に自身の剣を手放すことになった。
その絶好の機会をカーラが見逃す訳もなく。ローツに更に追撃をかける。
剣士同士の命の奪い合いにおいて、剣を持っていない状態は絶殺を意味する。
対剣士用に開発された格闘術も存在しているが、相応の実力差が無い限り相手を制することは難しい。
それ程までに勝負を左右する。
例え、剣の腕が高かろうが剣を持っていなくては意味がない。
そう剣が無ければの話だが
カーラの追撃にローツがとった行動は避けるでも逃げるでもなく、その場で停止した。
そして迫りくる剣に対して、じっと姿勢を正す。
(なっ‼)
突如、ローツの右手から剣が現れた。
流石のカーラも一瞬、動揺を示す。
しかし、即座に思考と魔力を切り替える。
それは相手を斬るためではなく、弾くために
(第二異剣・メタリッタ)
カーラの剣と新たに現れたローツの剣が衝突する。
その瞬間、ローツの体が浮き上がり後方に吹き飛ぶ。
本来、カーラの膂力では起こせない現象、それを可能にしているのは、天賦の剣才と研ぎ澄まされた魔装によるものだ。
(旧王国剣術・第二式=ハラルリノ)
ローツの着地を狩るためにカーラは姿勢を低くする。その技は旧王国剣術において距離の離れた敵に対しては最速を誇り、決まれば相手の足を使えなくする技である。
一歩、踏み出すため足を動かそうとする。
だがその一歩が踏みしめられることはなかった。
咄嗟にカーラは自身の右側に向けて剣を振る。
その時、得体の知れない何かを防ぐ。
「おっとっと、危なかったぜ」
鞭のような物が高速で縮んでいきローツの着地したタイミングで剣の形になった。
(今のは、半歩踏み込んでいたら首が飛んでいたな)
カーラは自身の首を軽く撫でる
「なんだ、そのふざけた剣は」
「酷い言い方だな。"偽剣ハファリス"、結構気に入ってんだぜ俺は。クソ扱いにくいけどな」
「てか、初見で今のを完璧に防ぐかよ」
「これが国宝の力か」
ローツは今までに三本の剣を使用している。
初めの剣は地面に刺さったままだ、そして先程の伸びた剣とメタリッタを防いだ剣は別の剣だった。その全てが一瞬で現れては消えている。
(次に何の剣が来るのか判断しようがないな)
(間合いが掴みずらくて、厄介だ)
ローツの戦い方をそう総評する
「それにしても相変わらず、えげつない魔装してんな」
ローツが若干引き気味に言う
「私の方こそ驚いたぞ。魔装をちゃんと扱えているな」
魔装
ゼガリアル流剣術において基本にして全て
ゼガリアル流剣術の技の殆どが魔装を前提として作られている。故に魔装を扱えなければ騎士団の見習いすら卒業することは出来ない。
魔力の本来の使い道は自身の体に魔力を流す事によっておこる肉体の強化だ。
この魔力による肉体強化は訓練次第で大抵の者が扱うとこができる。
だが、別の物体・物質に魔力を流すことは困難を極める。
これには剣の才能は関係なく、一生かけても習得出来ない場合もある。
魔力を流した状態を“魔力纏”と呼び、この纏った魔力を完全に操ることによって魔装に至る。
ローツが魔装を扱えていなければ最初の腹渡死の段階で死んでいた。
「まっ、特訓したからな」
「けどやっぱ、ゼガリアル流剣術じゃ勝ち目ねえな」
「だから」
ローツの右手の伸びる剣が消えて黒塗りの小剣が新たに握られる。
「こっちのやり方でやらせてもらう」
黒塗り小剣をそのまま私の方へと投擲する
その投擲の精度は高く私に向かって一直線に飛んでくる
「小賢しい」
小剣を叩き落す
その時、正面から僅かに歪みを感じた。
急いで私は顔を反らす。
次の瞬間、顔の横を何かが通り過ぎる。
直撃はしなかったが私の横髪を僅かに散らした。
避ける際に見えたそれは黒塗りの小剣よりさらに小さく透明な短剣であった。
初めの方の小剣に注意を向けて、本命の二本目を当たり易くする作りがされている。
(本当に小賢しいな)
私が投擲に対応している間にローツは距離を詰めてきていた。
近づいてきたローツに向け、私は剣を振り下ろす。
だがローツはただ静かに左手を向ける。
