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93【三つ目の巨大ゴブリン】

フラン・モンターニュ東側側面の洞窟。最奥のコア水晶前。


 三つ目の巨大ゴブリンがコア水晶内からノソリノソリと出てきた。これ程の化け物が出てくるのを初めて見たスーツ姿のゴブリンまでもがド肝を抜かれていた。


「ナ、ナンジャ、コイツハ……」


 肌の色は深緑。頭髪はボロボロ。耳が尖っている。鼻が尖っている。牙が生えている。頭が大きいが、体は子供のように小さい。手足は細く、爪が長い。猫背で、腹だけに脂肪が溜まっている。まるで三途の川を徘徊している妖怪の餓鬼のようだった。


 しかし、額には第三の瞳が輝いている。何より、体のサイズが普通のゴブリンよりも大きい。


 普通のゴブリンは、身長が150センチ程度しかない。だが、コア水晶内から出てきた三つ目の巨大ゴブリンは、3メートルと巨躯だった。明らかにサイズを間違えて生まれてきている。


 さらにはパワーも高い。戦闘メイドのシアンを一撃のボディーブローで打ち倒している。不意打ちとはいえ、それは立派な金星だった。


「くぅ……っ、そぉ……」


 レイピアを杖代わりに立ち上がるシアンは、ダメージが足に来ていた。ガクガクと震えている。洞窟内の岩場を転がったせいか、額をわずかに切っていた。血が流れている。


「シアン、大丈夫か!?」


 ティグレスが走ってシアンに近寄り、肩を貸す。


「大丈夫か、シアン!?」


「ええ、大丈夫……」


「嘘つけ、足が震えているぞ!」


「嘘だと思うなら聞かないで……。大丈夫って言うしかないじゃない……」


「それもそうだな〜」


「グェエエエエエエエエ!!」


 二人の会話を妨げるように、巨大ゴブリンが遠吠えを上げた。その声は、広い洞窟全体に共鳴し、壁や天井を小刻みに揺らした。


 皆の視線が、遠吠えを上げた巨大ゴブリンに集まった。シアン、ソフィア、ティグレス、スーツのゴブリン、そして生き残ったゴブリンたちが叫びを上げる巨大ゴブリンを見つめていた。


「オエオエオエ〜」


 三つ目の巨大ゴブリンは、泣いていた。瞳から汚らしく涙を流している。


「雅子〜、龍之介〜。ドコニ行ッタンダ〜。帰ッテ来テクレ〜。父チャンガ悪カッタ〜」


「何を言ってるんだ……?」


 泣き叫ぶ巨大ゴブリンを見上げながら、ソフィアが呟いた。すると巨大ゴブリンは、近くに立っていたゴブリンを一匹捕まえる。そして、鷲掴みにしたゴブリンを眼前に近付けた。顔を確認している。


「ヒィィィ!!」


「雅子〜、帰ッテ来タノカ〜!」


「ヒィ〜、アッシハ、雅子チャイマス〜!!」


「アレ〜、雅子チャウヤンカ……」


 勘違いだと落胆した巨大ゴブリンは、ゴブリンを鷲掴んだ腕を洞窟の天井スレスレまで振りかぶると、力いっぱい地面に叩きつけた。


「フンッ!」


「ギャフン!」


 岩肌の地面に叩きつけられたゴブリンは、全身の骨が砕ける無惨な音を立てながら跳ね上がり、ナマコの死体のように転がった。


 全身の骨が砕けたのか、手足が訳の分からない方向に向き、頭の形もいびつに変形していた。まるで軟体生物の死体のようだった。


「雅子〜、龍之介〜。ドコニ行ッタ〜。出テオイデ〜」


 嫁と息子の名前を呼びながら洞窟内を探し回る巨大ゴブリンに、スーツ姿のゴブリンが助言する。


「オイ、貴様!」


「ナンダ、チビ助〜」


「オ前ガ探シテイル奴ラナンダガナ……」


「オ前、知ッテルノカ!?」


「タブン、アノ三人ガ知ッテルト思ウゾ……」


 スーツ姿のゴブリンが指差したのは、三人のメイドたちだった。いきなり悪意を振られたメイドの三人は、キョトンとしてしまう。


「イヒイヒ、間違イナイ。アノ三人ガ知ッテイルハズダ。否、隠シテイルカモシレンゾ!!」


「ヌヌヌヌヌヌッ。アイツラガ、嫁タチヲ隠シタノカ!?」


 三人のメイドにヘイトが集まる。三眼が鬼の眼差しでメイドたちを睨みつけていた。スーツのゴブリンはヘイトをメイドたちに振れたと小賢しく笑っている。


「俺ノ、家族ヲ返セ!」


 刹那、巨大ゴブリンが走り出した。歩幅の大きな数歩のダッシュで、メイドたちとの間合いを瞬時に詰める。


「許サナイ!」


 打ち下ろしのパンチが迫る。メイドたちは素早く散り、巨拳をかわす。空振った拳が大地を抉って陥没させた。


「すごいパワーだな。穴が開いたぞ……」


 シアンに肩を貸しながら跳ね退いたティグレスが、巨大ゴブリンのパワーを見て感心していた。さすがのメイドたちも、あのパンチを一発でも喰らえば致命傷は間違いないだろう。事実、一撃を喰らったシアンは自力で歩けていない。


 躱すと同時に巨大ゴブリンの右側へ回り込んだソフィアが、ガントレットを嵌めたゴリラパンチをその脇腹に打ち込んだ。岩を叩きつけたような鈍い衝撃音が洞窟内に響く。


 しかし、巨大ゴブリンは微動だにせず、拳を叩き込んだメイドを見下ろした。そして再び、拳を天井すれすれまで振りかぶる。


「……イタイ」


 唸るような声を漏らしながらソフィアを睨む巨大ゴブリンが、卓袱台を叩きつけるようなモーションで拳を振り下ろす。


 だが、ソフィアは片脚を軸に身体を半歩ずらしただけでそれを躱して、眼前を通過したばかりの腕に渾身の一撃を叩き込んだ。


 一撃目は強く。しかし、その直後に乱打が放たれる。


 猛烈な速度で繰り出されるソフィアのパンチが、稲妻のようにゴブリンの腕を連打する。その数、瞬く間に十発。ガントレットのスパイクが肉に食い込み、鮮血が飛び散った。四の傷が並んで次々と刻まれる。


「イッテェェェエ!!」


 悲鳴を上げた巨大ゴブリンは、反対の腕を横薙ぎに振ってソフィアを遠ざけようとする。右のフックを躱したソフィアは、すかさずスウェーバックで後退した。


「ヨクモ、ヤッテクレタナ!!」


 鬼の形相で睨みつける巨大ゴブリン。その腕には無数の傷が刻まれていたが、それらは見る間に塞がっていく。スパイクで裂かれた皮膚が、わずか数秒で元に戻る。


「リジェネレートか。ならば、癒える前に沈めるのみよ」


 ゴリラアームの拳を打ち合わせると、金属がぶつかる鋭い音が洞窟に鳴り響いた。その響きが、ソフィアの中で気合いを引き締める。



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