ツンデレパトラッシュ
翔平は里太郎が倒れたのを認めると、再び剣で檻に切りかかった。
「おっ、切れたぞ!」
そして抜け穴を切り抜くと、直のもとに駆け寄った。
「おーい、生きてるか?」
「……痛えよ、生地」
直は肩を思い切り叩かれ、顔を歪める。みんなが直に駆け寄る様子を見て、里太郎は思わず唇を嚙んでいた。
「我慢してばかり……、みんなずるいよ……」
力なく壁に寄りかかる里太郎。健はその姿に気づくと、彼のもとへ駆け寄った。
「里太郎くんも化狸だったんだね」
健はそう言って里太郎の手を取って、ゆっくりと起こした。
「……」
里太郎は健と目を合わせようとしなかった。胸が少し締めつけられるような感覚に耐えられなくなったのだ。里太郎はふと後方に空いた穴を見る。そこには先ほどの爆発の副産物でできたであろう大量のスライムが蠢いていた。それはゆっくりと上昇してきていた。
『僕は許されないことをしたんだ。だから……』
里太郎は微笑みながら思い切り健を突き飛ばした。
「うわっ!」
健は思い切り尻もちをついてしまった。その反動により里太郎は、後方の穴にゆっくりと落ちていった。一筋の涙を流しながら――。
「里太郎くん!」
健は思わず手を伸ばすも、彼の手を掴むことができなかった。
『これで良かったんだ。僕が消えてしまえば、すべて丸く収まるんだ』
里太郎は、目を瞑って落下していく。彼はスライムに受け止められると、ゆっくりと包み込まれていく。
『さよなら、みんな。ごめんね』
ひんやりした感触がだんだんと彼の心と身体を蝕み、完全に彼の身体を覆った。呼吸もできないまま、今までの出来事が走馬灯のごとく思い返されていく。最初は息苦しくなっていた彼は、次第に呼吸をやめて意識を手放そうとした。
――たろべえ!
『えっ?』
その瞬間、スライムが一気に切り裂かれて蒸発した。そして里太郎は思い切り息を吸いこむと、新鮮な酸素が身体に染み入る感覚を覚えた。ぼんやりとしていた視界が明瞭になる。刀を持った猫耳少年とお札を持った狐耳少女が飛行船に乗って、里太郎を目掛けて下降していくのが見えた。
「たろべえ!」
「うわああああ……! ごうちゃん!」
里太郎は、何かから解放されたかのごとく、幼子のように豪太の胸に飛び込んで泣き出した。周りの視線に気まずくなりながらも、豪太は優しく里太郎の頭を撫でてやった。
「甘えちゃって……」
「ちなみに、そういうご関係で?」
「違うわい! 昔からこいつは泣き虫なんだよ……」
豪太は少し苦い顔をしながらも、里太郎の背中を優しく擦る。気づけば豪太もまた一筋の涙を流していたのだった。
「ツンデレパトラッシュ」
「は?」
「尻尾は正直だなあって」
翔平の言葉に豪太の尻尾を確認する全員。大きく振った尻尾を止めることができず、豪太は赤面のまま吠えた。
「うるせえ。そんなこと言うんだったら、科学部で鼈甲飴とかカルメ焼きとか作ってやんないからな!」
*
「どうかしら?」
「美味しいよ、心寧ちゃん」
「今度はマシュマロ焼こうぜ」
直たちは科学実験室に集い、科学実験の練習がてらカルメ焼きやアイスキャンディーを作っては食べるのを繰り返す。里太郎はこっそり教室に入ると隅から、楽しそうな彼らの様子を眺めていた。
「変な奴らだろ? お前と一緒に部活やってた方がまだマシだったかもしれん」
「でもいない方が楽しそうだったよね、ごうちゃん。……いや、『パトラッシュ』の方が可愛いし呼びやすいな」
「どういう意味だよ。 狸みたいな見た目しやがって」
「痛っ!」
しかめっ面の豪太にお腹を思い切りはたかれる里太郎。里太郎はお腹を優しく擦りながら、再び彼らの様子を眺める。しばらくの沈黙の後、豪太が口を開いた。
「今更許されることじゃないけどさ……、あのときはごめん」
「いいよ。僕もごめん」
豪太はゆっくりと首を縦に振ったのだった。その時、心寧がトレイを持って彼らのもとにやってきた。
「駒井さん、結城さん。これよかったら」
「おっ、すごくうまくできてるじゃん」
豪太は彼女の手元からカルメ焼きと焼きマシュマロを一つずつ取る。里太郎は少し心臓をバクバクさせながらも心寧の表情を窺っていた。
「みんなで食べましょ?」
「いいの?」
「ええ、もちろん」
「……いただきます」
里太郎は差し出された焼きマシュマロを少しかじった。少しだけ甘さが染みわたる感じが彼の心を少し暖かくしていた。
「美味しいね」
固まっていた里太郎の表情が少しずつ柔らかくなっていった瞬間だった。心寧はある物を取り出して、彼の前に出した。
「結城さん、そういえばこの本って見覚えないかしら?」
「なんでそれを持って……?!」
驚く里太郎の隣で、豪太は思い出したかのように話し出す。
「たろべえが昔書いた小説が一位になったってやつじゃん。どうして伏見さんが?」
「私も応募してたの。次点でしたけどね」
「すげえ再会だな、こりゃ」
*
「どこへ行くんだ無礼者め」
緑狸の亮が黒狸に声をかける。
「うるせえ、こちとらもう居場所がねえんじゃ。儂に構うな」
「はあ、お前さんは昔から変わらんのう」
亮はため息交じりになりながらも、黒狸の腕を捕らえた。しかし彼は振り払い、踵を返そうとする。
「役目は終えた。儂はもう消える運命だ」
「お前さんがいなくなれば、誰が里太郎を守る?」
黒狸はその言葉にピタッと足を止める。
「捕まえた」
気づけば黒狸は、教室から出てきた里太郎に抱えられていた。黒狸はジタバタもがくも、里太郎はお構いなしにその力を強くした。
「ありがとう」
「……別にお前のためでない。むしろ――」
「もう何も言わないでいいよ」
黒狸は逃げ出そうとしていた動きを止めた。里太郎は優しく彼の頭を撫でていく。
「そういえば、名前は?」
「……そんなもん、とうの昔に捨てたわい」
黒狸はぶっきらぼうに言いながら外の景色を見つめていた。
「景色を眺める狸……、臨む……。臨でどうかな?」
「……好きにしろ」
「それじゃ、いこうか」
そして臨と呼ばれた黒狸は、里太郎とともに科学実験室に戻っていった。
「……ところで、そこで何をしているんだ。直」
すると物陰から直がゆっくりと出てきた。
「いや、一人になりたかったから」
「……そうか」
直は亮の近くまで来ると、窓の景色を眺めていた。亮は直の肩に飛び乗って、同じようにその景色を見つめている。
「俺には何にもないから、ちょっと辛い」
「……ならば、先に帰るかの」
直は、亮の言葉に頷くと荷物を取りに教室に入っていった。誰の耳にも届くことのない、小さな呟きを携えながら。
「俺って、いる意味あんのかな」