その瞬間――空間が歪む。
私の刃は、新たに現れた奇妙な剣によって受け止められていた。
それは、中央が大きくU字に裂けた、異形の双刃剣。
刀身は根元では一体だが、中ほどから二股に分かれ、牛の角のように左右へと湾曲している。
刃は内側ではなく外側にのみ存在し、弧を描く外縁が妖しく光を放っていた。
内側は深く抉られ、空洞となっている。
まるで――何かを挟み、捕らえるために作られたかのように
そして実際に、その異形の隙間は、私の剣を、逃がさぬように絡め取っていた。
ローツの手首が、わずかに捻られる。
次の瞬間、嫌な感触が走った。
挟み込まれた剣が、内側から締め上げられる。
逃がそうと力を込めても、びくともしない。
まるで、噛みつかれたかのように固定されている。
その隙に、ローツの右手にまた別の剣が出現する。
躊躇なく、私の胴体へと水平に薙ぎ払う。
回避は、間に合わない。
咄嗟に、私は自身の剣の魔装を回した。
荒れ狂う魔力が刃を駆け上がり、唸りを上げる。
私の剣を抑え込んでいるローツの異形の剣が小刻みに震え始めた。
それはやがて、抑えきれないほどの振動へと変わっていく。
噛みつくはずの剣が、逆に軋んだ。
次の瞬間。
甲高い破裂音とともに、ローツの左手の剣が弾き飛ぶ。
拘束が外れ、私の剣が解き放たれる。
ローツの体勢が、わずかに崩れる。
その隙は、一瞬。
(だが十分だ)
私はそのまま、振り下ろしかけていた軌道を無理やり引き戻し、
解放された勢いのまま、逆袈裟に斬り上げる。
刃は、確かに届いた。ローツの胸元を裂く。
だが。
「……浅い」
手応えが、あまりにも軽い。
血は滲む。だが致命には程遠い。
ローツはわずかに視線を落とし、自らの胸の傷を一瞥しただけだった。
その瞳がこちらへ向く。
まるで――今の一撃を“測った”かのように。
嫌な予感が、背筋を走る。
ローツの右足が、わずかに動いた。
そのつま先に――小さな剣が現れる。
認識が、遅れる。
蹴り上げられた刃が一直線に顔面へと迫っていた。
完全に、意識の外。
私は反射だけで身体を引いた。
刃は頬のすぐ前を掠め、空を裂く。
遅れて、風圧が肌を打った。
一歩、わずかに後ろへ下がる。
だが、距離はまだ足りない。ローツは間を置かず、踏み込んでくる。右手の剣が、今度は正面から振り抜かれる。
逃げ場を潰すような軌道。
私は息を殺し、その刃を見据えた。
「第三異剣・レルリガ」
振り抜かれる直前。
私は、あえてローツの剣へと自らの刃を叩き込んだ。
衝撃が“内側”へと走る。
金属同士の衝突音とは違う、鈍い震え。
それは刃を伝い、柄を伝い――ローツの手へと届く。
「ちっ」
ローツの指が、わずかに開く。剣を握る力が、抜ける。
その右手から、剣が零れ落ちた。
(右手は潰した)
そう確信した瞬間、私は踏み込む。間合いを詰め、一気に決める。狙いは喉、迷いなく、突きを放つ。
だが、鈍い音とともに、軌道が逸らされた。
ローツの左腕。
いつの間にか装着されていた小型の盾が、私の刃を受け流していた。
(まだ、手があるのか)
完全に勢いを殺される。
ローツの左手が、そのままこちらへ向けられる。盾と手の甲、そのわずかな隙間。そこから細い刃が滑り出した。
私は首を傾ける。ほんのわずかな差。だが確実に、見てから避けている。
ローツの腕が引かれる、私は迷わず踏み込んだ。
再び、突きを放つ。ローツは同じように左腕を上げる。
小型の盾が、再び私の刃を受け止める。
(第五異剣・シルガム)
突きの軌道はそのままに、力の質だけを変える。
衝撃が、盾の内側から弾けた。防いだはずの盾に、亀裂が走る。
そして――砕けた。
砕け散る破片を突き抜けるように、私はさらに踏み込む。突きの勢いは、まだ死んでいない。
そのまま右腕を引き上げる。流れるように身体を捻り、振り下ろす力を乗せる。
これまでの攻防で、私はローツの使った剣も技も一つも知り得なかった。
すべてその場の判断で対応している。
(重なるな)
ゼガリアル流剣術が無敵と評される理由を、私は改めて思い知る。同時にローツへの認識も変わる。
