戦闘
「……ちゃん、スケちゃん! 」
「ん……、一体何が……」
文がぽんぽんと亮の肩を叩く。亮がむくりと起き上がる。彼らの目の前には、大狸たちが威嚇し合いながら戦っていた。真っ黒に染まった空、今にも飲み込もうとする荒波、ひび割れていく地面、破壊されていく岩。より戦況が悪化していることは、この惨状が嫌というほど物語っていた。
「これって結構まずいんじゃない……」
「……」
怯える文をよそに、亮は大狸たちの様子を窺っていた。二頭の大狸をよくよく見ると、見たことのある装いが施されていたことに気づいた。
「まさか……。直と健か……?」
「本当⁈ たつるー、いっけー! あたるを倒しちゃえー!」
文は嗾けるかのように大狸となった健に檄を飛ばす。亮は文の頭をポカンと一発叩く。文は頭を抑えながら涙目を浮かべる。
「いてて……」
「何、呑気に応援しているんだ! そんなことしている場合じゃないど! ……これは大変なことに……」
亮は念を使って二頭の状態を確認した。
「二人とも自我を失って、互いを敵と思って戦ってるど……」
「潰し合って共倒れを狙っているわけだね。相手もなかなかだね」
「倒れていなければ……、避けれたはずだったのに……」
二頭の咆哮が鳴り響く。それは二匹の心をより一層虚しくさせた。特に亮は肩を落としたまま、表情が固くなってしまっていた。
そんなことはつゆ知らず、大狸になった二頭は互いに攻撃しあう。尻尾を身体や顔に打ちつけたり、その反動で近くの岩を粉々にしたりする。相手に思い切り体当たりを仕掛けたかと思うとそのまま押し倒す。そして後ろからマウントを取って噛み付く。そして同じようにやり返す。かつての優しい二人からは想像できないような、その凄惨な応酬に二匹は思わず言葉を失ってしまった。
「グアッ……」
「ギャアー!」
もはや二頭には、まるで人間だったことを覚えてない。獣のごとく互いに威嚇しながら、本能で戦っている様子に呆然と立ち尽くす二匹。
「また失ってしまうのか……」
そのとき、二頭の互いの拳が相手の右頬に打ち付けていく。その反動で二頭は、足を滑らせてバランスを崩した。
「グゥ……」
「ギャォ……」
二頭はともにその反動で後方に倒れ込む。そして悶えながら頭を抱えるようにしていた。
「今しかない……!」
亮は両手を二頭に向けて突き出し、念を思い切り込めた。
「止まれ!」
二頭は最初のうちは悶えのたうち回っていたが、突然身体の自由が効かなくなったのを感じたのか、今までよりも大きな声で暴れるように鳴き始める。
「文、今だ! あれを打ち込め!」
「えいっ!」
文はを二人に向けて玉を打ち込んだ。それは弧を描くように飛んでいき、ついには二頭の口の中に入っていった。そのまま二頭はその玉をごくりと飲み込んだ。
すると、二匹の大狸は光に包まれていく。それは、だんだん姿が小さくなっていき、やがて人間ほどのサイズになる。かの二頭がいた場所には、直と健が倒れていたのだった。文は健の姿を認めると、涙目ながらも彼のもとに駆け寄る。
「大丈夫? たつる?」
「あれ? 文ちゃん……?」
「よかったああ! 」
文は泣きながらも健に身体をすり寄せる。健はそんな文の頭を優しくさすった。亮はその様子を見て心をほっと撫で下ろす。亮は直の姿を認めるとゆっくりと直のところへ向かった。
「なんか夢……? みてたような気がする」
「それは後だ。まずはあやつを……」
直は亮を見つけると、彼を抱き寄せて思い切り抱きしめた。
「強いぞ。やめろ男のくせに気持ち悪い」
「それでもいいから。ちょっとだけ……」
亮は見上げると、直の目からも一筋の涙が流れていた。亮は少し複雑な気持ちになりながらも、身体を直に委ねた。
「やられちゃった」
「……悪いのはこちらの方だ」
気がつけば亮もまた涙を一筋流していたようだった。そこから感じる暖かさが直の胸を伝っていく。
「助けてくれてありがとう」
直も亮の頭をポンポンと叩いて、背中をゆっくりとさする。
「あんなの倒さなきゃいけないのが、弱くて何もできない自分が怖いんだ……」
「……戦ってくれんか? 今度は一緒に……」
直は少し黙ってしまう。亮はどうしても顔を上げることができなかった。少しの間の後、亮の顔を無理やり上に向けた。
「それなら怖くないね」
直はニコッと笑いながらゆっくりと頷くと亮を肩の上に乗せて、対面にいた健のもとへ歩いていく。健も直たちの姿を見て、文とともに歩き始めた。
「直さん、亮ちゃん」
「健くん、文」
二人は同時に右手を差し出すと互いに手を握りしめ、同時に二匹もまた手を合わせようと思い切り前に伸ばしていた。二人が握った手の感覚が、いうことを再度思わせてくれていた。
「やっぱり、手ってあったかいんだな」
「優しいからですよ。きっと」
二人は少し笑みを浮かべながらも、そのまま倒すべきものに目を向ける。
「次は絶対負けません。直さんたちが一緒なので」
「一緒に倒して、笑顔で帰ろう」
決意した二人の目は、先ほどよりも少し輝いていた。