お前なんか嫌いだ
「お邪魔します」
「どうぞー。気にしないで」
「そもそもお前の家じゃないだろ、居候」
そう言いながら直は心寧を家に招き入れた。結局、学校では時間の都合がつかなかったので、放課後、家に招くことになったのだった。健は台所から麦茶を取り出してコップに注ぐ。キンキンに冷えた氷がパキパキと鳴ると、彼は少し顔をしかめる。
「生地と三沢さんも後から来るから」
「ええ……、めんどくさいよ」
健はぶつくさ言いながら五人分の麦茶を準備すると、それらをリビングのテーブルの上に置いた。健は自分の麦茶を一口飲もうとするも、ほかの二人は一向に手を付けようとしなかった。
「……喉乾いたから飲もうよ」
「その前に話がある」
麦茶を飲み干す健をよそに、直は心寧に尋ねる。
「後ろに隠しているのは何だ?」
「……あら、全部わかってるんでしょ?」
「そうじゃなきゃ、先に呼んでいないけどな」
二人のやり取りに健は不思議そうに首を傾げる。心寧の後ろから子狐が出てきた。少し凛とした佇まいをしている狐は、まるで主と同じように優雅な装いを纏っていた。
「もしかしてこの子が……」
「ええ、私の妖獣よ」
「妖獣……?」
健は少し気難しそうな顔をする。
「二人にもいるんでしょ?」
「今、部屋から連れて来る」
直と健はそれぞれ亮と文を連れてきた。
「なんじゃらほい」
「まだ眠いのに……。ってあれ?」
文句が噴き出すばかりの二匹も、その狐に思わず見惚れていた。
「……」
澄ましたようにその狐は彼らを眼中に入れず、心寧の膝の上に寝転がった。
「芯ちゃん」
心寧はそう言って、芯と呼ばれる狐の頭を軽く撫でてやった。そして彼女は光を一瞬纏ったかと思うと、九尾と狐耳つきの巫女装束の姿に変身していた。
「ふう……」
心寧は思わず息をつく。直と健は、狸を抱えたままその様子をまじまじと見ていた。
「私だけこの姿なの、恥ずかしいのだけど……」
「俺たちもしないとフェアじゃないってか」
「とりあえず……、変身!」
直と健もそれぞれ狸たちを抱えながら肉球を胸に当てさせると、それぞれ光を一瞬纏う。二人も狸耳と尻尾つきの和装と学生帽を施した姿に変身していた。相も変わらず、健は自らの変化した姿に少し興奮が収まらないようだった。
「やっぱ、変わるときになんか掛け声とか、名乗り口上とかほしいよね」
「嫌だよ。中二病かよ」
直が溜息交じりに健に言う。しかし健は気にするどころか堂々とポーズを取ってみたり、いろんな台詞を試したりしていた。そして心寧の姿を認めると、改めてその変化した姿を眺めていた。
「でも九尾の狐かあ……。こんな美少女がさらに……かわいいよなあ」
蕩ける表情を見せる健。心寧は思わず顔を赤らめてしまった。そして彼のもとに駆け寄ると、額にお札を一枚張りつけた。瞬時に彼の足元には魔方陣が浮かび上がった。
「……えっ! なんで!」
健は思わず頭についた札を取り外そうとする。しかし、それが光った途端に彼の身体は吹き飛ばされる。そして罪人のごとく、壁に打ちつけられた後に身動きが取れなくなってしまった。
「直も?! 何で助けてくれないの?!」
「ちゃんと部屋を片づけろ。食事の後は食器をちゃんと洗え。それから――」
「わかったわかった、わかりました! すみませんでしたー!」
健は半泣きになりながらも許しを乞う。しかし心寧はお札に呪文のようなものを唱え、大きな火の玉を作り出す。そして容赦なく勢いつけて投げつけた。
「しっ、死ぬー‼︎」
健は必死にもがこうとするも、直の力によって微動だにしなかった。健の脳内には「人生終了」の四文字が浮かび……、力なくがっくりと崩れていく。
――パシャ。
「パシャ?」
