ごうちゃん・たろべえ
「里太郎には指一本触れさせない」
立ち塞がる豪太に直は思わず目を丸くする。直は豪太を押し退けようとするが、彼の図体の重さが言うことを聞いてくれない。
「ごめん……。これも必要なことだから」
里太郎は少し寂しそうに話す。
「里太郎、お前はそんなこと――」
「する子なんだよ。本当は」
その言葉を聞いて呆然とたたずむ直。足が石になったかのように彼はその場から動くことはできなかった。その様子を見て里太郎は思わず俯く。
「お前の相手は僕だぞ、山井」
豪太は薬品の入った二つの試験管を取り出すと、一方に薬品のようなもの混ぜ入れた。そこから段々と紫色の煙がモクモクと立ち込めていく。豪太はそれを手で形を整えると、犬のような生き物に仕上げていった。
「グルルルルルゥ――」
豪太は指を振ると、呻き声をあげた煙の犬は直にすぐさま飛びつく。直は緑狸の亮を盾にして動きを止めようと試みる。しかしそれも虚しく、そいつは亮を擦り抜けてそのまま直に襲い掛かる。
「嘘だろ、なんで……?!」
目を疑う結果に、かえって直の身体が硬直してしまう。そしてそいつは、直に突進したかと思うと、すぐさま霧散する。そのときに発生した甘い匂いとともに、直は思わずそいつを吸い込んでしまった。
「あれ、眠い……」
『しっかりしろ、あた……る……』
直は襲い掛かる眠気に負けてしまい、子狸とともにその場に倒れこんでしまった。
*
直は目を覚ますと、大きくなった亮の背中に乗ったまま空に浮かんでいた。
「あれ……、俺って死んだのか?」
「ここは彼らの回想の世界だ。心配するな。ほれ、見てみろ」
緑狸が指し示す方を見ると、そこにはランドセルを背負った見覚えのある二人がいた。
「駒井と里太郎だ」
豪太と里太郎が一緒に仲良く並んで歩いている。直たちはゆっくりと地上に降り立つと、彼らの後ろをつけた。
『きょうもたのしかった!』
『ずっといっしょ。ごうちゃんとけっこんする!』
幼き里太郎の爆弾発言に、直と亮は思わず顔を赤らめる。その一方で、幼き豪太は吹き出しながらも、ちょっと強めな口調で彼を嗜める。
『おとことおとこは、けっこんできないんだぞ』
『あっ、そうか!』
二人は大きな声でアハハと笑いながら、
『でも、ずっといっしょだぞ! たろべえとぼくは、しんゆうだ!』
『そうだね!』
そう言い合って仲良く手をつなぎながら通学路を後にする二人。直たちは立ち止まって、背後から彼らを見送っていた。
「こんなに仲が良かったんだな。あんなになるとは悲しきことだ……」
「どしたの? 健みたいな反応して」
亮は目を拭う。直は不思議そうに彼を見つめていた。
「昔、儂にも仲の良い化狸がいたんだが……、いわゆる仲違いをしてしまってな」
「闇落ちってこと?」
亮はゆっくりと頷く。
「悪さをするようになって、いつしか姿を消した。後悔先に立たずというが――」
「何だろ、このボタン」
「話を聞—―」
物思いに耽る狸をよそに、直は次曲ボタンのようなマークがついたボタンをポチっと押した。
すると瞬時に背景が切り替わるかの如く、とある学校の校舎裏にワープしたようだった。辺りを見渡す直たちだったが、生徒たちの声が聞こえてきたため、思わず物陰に隠れる。
「……直、儂らは妖力で周りからは見えんぞ」
直は思わず顔から火を出してしまう。そんな彼の様子がおかしかったのか、亮は大笑いした。咄嗟に狸の口を両手でふさぐ直。
「こんなコスプレみたいな恰好してるの見られてるって思ったら、恥ずかしいじゃん……。変質者みたいじゃん……」
言い争っているうちに、いつの間にか豪太と里太郎が校舎裏に現れていた。直たちは息を潜めながら、彼らの動向を見守る。
『何の用?』
先ほどとは違ってこの場にいたのは、不機嫌な里太郎。そして怒りを露わにした豪太の姿であった。
『俺にひっつくの、いい加減にやめてくれないか』
『僕のこと、いつもからかってくるからじゃん』
いがみあう二人の間に、黒い靄がだんだんと立ち込めていく。直はその様子になぜか身震いするばかりだった。
『お前のせいでいろいろ噂されるの嫌だし』
『君の後始末してるの誰だと思ってんの?』
『頼んでないし』