複数の剣を瞬時に判断し使いこなす、今まで私が戦ってきた剣士とは、明らかに異質で別格。
(重なるな)
今なら師匠を殺せたことにも多少の現実味が増す。
(重なるな)
世界には私の知らない多くの剣が存在する
(重なるな)
そうだ。私は知らない
(重なるな)
私が知っている姿はゼガリアル流剣術を振っている師匠の姿だけだ
(重なるな)
だから――
重なるな。
右手に、僅かな力がこもる。
ローツの左手が伸びる。
その先で掴まれたのは剣を握る私の右手首だった。
同時に、左手の動きに連動するように、ローツの右手が私の左肩へと触れる。さらに右足が滑り込むように入り、私の股下を抜ける。
(不味い)
この技を知っている。
かつて目の前の男に一度だけ、まったく同じ形に持ち込まれたことがある。
もっとも、あの頃とは動きも、速さも、比べ物にならない。
だからこそ次の展開が、はっきりと見える。
ローツの右足が、私の左足を払う。同時に、左肩への衝撃――掴まれた右腕が、強引に持ち上げられる。
体勢が、崩れる。抗えない。
そのまま、私は地面へと、背中から叩きつけられる。肺の空気が、強制的に吐き出される。
ローツは私の剣を奪い取り、私の上に跨った。
左手に握られた剣先が、ゆっくりとこちらへ向けられる。
それが私の顔に降ろされた。
「なせだ」
下された刃は、私の顔を外れ、わずかに左へと逸れて、地面に突き立っている。
「なぜ、師匠を殺した」
掠れた声で、問いが零れる。
戦いの前に抱いた疑問を、もう一度投げつける。
「……ジジィは寿命で死ぬこと何て望んじゃいなかった」
「自身が死ぬなら剣でそう言っていた」
ローツはその問いに対して初めとは別の表情と答えを返す。
「なら、それなら… わた…私が……」
「出来たのか。お前に」
その言葉に、私は何も返せない。
私はただの一度として、師匠に勝ったことがない。
沈黙が落ちる。
「勘違いすんなよ。俺は別に、お前の実力が足りなくて言ってんじゃねぇ」
ローツはそう言うと、わずかに笑みを浮かべた。
そして、剣から手を離して私の上から退いた。
「憶えてるか」
「昔、俺とお前で、少しだけ剣の話をしたことがあったろ」
「その時、お前が言ったことだ。」
『私は、頂剣/ルーサーのゼガリアル流剣術に憧れた』
確かに自身がその発言をしたのは憶えている
「けどな、俺は違ったんだ」
「俺が生まれたのは、何の変哲もない、ただの小さな村だった」
「そこでの子供の頃の楽しみなんて、近い年の奴らと遊ぶか、母親が読んでくれる本くらいだった」
「けどな――それで十分だった。それだけで充実していた楽しかった、母親が聞かせてくれる話に、どうしようもなく心が躍った」
「その本が。頂剣の冒険が、俺にとっての原点だ」
私は黙ったまま、ローツの話を聞きながら体を起こした。
ローツが、ゆっくりとこちらへ向き直る。
「笑えるよな。憧れた人間は同じなのに、焦がれた剣はまったくの別だった」
わずかな、自嘲の滲んだ声。
「俺は聞かされた物語の頂剣に。そしてお前は、自分の目で見た現実の頂剣に」
「お前は、何の話を『最後の攻撃』―」
ローツの言葉が、割り込む。
「お前、少し躊躇っただろ」
「じゃなきゃ、俺の”ダイゴドス剣嘩殺法拳”が間に合うはずがない」
「……だから。お前は、私では師匠を殺せなかったと言うのか」
ただ、視線だけが返ってくる。
認めよう。
確かに私は、あの時躊躇した。
この男の姿に。
この男の振るう剣に、師匠の影を見た。
「まっ、半分正解だな」
その発言に、わずかな疑念が浮かぶ。
「ジジィは幸福だったと思うぜ」
「もう死ぬだけだった自身の前に、お前っていう、“剣士として”頂剣を超える才能の原石が現れたんだからな」
私が、師匠を超える。
「だが、それと同時に、それは唯一の心残りにもなった」
ローツの声が、わずかに落ちる。
「一度だけ、お前とジジィの稽古を見に行ったことがある」
「その時だ」
「お前の剣に途轍もない違和感を感じたのは」
「お前の剣には、真剣さがなかった」