健はおそるおそる目を開けて、彼らの方を見る。すると直の手元にはスマートフォンがあったのだった。
「ほえ?」
*
「ひどいよ、騙し討ちなんて」
「まあまあ」
健は不機嫌になりながらも、二人に抗議する。そして思い出したかのように、直は話題を変える。
「そういや、駒井と里太郎の話だけど」
「そうそう、その話をするんじゃなかったの?」
そして直は、ある日の出来事を二人に話し始めた。
「俺もただ通りすがりで一部始終を見ていただけなんだが……」
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一年生の春頃に遡る。次の授業のために、一人で教室を移動していたときのことだ。直は階段を降りて、実習室に向かっていた。豪太と里太郎が校内のフリースペースで言い争いをしていたのを見かけてしまった。
『うわっ、気まずいな……。駒井と結城だっけ……。何やってんだあいつら……』
遠回りすることもできたが、直は思わず物陰に隠れて様子を伺っていた。豪太が激昂しており、里太郎がオロオロと慌てふためくばかりだった。
「こうなったのも、誰のせいだと思ってんだよ……」
「ごうちゃん……?」
そして豪太はわざとらしく大きな溜息を聞かせた後、刃物のごとく言葉で里太郎を突き刺した。
「はっきり言うけど、お前なんかずっと嫌いだった。ベタベタしやがって。いい加減近づいてくんなよ」
「……!」
思わず里太郎の顔が歪んだ。そして流れる一筋の涙。豪太は表情を変えぬまま彼の顔を見ないようにしてその場を後にする。
「……何だよそれ。都合のいい時だけ使って、後はポイかよ」
「存在が鬱陶しいんだよ」
「人を何だと思ってるんだよ! 僕は、僕は……!」
里太郎の叫びも虚しく、豪太はそのまま姿を眩ませてしまった。里太郎はその場でうずくまり泣き出した。
*
「えっぐいなあ……」
健は思わず目に涙を浮かべていた。
「なんでお前が泣くんだよ」
「悲しくなっちゃった。喧嘩してここまで拗れて仲直りできないなんて。二人ともいい子なのにさ」
そして健はティッシュで涙を拭き取る。心寧は少し冷ややかな目で彼を見ていた。
「でも、その後って……」
「かなり校内でも珍事件として広まってしまったさ。二人ともそれから口も利かなくなった」
直は神妙な顔をしながらも、心寧の問いに答えた。
「だから、あんな騒ぎを引き起こした二人が急に仲良くなったってのは、俺としても相当引っかかる」
心寧もその言葉にコクンと頷いていた。直はさらに話を続ける。
「俺が個人的にもう一つ気になってるのは、今の学校の雰囲気だ」
「というと……?」
「生徒会に反発する意見がまったくと言っていいほどない。特に、里太郎に賛同する声ばかりだ」
健の頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。そして、うーんと言って首を傾げたまま後ろに倒れこんでしまう。
「みんな仲がいいのではないの?」
「生徒会とか委員会とかって成績狙いでやることが多いんだよ。ほとんどの生徒は、内心あまりよく思っていない。」
健と心寧は少し驚いた表情を見せていたが、直は構わず話を続ける。
「でも、最近は生徒会への支持が凄まじく高くなってるというか。生徒会の言うことは絶対という雰囲気というか……」
「まるで教祖と信者みたいね」
心寧の言葉に直は首を縦に一回振った。健は、直の言葉を反芻しながら、思考を巡らせていた。
「まさか、あの妙な感覚は……」
「健くん、もしかして……」
そして心寧は健に耳打ちする。健はゆっくりと頷いたのだった。
――ピンポーン。
「あっ、来たかな」
健は階段を駆け下りていくと、玄関先で来客を迎えたのであった。




