いい湯だな
直は健と翔平とともに校門を出ると、学校近くの銭湯へ向かうことにした。翔平の後に続いて歩く二人だったが、あることに気づく。
「そういえば、タオルとか持ってないぞ」
「結構お金かかるんじゃないかな……。僕そんなにお金持ってきてないよ」
顔を見合わせる二人を前に、翔平は自慢気に何かをちらつかせてくる。
「お二人さん、このハガキが目に入らぬかね?」
直は彼の手からそれを奪い取ると、裏面を確認する。健も覗き込むようにして、まじまじと見つめていた。
「まさか……、お前……」
「ふふふ。そのまさかなのだよ。『お得意様優待DM』で三名まで無料なのだよ」
「やったね!」
翔平と健はハイタッチを交わす。
「崇め奉りたまえよ、健くんよ」
「ははー!」
そんな二人をよそに、直はスタスタと横切って先に行ってしまう。しかし進んだ道が間違っていたのか、大声で翔平に呼び止められた直は思わず顔を赤くして戻ってきた。
やがて三人は目的地に向かって歩き続ける。五分くらい国道沿いを歩くと、銭湯『獣乃湯』という場所に到着した。少し古そうな佇まいに二人は思わずたじろいでしまう。しかし常連である翔平は、気にすることなく入口へと入っていく。番頭さんらしき人と目が合うと、彼に話しかけていた。
「翔ちゃん。今日は友達と一緒かい?」
「おやっさん。今日は入りに来たよー。三助はお休みで」
翔平がそう言うと例のハガキを渡した。すると番頭さんは三人分のタオルと洗面用具を出してくれた。そして初めて来た直と健の二人に、備え付けのシャンプーやボディソープがあると教えてくれた。それを聞いて安堵する直と健は、タオルセットを受け取ると、翔平とともに脱衣所に入っていった。
中は少し混みあっており、二人は翔平と離れたところで身体を洗うことになった。
「こういったところ初めてなんだよな」
「そうなんだ。島にいたときは時々来てたりしてたよ。背中流したりしてたし」
直は、健の言葉に思わずぎょっとする。
「せっ、背中を流すって?」
「うん、お互いに背中を洗って流したりするんだけど……? しないの?」
「しないよ」
「しないのか……」
健の純粋な驚きに直は思わず手で顔を覆った。健は直の反応に少し俯いたものの、何かを払拭するかのようにしっかりと身体を洗った。
二人が身体を洗い終えると、洗い場内で翔平を探した。すぐに彼の姿を見つけ、翔平に声をかけた。
「先に露天風呂行ってていいよ」
彼はそう言いながら、湯船に気持ちよく浸かっていたのだった。仕方がないので、二人は二階にある露天風呂へ向かった。
「おお、誰もいないよ」
「そんなこともあるんだなあ」
直と健はそう言いながら、目の前にある露天風呂に静かに入った。
「健、ちょっとお腹出てきたよな」
「直だって。なんかスケちゃんみたいな感じする」
「はい?」
二人はそう言い合いながらも、心地よい温かさに身を包まれていく。そして湯船から湧き出るほっこりした安心感に肩の力がいい感じに抜けていくのを感じた。
「いい湯だなー」
「おじさんみたいだな」
直の失言に健は顔をしかめながら、お湯を直の顔を目掛けてぶっかける。直はやめろと抗議するも、健は構わず湯をかけ続けた。しばらく我慢していた直だったが、ついに健へ湯をかけ返す。
「いい気になりやがって」
「そっちこそ」
二人の高校生が幼稚に争っている中、突然事件は動き出した。
――パリーン!!
そのとき、何か黒い物が窓ガラスを突き破って露天風呂に突入してきた。二人は驚きのあまりその手を止める。そこには黒い獣のような姿とともにその手には見覚えのあるものがあった。六科島で戦ったあの黒い靄であった。
「なんであいつが! 封印したはずじゃ」
「ブンちゃんたちいないのに、どうしよう……」
健が慌てていると、突然頭上から見覚えのある赤と緑の毛玉の塊が落ちてくる。
「ぐはっ」
「ぶほっ」
亮と文は湯船に顔面からダイブすると、案の定溺れそうになる。二人はそれぞれ引き上げると、二匹の呼吸を整えてやった。
「変身じゃ!」
「えいやっ!」
すると二匹の化狸は、それぞれ人間の二人の胸にタッチする。そして二人は狸耳と尻尾を持った和装の魔法少年のような姿に変身する。その姿になるのは六科島以来のため、動きが少しぎこちなかった。
「あれ? ここって湯船の上だよね……」
「そんな心配してる場合じゃない……って、あれ?」
直が思わず下を見ると、自分たちが浮いていることに気がついた。健も同じように気づいて思わず興奮してしまう。
「すごいすごい! 能力者だよ僕たち!」
「今は戦いに集中しろよ!」
その隙に黒い獣は、靄を操って刃物のごとく襲い掛かってくる。二人はなんとかそいつを躱していく。そしてそれは壁にぶつかった。
ズドン――。
大きな物音とともに穴が開いた壁は少しずつ崩れていった。
「ひえっ……」
その惨状を見た健は、思わず足がすくんで動けなくなってしまった。そして狙っていたかのように、そいつは靄を紐のように形を変えて健を縛りつける。
「しまった!」
健はそのまま吊るし上げられてしまう。健は手足をバタバタさせるも、自由が利かない。そしてロープのごとく二、三度振り回されると、直に向かって勢いよく投げつけた。
「うわっ!」
「危ない!」
直は健の身体を思わずキャッチするも、勢いは留まらぬまま二人まとめて壁にぶつかってしまう。そして二人は、その反動で湯船に落ちてしまった。
「ごめん……」
「気にするな」
二人は即座に湯船から出ると、やつらと再び対峙する。どのようにして退治していくか考えを巡らせているそのときだった。
ガチャ―—。
「おーい、山井コンビはおるかいなー。なんつって」
なんと翔平がその場に入ってきてしまっていた。直はこの姿を見られるのはまずいと思いながら目くらましを施そうとするも、時すでに遅しだった。
「やっ……、やまのい……?」
二人のあの姿を見た翔平は、目が点になっていた。