二人が言い争うほど、靄はだんだん黒く濃くなっていく。しかし二人には見えていないようだった。その声はだんだんと荒げるようになり、いつの間にか人だかりができ、生徒たちの注目を浴びていた。気づかぬうちに豪太の身体の中に黒い靄が入っていった。そして次の瞬間だった。
『正直言って、しつこい。気持ち悪い。二度と話しかけないでくれ』
そう言い放つと、豪太は校舎裏から去った。この諍いが終わりを告げた途端、生徒たちも次々にその場から離れていく。里太郎は呆然と立ち尽くす。そして一筋の涙を流していた。
『……酷いや。都合のいい時だけ押しつけるくせに今更なんだよ……。ずっと信じてたのに……』
里太郎はその場で力なく蹲ってしまう。涙は止まらない。嗚咽がひたすら虚しく響く。直たちは、ただそれを見ているだけしかできなかったのだった。
「……」
滴り落ちた涙が靄と混じり合うと、それは徐々に形を成していく。そして獣の姿に変えると、里太郎に近づいた。
『キュー……』
『たっ、狸……?』
驚く里太郎をよそに、そいつは彼に近づいて頬に流れた涙をペロッと舐める。
『慰めてくれるんだね……』
そして里太郎は、黒い狸をゆっくりと抱きかかえた。
「あいつは……!」
「スケ?」
思わず亮は飛び出そうとしたが、バランスを崩した直の手がまたもや例のボタンに触れてしまった。
いつの間にか、二人は中央高校の生徒会室に移っていた。
「生徒会室?! 日付は……一週間前か」
豪太が生徒会室に入ってくる。そして部活の申請書類を、無言かつ乱暴に里太郎に手渡す。里太郎は何食わぬ顔でそれを受け取ると、黙々とそれに目を通した。そして豪太に呼びかける。
『必要以上にしゃべりかけるな。結城生徒会長』
豪太の淡々とした言葉に呆然としたも束の間、横から黒い狸が里太郎の目の前に現れる。そしてそいつを抱きかかえると、胸に手を当てながら唱えた。
『変身……』
瞬時に里太郎の身体を黒い光が包み込む。そしてかの狸耳をと和装を施した姿に変わると、すぐさま指を一回鳴らす。生徒会室から出られなくなって焦っている豪太にゆっくりと近づいた。
『うわあああああああ!』
年甲斐もなく悲鳴をあげる豪太。直は少し笑いそうになる。
「直、ちょっと見てみろ」
亮に促されながら直は豪太の様子を窺う。里太郎から発せられた黒い靄が、豪太を取り巻いていくが、ある点に気づく。
「?! 駒井が勝手に……変身した?!」
豪太が叫びながら、犬耳の和装姿に姿を変えていった。そして腰を抜かした彼は、里太郎の変貌を信じられずにそのまま意識を手放してしまった。
里太郎は術を使って手紙のようなを取り出すと、変身して倒れこんだ豪太の胸に当てていく。それは豪太の身体にずぶずぶと飲み込まれていくようだった。完全に手紙を飲み込んだ途端、二人は元の高校生の姿に戻った。里太郎はゆさゆさと豪太を起こした。
『あれ……? たろべえ?』
『こんなところで寝ちゃだめだよ? ごうちゃん』
里太郎はそう言って豪太の手を取って起き上がらせると、にっこりと書類を手渡した。
『科学部さんも頑張ってくださいね』
『はーい、わかりました』
豪太はそう言って出て行った。
『楽しみだな。ごうちゃんとの楽しい学校生活が戻ってくるなんて』
里太郎の言葉に直は違和感を抱くも、またもや眠気が彼らを襲うのだった。
「ふぁあ……」
「直……」
*
「お目覚めかな? 山井直くん」
声がする方を振り向くと、豪太と里太郎が仁王立ちで立ち塞がっていた。
「さっさと降参するんだな」
「……かわいそうな二人だな」
直は思わずフッと失笑すると、ゆっくりと二人を見つめた。
「二人を倒さなきゃって思うのに。友達なんていらないってのは同感なのに。よくわかんない。なんか羨ましい」
「これでトドメだな」
豪太は直に突進して羽交い絞めにすると、懐から四角い爆破物のようなものを取り出した。
「俺を巻き込んで心中するつもりか? ふざけた真似はやめろよ」
豪太は一瞬表情をゆがめたような気がしたが、落ち着いた素振りで言い放った。
「それがあいつの望みなら構わないさ」
微かに震える手で点火する。
「3、2、1……」
――ボカーン!!
爆発音とともに、直と豪太の身体は打ち上がっていく。
『あっ、これ、死ぬわ……』
そう思いながら、直は床に打ち付けられるのを待つばかりだった。
「—―!」
その声とともに赤い光と黄色い光が、落ちゆく直と豪太のもとにそれぞれ飛び込んできた。