「私が、師匠相手に手を抜いていたとでも言いたいのか」
胸の奥に、わずかな怒りが滲む。
「そうは言わねぇ」
「だがな――無意識なんだろうが、お前の剣にはジジィを害す気がまったく無かった」
言葉が、静かに落ちる。
「剣はどこまで行っても殺す道具だ。何かを守る結果を求めても、その過程で必ず死や傷が伴う」
「俺ですら分かったんだ。ジジィは、もっとはっきり感じてたはずだ」
「言ってたぜ――」
『カーラには、すまないと思っている。師として一人の剣士として、最後まで全力を出させてやれなかったことが恥ずかしい』
その言葉を聞いて胸の奥から、私の方が恥ずかしさが込み上がる。
「そして、俺も今日、お前と剣を交えて確信になった」
「ゼガリアル流剣術において、お前は、とっくにジジィを超えている」
私は師匠のことを、何もわかっていなかった。
あれだけ、師匠の剣を見てきたはずなのに、それが堪らなく。
堪らなく悔しい
例えローツに、超えていたと言われようが実感なんて、どこにもない。
それでも。もう叶わないと知りながら、どうしようもなく師匠と、もう一度剣を交えたくなった。
以前までは、当たり前のように出来ていたこと。
「……私は」
私は、今まで何をしていたんだろうな。
もう、どうしようもない。仇討ちも、剣も、何もかも。すべてが、空虚に思えてしまう。
「カーラ」
沈み切っていた視線が、その呼び声で引き上げられる。
ローツを、見る。
「俺は、自分がジジィを超えたなんて思ってねぇ」
「あんな勝ち方で、納得なんてできてない」
吐き捨てるような声。
「お前だけだ、お前だけなんだよ!」
ローツの視線が、真っ直ぐに突き刺さる。
「唯一、ジジィに、頂剣に、並べた奴は」
「お前だって納得しちゃいないだろ」
「だからさもっと強くなろうぜ。俺とお前が本当の意味で胸を張って頂剣を越えたって言えるぐらい」
「私は...」
言葉が、続かない。
それでも。胸の奥に、確かにある想いが滲む。
私はまだあなたの剣を目指していいですか。
こんな不甲斐ない弟子でも、越えることを許してくれますか。
地面に刺さったままの剣に、視線を落とす。
すぐに手を伸ばすことは、出来なかった。ほんの少しだけ、迷う。
だが――
私は、ゆっくりとその柄へ手を伸ばす。指が触れる。
それはもうただ振るうための剣ではなかった。
「強くなる。貴様も――そして、頂剣すら……私は、越えて」
ローツは、その言葉を静かに受け止める。
そして、どこか安心したように、わずかに表情を緩めた。
「よっと……これで全部だな」
一通り話し終えると、ローツは戦闘で使った剣を回収していった。
「本当にいいのかよ、カーラ。俺を見逃して」
「一応、国の英雄を殺した罪人だぜ」
どこかからかうような声音。
「私は貴様に負けたからな。今回は見逃してやる」
「貴様こそ、いいのか。ここで私を始末しておかなくて」
「なんでだよ」
肩の力が抜けた声。
「納得もした。理解もできた。それでも貴様を認めることはしない」
「私は、いずれお前の首を取りに行くぞ」
ローツは、わずかに視線を外す。
「そうか」
「なら、楽しみにしとく」
満面の笑みだった。
「じゃあな、カーラ。またな」
私は、何も言わなかった。ただ、ローツの背を見送る。振り返ることもなく、あいつはそのまま去っていく。
足音が遠ざかりやがて消えて残された静寂の中で、私は一人立ち尽くす。
「またな。ローツ」
「ああ、しくじったな。かっこつけてこっちに来なきゃよかった」
あたりは、すっかり暗くなっていた。
「今からでも町に戻るか」
ふと、カーラの顔が浮かぶ。
「いや、どっかで野宿だな」
胸の傷を少し撫で下ろす。まだ、熱が残っている。
その熱に引かれるように意識が、朧げに過去へと沈む。
入団試験の日。頂剣の後をつけ、あの部屋に踏み込んだ、あの瞬間から、すべては始まった。
ふと空を見上げる。そこには、幾つかの光が点在していた。
「昔は、もう少し多かったらしいがほんとかね」
ローツの胸の内で、期待と不安が静かに渦巻く。
一つの光へ、右手を伸ばす。
