生徒会長
「NG……」
「だろうな」
ある日の昼休み、翔平が肩を落としながら教室に戻ってきた。左手には数枚の書類があり、その表紙には『不受理』と書かれていた。直は翔平からそれらを受け取ると、思わず目が点になる。
「お前本当にこれで出したのか?」
「いいじゃん。『超常現象研究部』」
翔平は口を尖らせながら抗議する。しかし彼をスルーして直は読み進めていく。活動内容に目を通すと、『動物モチーフの衣装を身に着けて学内外の超常現象を科学的に調査・発表する』と記載されていた。
「新興宗教かよ。ミステリー研究部なのか、仮装大会部なのかよくわからんな」
「健が言ってた『動物変身部』とか『妖怪退治部』よりはマシだろ?」
「……」
直はこれ以上反論するのは諦めた。仕方なく再び書類に目を通すが、直の目にある事項が目に留まった。そしてにこやかな顔を翔平に向けると、すぐさま椅子に座らせて、彼の目の前で仁王立ちになる。
「なんで俺が部長なんだよ。言い出しっぺだろ、お前」
「いやあ。僕は追加組だし? 健との関係性を考えれば……。ねえ?」
直はついにその書類を真顔で捻りつぶした。翔平はああっ!と大声を上げるも、ゲンコツを一発喰らわして黙らせる。その後、新たに入る部活動を探していた健が、ゆっくりと教室に戻ってきた。
「なかなかいい部活が見当たらないよ……」
「帰宅部でもいいんじゃな――」
「だめだ! ちゃんと青春を味わうの! 『青春18きっぷ』ってきっぷの名前だってあるくらいだしな!」
意気揚々と部活動の魅力を語る翔平に気圧される健であったが、その一方で直は思わずため息を吐く。
「あのな……、それは青春って言葉が18歳とかを想起させるからネーミングされただけであって、年齢制限はないからな」
「えっ……、そうなの?」
目が点になる翔平に、話がついていけず呆然とする健だった。直は収拾がつかなくなったので、とりあえず健に気になる部活があったか聞いてみた。
「そういったパフォーマンスするなら、演劇部とかに入ればいいじゃないかって。隣の港山高校には舞台創造部ってのがあるって聞いたよ」
「港山って……、うちと統合するかもしれない進学校のことだよな?」
「……」
港山高校。そこは直が第一志望としていた進学校だった。残念なことに合格点まであと一点というところで合格に及ばなかった。しかし私立高校への出願をしていなかったため中学浪人の危機を迎えていたところ、二次募集で中央高校に合格したという経緯がある。苦い思い出のある名前に、直は少し胸がきつく締められたような感じがした。
「……って、これ以上は不毛な議論だ。人数だって設立時には五人以上いないとだめだし。部活はなしだ」
直は翔平から席を奪い取り、自分の席へ戻るように促した。
「せっかく健も部活ってものを楽しめると思ったのに」
その言葉に妙な引っ掛かりを覚える直。
「お前、まさか健に変なこと吹き込んだんじゃなかろうな……」
「別に?」
放課後になり、直は健と翔平とともに食堂にいた。偶然にも三人とも暇だったので、出された課題を学校で終わらせることにしたのだった。一時間程度で課題を終わらせた後、ババ抜きで勝負することにした。その結果、直は三連敗を喫してしまい、ジョーカーのカードを持ちながら、テーブルに項垂れている。そして翔平は思い出したかのように、健にあることを尋ねた。
「そういや、さっきの演劇部の話って誰から聞いたんだ? そういや、あそこって休部状態じゃなかったっけ?」
「演劇部の掲示板の前に小太りな眼鏡の小さい男の子がいて、その子がたまたま教えてくれたんだ」
「ああ、里太郎か」
「生徒会長め! せっかくの俺たちの部活を潰しやがって!」
怒りに任せてテーブルを叩く翔平。直と健は少し驚きながらも、彼を落ち着かせていた。話を聞くところによると、生徒会長が申請書類に目を通して少し黙り込んだ後、大笑いで不受理を言い渡したとのことだった。
「結城くんの判断は正しいと思います。まる。」
「山井ー! お前ってやつは!」
食堂で翔平が暴れていると、ある人物が通りすがりに彼らのもとにやってきた。
「直たち、何やってんの?」
生徒会長の結城里太郎だった。去年、直と同じクラスで顔見知りである。
「なんでもない。むしろバカの暴走を止めてくれてありがとう」
「なんだよ裏切者!」
翔平は直と言い争ってしまう。その様子に戸惑ってしまう健だったが、里太郎の姿を認めると、お礼を言った。
「さっきはありがとうございました。まさか生徒会長さんだったとは」
「いえいえ。って、直とはどういった関係で?」
里太郎は、直たちを横目に健に尋ねた。
「従兄弟同士でクラスメイトです」
「あ、じゃあ君が直の従弟の健くんだったのね。どうかお見知りおきを」
「よろしくですー」
こうして健は里太郎と握手を交わした後、去り行く彼を見送った。
ドクン――。
「えっ?」
健は里太郎とすれ違ったときに、心臓が一度だけ高鳴る感覚を覚えたのだった。思わず振り向いた健であったが、そこにはいつもどおりの風景が広がっていた。呆然としている健。いつの間にか直と翔平は小競り合いをやめて、健の様子に思わず声をかけた。
「どうした、健?」
「あっ、いや……」
健は少し考え事をした後、直にこう返した。
「何でもないよ」
「ふーん……。そうか、じゃあ今日も銭湯寄って帰ろうぜ!」
直は、健と翔平を軽く引き離した。
「お金ないから! 今日は帰るぞ!」
「えーっ、番頭さんがまたサービス券くれたのに?」
二人は無料の言葉に呆気なく釣られて、またも銭湯『獣乃湯』へと向かう。翔平がたまに三助のバイトをしていたのだが、番頭さんの孫が手伝いに来ているらしく。
「いらっしゃいませー……って、あれ?」
その受付には見覚えのあるシルエットが佇んでいた。その人物に直は声をかける。
「里太郎、何してんの? ゆるキャラのバイト?」
「いや違うって。じいちゃんの手伝い。腰痛めて一週間お休みなんだ」
里太郎はそう言うと、三人分のタオルセットを取り出して各々に渡す。三人は受け取ると脱衣所で着替えて、風呂場へと向かったのだった。
三十分後、牛乳瓶を片手に一気飲みする三人の姿があった。今回は何事もなく入浴を済ませられたので、前回よりも心地よく過ごせたようだった。
「やっぱり風呂上がりの牛乳はいいねー!」
翔平は上機嫌になりながら牛乳を飲み干すと、ごちそうさまと言いながら勢いよく外へ出ていった。
「またお願いしまーす」
直と健も、里太郎に見送られながら彼に続いていった。
健は、銭湯に着いてからもときどき起こる違和感が気になっていたが、気のせいだと思い直して、そのまま直と一緒に家路へと急いだのだった。




