それは突然やってくる
直は空き教室から出てくる。そして敵がゆっくり向かってくるのを感じていた。足が震えながらも直は気を取り直して、今は敵を迎え撃たんとしていた。
「直、大丈夫か?」
亮が脳内で話しかけてくる。
「正直言って、怖い……」
「いざとなったら、儂を信じろ」
直はゆっくりと頷いてその時を待った。段々と音を立てて、声を上げてそいつは近づいてくる。直は槍を一本作り出すと、それを掲げながら相手を待ち構えた。今回の怪異であろう、ブラックホールのような単眼の生命体が直を見つけると、鋭い触手で勢いよく襲い掛かろうとする。
「えいやっ!」
直は掌を突き出し、妖力でそいつの動きを止めた。
「三、二、一……」
そして直は突如その術を解除する。怪異はバランスを崩すところを狙って、槍を投げつけた。
「よし、このまま……」
しかしそれはほかの触手によって弾かれてしまう。直は負けじと二、三度槍を投げ入れるも、結果は繰り返されてしまう。戦況は芳しくなく、怪異は触手で教室の壁や廊下を破壊しながら、直のもとに近づいてくる。
「直、一度撤退だ」
「……だめだよ。関係ない人を巻き込んじゃう」
一般人のなごみを守りながら戦う。そう決めたはずなのに、直にはなす術が思いつかない。襲い掛かる触手たちからなんとか避けきることしかできなかった。なんとか武器を生成して投げつけたり刺しこんでみたりしてみるも、奴へのダメージは少なく、まるで手ごたえがない。
一方、なごみは教室の中でひっそりと小さくなって隠れていた。
「怖いよ……。何なのアレは……」
非現実的な事件に巻き込まれたこともそうだが、友人が容赦なく傷つけられている事実が、彼女を恐怖に陥れる。そして時折聞こえてくる激しい物音。その中に混じった直の悲鳴が、さらに彼女の恐怖心を掻き立てていた。
「ぐはっ……」
「山井くん?!」
思わずなごみが教室の窓からこっそりと覗き込む。直がひたすら攻撃を喰らい倒れこんでいた。直は傷つきながらも何度も立ち向かっていく。なごみは意を決して、教室内の反対側の窓を開けると、通りすがりの人やグラウンドにいる運動部たちに向けて必死に大声を上げた。
「誰かー!! 誰かー!!」
しかし、誰もがなごみの姿に声に気づく様子はなかった。
「そんな、なんで?!」
その声に反応したのはなんと怪異であった。そいつは空き教室の方に目を向けると、集中的に壁を破壊していく。なごみは壁から離れたところにいるが、壁が破壊され続ける恐怖のあまり身動きが取れなくなってしまう。
「まずい!」
直は全身に力を込めて怪異の動きを止める。怪異は身動きが取れなくなりジタバタし始める。なんとかしてその力を振り切ろうとするため、直の体力も大幅に消耗してしまう。
「もうダメかもしれない……」
直の力が尽きかけたとき、突然怪異が悲鳴を上げて直の方に倒れこむ。直はわけもわからずその場で立ち尽くす。ふと見上げるとそこには、少女の姿があった。
「九尾の……狐?!」
そこには、九尾と狐耳を備えた長い黒髪の少女が怪異を蹴り上げる形で吹き飛ばしていた。
「私の友人を傷つけるなんて許しませんわ」
怪異は負けじと狐の少女に攻撃を仕掛ける。しかし容易く躱されたかと思うと、次は踵落としを顔面に喰らわせた。そしてその反動で直の近くまで引き下がる。しかし反撃の隙を与えぬまま、もう一発飛び蹴りを喰らわせていた。
「つっ、強え……」
そしてすぐにお札のようなものをつける。怪異はすぐさま爆発した。それも断末魔の叫びをあげながら。直は呆気にとられるしかなかった。
「なごみさん!」
その少女は空き教室に入ると、避難していたなごみに駆け寄る。しかし彼女はぐったりと倒れてしまっていた。
「なごみさん、なごみさん!」
「大丈夫……、爆発で驚いただけだから……」
直はすかさずその少女に言った。彼女は驚いたような顔をして振り向くと、さっきの札を持って威嚇する。
「あなた……。なんで私が見えるんです? まさか」
「おーい」
「大丈夫か、山井!」
空き教室に健と翔平、そして豪太の姿が見えた。
「大丈夫……。たぶん」
「貴方たちですのね。狼藉を働いたのは! まとめて退治してあげますわ!」
その少女は手札を増やすと、それらに力をこめて攻撃を仕掛けようとする。
「ちょっと待てよ! いきなりそれはないんじゃねえのか?」
「黙らっしゃい! これ以上御託を並べるのなら容赦しませんわよ! 辞世の句を言うなら今のうちです」
聞く耳を持たない彼女に翔平は臨戦態勢となるも、直と豪太が何とかして止めにかかる。しかし、健はじっと彼女を見つめると、思い出したかのようにあることを尋ねた。
「もしかして……、同じ転校生の伏見さん?」
「えっ……」
少女もとい心寧はこめていた力を思わず緩めてしまい、お札を落としてしまう。そしてじっと見つめると、恥ずかしそうに顔に両手を添えていた。
「同じ転校生って……、山井くん? ってことは……」
そして隣にいる三人にも目を留める。
「山井健と」
「山井直と」
「生地翔平と」
「……駒井豪太です」
心寧は衝撃の事実に思わずその場で倒れこんでしまった。しかしそれ以上に驚いたのは、なんと直だった。
「駒井?! お前が何で犬みたいな恰好してんだ?」
「僕もわけがわからないよ……。って山井も従兄弟同士でそんな趣味が……」
「ほっとけ」
ゴゴゴゴゴゴ――。
「地震?!」
地鳴りが起こったかと思うと、再び廊下から触手のようなものが壁を破壊してくる。よく見るとそれは、先ほど退治したはずの怪異であった。
「さっき退治したはずなのに! 今まで復活なんてなかったのに!」
「いや、もしかしたら……」
すると豪太は冷静に教室の陰から緑色のレーザー光を発射して、その怪異に当ててみる。
「やっぱり。さっき作ったスライムを吸収したんだ……」
「そんな……」
直、健、豪太、心寧の四人はその事実に肩をがっくりと落とす。特に心寧は自分たちの力ではどうにもならなかったことに思わず涙を浮かべる。そのとき、翔平が声を張り上げてみんなに言う。
「一回だめでも、もう一回やれば何とかなるって!」
「確証はあるの?」
「ない!」
翔平の根拠のない自信に思わずずっこける健と豪太。
「うまくいかなかったらどうするの? 私たちだって危ないのよ」
「とりあえず行くしかないだろ。みんなが行かないなら俺が行く!」
そう言って翔平は教室の外へ出ていこうとする。しかし健がその前に立ちふさがる。
「翔平くんは三沢さんのそばにいてあげて」
「いや、頼りにならんから俺が行く!」
「生地」
豪太が翔平を呼び止めた。翔平は気だるそうに、ちょっとよろめきながら振り向く。
「体力を激しく消耗してるし、ここは一旦休んで回復に努めるべきだよ。それに……」
豪太は俯いたが、意を決したように強い表情で翔平に告げる。
「科学部の部長が引き起こしたんだ。責任くらい取らせてよ」
「……わかったよ。でもダメだったら行くから」
翔平の言葉に豪太は笑顔で返した。豪太は、直と健そして心寧と一緒に、再び戦いの舞台に出ていった。