「なあ、唯一神・シーヴァ。あんた他の神様全部ぶっ殺して、ただ一人の神になったって話だろ」
「一体どれだけ強いのかね」
わずかに、口元が歪む。
「いつか、あんたとも殺ってみたいもんだ」
金の腕輪が、かすかに光を還した。
――――――――――――――――――――
「我を恨むか、カーラよ」
王宮――王の間。
本来ならあり得ぬ、私と王の二人きりの謁見。
「いえ、滅相もございません」
「すべては、私が不甲斐ないばかりに……王にもご迷惑をおかけしました」
そうだ。今回のすべては師匠の死、そして王命から始まった。
王命がなければ、私はローツを追うことすらなかった。
そしてローツは、私が来ることを確信していた。
つまり、王は、知っていて私を任命した。
「やはり……師弟なのだな。お前たちは」
王の言葉に、口には出さぬが疑問が生まれる。
「あの日、ゼルが死んだ日」
「あの場所で、あの二人が剣を交える前に私は少し話をした」
静かに、語り出す。
「その時だ。ローツの方から、この件の提案を受けた」
「私は、衝撃を受けた。その提案は……あまりにも、己に損しかないものだったからだ」
「当初はな。もしゼルが負けた場合はすべての者に“寿命で死んだ”と伝えるつもりであった」
「だが奴は罪を背負ってでも、命を賭してでも此度のことを成そうとした」
思わず、息を呑む。
私も、少し驚くローツが、仕組んでいたことに。
「私もゼルとは長い付き合いだ。流石に、何か言うと思ったが」
王の声が、わずかに低くなる。
「その後に、言葉は続かなかった。何も発せぬままだが、その空気からは感謝すら感じられた」
「故に、私が折れるしかなかった。あんなものを見せられてはな」
突如――王が、頭を下げた。
「カーラよ……そして、ここにはおらぬがローツ。お前たち二人には、感謝しておる」
静かに、だが確かな重みを持った声。
「お前たちが現れてから、ゼルはまた生き生きとし始めた。それはまるで……昔の、懐かしい姿を見ているようであった」
一瞬の間。
「王として――そして、友として礼を言う」
「ありがとう」
思わず、言葉が零れる。
「……顔をお上げください、王よ。感謝を申し上げるのは私の方です」
「私に命を下さり、そしてローツと再び相まみえる機会を与えてくださったこと心より、感謝いたします」
私と王は、同時に顔を上げた。
ふと視線が合う。どちらともなく、わずかに微笑む。
そこに、もはや遺恨は一片も残っていなかった。
「して……あ奴は、どうするつもりだ」
王の問いは、静かだった。
「はい」
私は小さく頷く。
「世界を見て回ると、師匠の……いえ、頂剣が見てきた世界を自分の目で、確かめるのだと」
「そうか、では、もうこの国にはおらぬやもしれんな。戻ってくるのはいつになるか」
その声には、わずかな寂しさが滲んでいた。
「はい。ですが、必ずこの国に帰ってきます。私に、会いに」
王は、わずかに目を細めた。
「まるで、恋人のようだな」
どこか、からかうように言ってみせる。
「――っ」
「そのような関係では、ございません」
わずかに視線を逸らす。
「しかし、王よ。国宝の方は本当によろしかったのですか」
「それこそ良いことだ」
王は、迷いなく言い切る。
「あれは国宝などと呼ばれてはいるが、本来はゼガリアル・ルーサーのものだ」
「そのゼルが、ローツに託したのなら、それでよい」
静かな断言。
そう言うと王は、右手で自身の左手首に嵌められた金の腕輪をなぞった。
「……それに」
わずかに口元が緩む。
「私の方こそついでなのだからな」
かつて、一人の剣士がいた。
その剣士は、世界のあらゆる剣術を修めた。
その剣士は、無敵と評される剣術を編み出した。
その二つの偉業を合わせて、その剣士は「頂剣」と呼ばれるようになった。
そして今。ここに、頂剣の継承は成った。
一人は、頂剣が生涯をかけて集めた“世界すべての剣”を。
もう一人は、頂剣が生涯をかけて極めた“ただ一つの剣”を。
だが、世界にとって真に受け継がれた物がある。
◇◆◇◆◇
「よし行くか」
