手紙
「しばらく旅に出ます。探さないでください」
一週間前、生地翔平が書き置きを残して、行方知らずになった。初めは、誘拐やら神隠しやら噂されていたが、手がかりは掴めないままだった。近所に住む友人でクラスメイトの山井直は、最後に会った人物として、事情聴取を受けていた。
「生地くんの様子がおかしいとか無かったかな。何か悩んでいるとか、いじめられているとか」
「いえ、特にはないですね……」
警官はうーんと唸り頭を抱えながらも事情聴取を終わらせたて、直に名刺を渡した。その後すぐに、直は迎えにきた両親の車に乗せられたのだった。
部屋に戻ると、直はベッドに横たわる。夏休みを迎える前日の夜、翔平が消えてから、なんとなく気力が湧かなくなってしまった。そればかりか、この騒ぎや事情聴取のせいで疲れて寝てしまうばかりだった。次第に直はウトウトとしていくが、突然スマホのバイブが鳴る。画面には非通知設定の文字があった。普段なら無視するか、速攻で電話を切るのだが、なぜか今回ばかりは出た方がいい気がした。
「……もしもし? 」
『あっ……山井か? 』
聞き覚えのある声だった。
「生地⁈ お前どこにいるんだ……」
『……六科島…』
六科島。それは遠く離れた小さな島。この東京から向かうにしても、数日はかかってしまうところだ。そこは一時期、怪奇現象で配信者に取り沙汰され
「なんでそんな遠くに」
直は語気を強める。そして翔平は弱々しい声で答えた。
『俺、なんか無理な気がしてきた』
直は思わず言葉を詰まらせた。あんな無鉄砲で少し馬鹿で能天気な翔平の口からそんな言葉が出るとは思わなかったのだ。翔平は、呆然とする彼に構わず続けて言った。
『ひっそり消える前に、遠くの場所に行って、身も心も清めておこうと思って。そしたら、六科島がヒットしたってわけ』
「こういうときだけ行動力あるよな……」
『まあ、今までありがとうな』
そう言って、翔平は電話を切ったのだった。直は少し顔を歪める。少し感傷に打ちひしがれるも階下から父親の声が聞こえてくる。
「いや、仕事だから無理だって。……なのはわかるけど!」
誰かと言い争っているらしかったが、しばらくするとその喧騒はピタッと止んだ。直はおそろおそる階下へと降りていった。
「直、話がある」
父に見つかった直は、今へと向かった。ダイニングへ向かうと両親の向かいに座らされた。
「今朝、山井家の当主である権蔵爺さんが亡くなったそうだ」
「ああ、あの優しそうなおじいちゃんが……」
権蔵爺さん。遠いところからたまに遊びにきている老人のことだ。山井家の一族の当主であるのだが、直にはとても優しくしてくれて、よくお小遣いをくれたり、遊びに連れていってくれたものだ。
「葬式と言っても、父さんも母さんも仕事で行けそうにない。直も夏休みだし、俺たちの代わりに行ってきてほしいんだ」
「うん、いいよ。どこだっけ?」
「六科島だ」
「六科……島……」
直はその島の名を父の口から聞くとは思わなかった。直の頭の中に、先ほどの生地との電話の内容がよぎる。直は少し顔を曇らせて俯くしかなかった。
「色々な噂で怖いかもしれんが、実は我が山井家の本山は六科島なんだ。でも、身内にはとても親切にしてくれるから心配するな」
「うん……わかった」
直はそう返事したものの、なかなか顔を上げなかった。
*
そして一週間後、直はスーツケースを携えていた。空港の搭乗口で両親の見送りを受けているが、直は少し浮かない顔をしていた。
「それじゃ、父さんたちの代わりによろしくな」
「身体に気をつけるのよ」
両親が少ししんみりとした表情で、直を見つめていた。
「本当に大袈裟だなあ。遊びに行くようなもんじゃないか」
そう言って直は両親と別れた。
「これ持ってて」
ゲートに入る直前に、母から呼び止められて渡されたのは、一体のお守りであった。
「母さんも父さんも見守っていますからね」
母親の顔には少し涙を浮かべているように思えた。
「うん、ありがとう」
直はそう言いながらお守りをズボンのポケットにしまって、ゲートを抜けたのであった。