学校がなくなる⁈
あくる日、直は新聞であるニュースを目の当たりにした。中央高校が隣の港山高校と統廃合することが濃厚であるという記事だった。思わず硬直してそれを眺める直。何も知らない健は、彼の様子を見て少し笑ってしまった。
「何見てるの?」
健もそのページを覗き込み、例の記事をじっと読む。
「……そんなこともあるんだね」
健は溜息交じりに呟きながら、直から新聞を取り上げると、直の父に手渡したのだった。時刻は午前八時を迎え、直と健は家を出る。曇り空の中、二人はゆっくりと高校へ向かった。
直が健とともに教室に入ると、やはり中は騒然としていた。もちろん学校の統廃合のことである。二人は自分の席に荷物を置くと、翔平が話しかけてきた。
「お前らも聞いたか?! 統廃合の話」
「どうせまだ未定なんだろ? どうせ俺らはオンボロ校舎で卒業だ。期待するだけ無駄さ」
気だるげな直の言葉とともに、始業のチャイムが鳴り始めた。
「そうでもないみたいだぜ。まあ、続きは後ほどな。見せたいものがあるから」
翔平はにやけながらこう言うと、自分の席に戻っていった。
そして昼休みになり、翔平は直と健を連れて食堂へと向かう。翔平が注文したメニューを取りに行く間、二人は弁当を広げて彼が戻ってくるのを待っていた。ふと窓を覗くと、少し強めの雨がグラウンドに降り注いでいた。直はため息交じりでそしてあるものを二人に見せた。
「『縦砂みなおう高校 入学案内』?」
「新しい高校のパンフレット」
健はそれを手に取ると、パラパラと中身を眺める。表情豊かに読み進めていく彼の様子に翔平は思わず笑いだしそうになる。直はすかさず翔平に尋ねた。
「何で持ってるんだよ」
「弟と妹が入学希望なんだよ。それでこっそり持ってきた」
健はほおっと思わず声をあげながら、依然として読み進めている。
「ちょっと遠くなるけど、電車通学できるじゃん!」
健は興奮冷めやらぬまま楽しそうにしていた。しかし直は浮かない顔をしながらため息を吐いていた。
「なんか複雑だな。港山と一緒になるなんてさ」
「まあ……、だろうな。あんさんは」
また少し雨風が強くなったような気がした。
*
帰りのホームルームが終わり、教室の掃除を終えると、前後の席で数学の課題をこなしていた。なんとかして課題を終わらせた後、そのまま例の件について話し込んでいた。
「そういや統廃合についてなんか知ってるかな。里太郎くん」
「さあ? さすがに生徒会でも権限はないんじゃないのか」
「じゃあ、聞いてみようか。学食は美味しいのか気になるし」
「人の話聞けよ」
健は直の言葉を聞かぬまま、勢いに任せて教室を飛び出していった。
「おい! 荷物置いていくな! 廊下は走るな!」
直も慌てて二人分のカバンを両肩にそれぞれかけながら、彼を後を追う。しかし廊下を走るわけにはいかず、早歩きでなんとか距離を詰めていった。
「遅いぞ、直」
「もっと走れよ、直」
二匹の狸がそれぞれのカバンからひょっこりと顔を出してからかい始めた。
「やーいやーい」
「このノロマめ、もう少し速度を上げんか」
直は鬼の形相で二匹を睨みつける。思わず二匹はカバンの中に引っ込んでしまうと、直は思い切りチャックを閉めて、思い切り揺らしながら、競歩のごとく速度を速めて歩いた。
「わー! やめて! 許して!」
「おいこら、もう少し労って……うぅ……」
化狸たちの悲鳴を無視しつつも、なんとか生徒会室のある二階まで降り立った直だったが、その柱の陰には健がいるのに気づかなかった。直は避けきれず、健とぶつかってしまった。
「うげっ」
「うわーっ!」
健が衝突の勢いに負けて、顔面から倒れこもうとした。直は彼を助けようとするも間に合いそうにない。大惨事の三文字が二人の頭をよぎった。直は思わず顔を覆い、健は鈍い痛みを覚悟しながら強く目を瞑った。
「あれ……?」
健の不思議そうな声を聞いて、直はおそるおそる覗き込む。なんと健が倒れこむ直前の状態のまま、少し浮かんでいたのだった。直はなんとか健の身体を抱えると、直立の姿勢に戻した。