王都の正門の前で、一人の少年が呟く。
その少年が王都から旅立つため一歩を踏み出そうとする。
「おーーい、ゼル! 待ってぇ!」
その歩みが少女の声によって戻される。
「なんだよ、ララ。来たのかよ」
少年が、振り返りながら笑う。
「てっきり、見送りはないのかと思ったぜ」
「ごめん、ごめん。ちょっと忙しくてね」
少女は軽く手を振りながら駆け寄ってくる。
「ここ最近見なかったけど、何してたんだ」
「ふふん」
どこか得意げに胸を張る。
「実はね、急ぎで作ってた物があるんだ」
一歩、距離を詰める。
「ゼル、右手出して」
「ほい」
何も考えず、右手を差し出す。
すると少女は、その手首に触れ何かを取り付け始めた。細かな音が、かすかに鳴る。
「よし……これでオッケー」
「いやー間に合って良かったよ」
満足げに頷く。
「何だ、これ」
視線を落とす。
そこには白銀のリングが、手首に静かに収まっていた。
「それに、魔力を込めてみて」
「どうするんだ?」
「あっそっか。えーと……ほら、いつもゼルが剣にしてるやつ?」
少しだけ考えてから、少女が言う。
「ああ、魔力纏な」
少年は小さく頷く。
初めて扱う“物”に意識を向け、慎重に魔力を巡らせる。
「うん。ちゃんと繋がったね」
少女が満足げに頷く。
「じゃあ今度は剣に魔力纏をした後で……そうだなあ」
少し考えてから。
「剣をゴミ箱に放り投げるイメージで」
「嫌なイメージだな」
苦言を漏らしつつも、言われた通りに意識を切り替える。
少年の手にあったはずの剣が掻き消えるように、消えた。
「うわっ」
思わず声が漏れる。
「うんうん、大成功」
「いや……俺、これじゃ剣なくて旅できないんだけど」
「そこは大丈夫。よく意識してみて。何か感じない」
言われるまま、目を閉じる。
「……何か……違和感、というか……気持ち悪い」
妙に引っかかる感覚が、手首の奥に残っている。
「そのうち慣れるよ」
少女は軽く笑う。
「今度は、それを拾い上げる感じで」
すると今度は先ほど消えたはずの少年の剣が右手に現れる
「いや、お前……え、いや、ちょっと……えぇ……?」
言葉が追いつかない。
「また凄いもん作ったな」
わずかに引き気味で言う。
「けどそれまだ完璧じゃないんだよね」
「思考とのラグがあるし、広さもまだ足りない……何より中の状態が万全とは言えないし……」
一気にまくし立てる。
「転送の安定性も怪しい、保持時間も検証不足だし、あと――」
止まらない。
早口で、次から次へと持論を展開していく。こうなると、もう手がつけられない。
「……あー、うん。分かった分かった」
少年は早々に理解を放棄した。
「でも、大したことないよ」
少女は、あっさりと言う。
「だってゼルは、これからもっとすごい人になるんだから」
一歩、踏み込む。
「世界で一番の最高の剣士に」
少女のまっすぐな笑顔が、少年を射抜いた。
一瞬、言葉が止まる。
「ああ、そうだな」
小さく笑う。
「絶対に最強の剣士になって、いつかこの国に戻ってくる」
視線を外さずに、言い切る。
「だから――だから楽しみに待ってろ」
「うん」
少女は、迷いなく頷いた。
「じゃあ、これ。注意事項。旅の道中にでも読んどいて」
一枚の紙を差し出す。
「ああ、ありがと。読んどくよ」
受け取りながら、軽く振ってみせる。
ふと、二人は顔を見合わせる。
どちらともなく、笑った。
「それじゃあ、またね。ゼル」
「ああ。またな、ララ」
この日、王都より、一人の剣士の伝説が歩みだした。
この時、弱冠十五歳。未だ世界を知らぬ、後の頂剣。
ゼガリアル・ルーサー、―その少年の旅立ちである。
そして、これより35年後。旅を終え、王国騎士団総団長となった折。
記念として王宮技巧師より、頂剣と国王に贈られた品がある。
それは創った■すら、想定していなかった事
この星が生んだ奇跡にして
最高傑作 ララセント・ライホーン
彼女が作り上げた、二対の金の腕輪
それにリオナルド・ラーファーンの手によって名が与えられた
ー双嶷の宝庫ー
と。