「びっくりした……。直、狸の術使った? スケちゃんの」
「いや……?」
直はカバンをゆっくり開けると、緑の化狸・亮がハンドパワーのごとく手を前方にかざしていた。
「やっぱり、スケちゃんか。ありがとう」
しかし、亮は不思議そうに健に答えた。
「いや動きは止められても、浮かばせることはできんのだが……」
「「?!」」
二人の頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。健は思い出したかのように物陰から廊下を覗き込んだ。
「直、見て!」
直は健に呼ばれると一緒になって覗き込む。生徒会室から生徒会長の里太郎と他校の女子生徒が出てきたのだ。
「あの女子は誰だろう。まさか?!」
「……港山高校の生徒会長だったはず。どっかのご令嬢って噂だけど」
「そんなドラマみたいな話あるんだねえ……」
直は少し呆れた表情をする。しかし興奮冷めやらぬ健はそのまま駆け出して、突撃取材する記者のごとく里太郎に向かって行った。
「里太郎くん!」
健の声に里太郎はビクッとなるも、二人の姿を見て少し安堵した表情を見せた。
「ああ、お疲れ様。ふたりとも」
「目にクマできてんぞ……。また無茶してんだろ。睡眠時間削って勉強したり、変な小説書いたりしてんだろ」
「別にそんなことないさ。生徒会が忙しくて文芸部も休部状態だし、勉強も難なく追いついてるからね」
あくびをしながらも答える里太郎に、健はあることを尋ねた。
「里太郎くん、この学校ってなくなっちゃうの?」
里太郎は少し顔を強張らせたように見えた。しかし落ち着いて彼は答えたのだ。
「こればかりは大人がどう考えてるか……。港山の生徒会長からお菓子貰ったし、寄ってくかい?」
健は目を輝かせながら生徒会室に乗り込もうとするも、既のところで直に手を掴まれた。健が振り向くと、直が冷たい視線を突きつけていた。
「邪魔になるから帰るぞ。今日は父さんの手伝いがあるんだから」
健はふくれっ面を見せて抗議する。しかしそれも虚しく直からゲンコツ一発を喰らうと、引きずられるように生徒会室から離れた。里太郎はそんな二人を見送って生徒会室に戻ると会長の席についた。
――コンコンコン。
「どうぞ」
「……失礼します」
険しい表情で生徒会室に入ってきたのは、科学部部長の豪太だった。里太郎も彼の姿を見た途端、目を少し逸らした。二人が対峙した途端、生徒会室は一瞬で息の詰まる空間と化す。
「……何しに来たんだよ」
「部長会からの抗議文書だ。統廃合しても部活は港山と一緒にしたくないからな」
豪太はその抗議文書を里太郎の前に叩きつける。無言で睨み合う二人。里太郎は渋々とその文書に目を通す。その間に密かに室内が薄く黒く染まっていくことに豪太は気づかなかった。
「それじゃ、そういうことだから」
豪太はそう言って、生徒会室から出ていこうとする。
「こま……」
里太郎は言葉を一瞬詰まらせる。そして、何かを振り絞るかのように、豪太に語り掛けた。
「ごうちゃん、これは本当に望んでいることなのかい?」
「た……」
豪太はハッとすると、少しためらいながらも低い声で言い放った。
「必要以上にしゃべりかけるな。結城生徒会長」
豪太が生徒会室から出て行こうとしたそのときだった。ガチャガチャとドアノブを回すも、一向に空く気配がない。
「おかしいな……。ドアが開かない……」
豪太は背筋がだんだんと凍っていく感じがした。恐怖を覚えながらドアノブを何遍も回したり、押したり引いたりするがうんともすんとも行かない。そして自分の中から何かが飛び出しそうな妙な感覚を覚える。そして後方に振り向き、その視線の先にあるものを見た途端、豪太の身体は動かなくなってしまった。
「お前、なんで……」
その刹那、豪太はがっちりとした骨太の身体に似合わず、幼子のように豪太は悲鳴をあげることしかできなかった。彼が今この場から逃げることは一切許されず、大きな影に覆われてしまうばかりであった。
そして影に飲まれた彼に向けて、言葉が手向けられる。
「それじゃ、よろしくね……。ごうちゃん」




