92【洞窟に突入】
「さてさて、あの二人はどうなっているかな?」
斧ゴブリンと槍ゴブリンを討ち取ったティグレスは、まだ戦闘中の仲間の心配を見せる。瓦礫の上ではゴリラアームのソフィアと鎖鎌ゴブリンが戦っていた。
緑色の頭上で鎖分銅を回すゴブリンは、狼のような眼光でソフィアを睨み付けながら威嚇を続けている。
∞の軌道を築く鎖分銅。その速度は残像を残すほどのスピード。風切音が回転の速度に合わせて唸りを上げていた。
刹那、縦回転に震った鎖分銅が足元の小石を弾いて前に飛ばした。その小石がソフィアを狙う。
「シュ!」
しかし、ソフィアもフラッシュの如く素早いジャブを放って小石を撃ち返した。その小石がジャブの勢いで、今度は鎖鎌ゴブリンに飛び迫る。パンチで打ち返したのだ。
「グギィ!!」
飛び迫った小石をヘッドスピンで回避する鎖鎌ゴブリン。だが、小石に続いてガントレットの拳が飛んできた。素早いステップダッシュからのジャブである。
「シュッ!」
「キィィイイ!!」
そのパンチを鎖鎌ゴブリンは寸前で躱したが、ガントレットの小指部分が鎖鎌ゴブリンの右瞼を掠める。その掠った拳で瞼が切れた。鮮血が流れ飛ぶ。
しかし、鎖鎌ゴブリンも反撃を繰り出していた。下段に振るった鎌の一振りが、ソフィアのスカートを切り裂いた。だが、鎌の刃はソフィアの足肉までは届いていない。可憐な生足を晒す程度で終わる。
互いにバックステップで距離を取る。
「ガルルルル!!」
「よくも、私のスカートを!」
両拳を顔面の前に並べたソフィアが猫背に屈むと頭を左右に素早く振りながら鎌鼬ゴブリンに迫って行く。ボクシングのインファイターが見せる超接近戦の構えである。ハードパンチャーなソフィアに良く似合った構えであった。
「ハッ!!」
「なんのっ!」
翻弄しながら迫り来るソフィアに鎖鎌ゴブリンは、分銅を投擲して牽制するが、飛んできた分銅をソフィアは頭を低くして攻撃をくぐると接近に成功して見せる。素晴らしいフットワークであった。
そして、射程距離。強い踏み込みから拳を放つ。
怒りを吹き出すように連続で撃たれるソフィアのパンチの数々。フックで鎌を払うと、顔面にワン・ツーからのアッパーカットを放つ。それら三種すべてのパンチが鎖鎌ゴブリンの顔面にヒットする。
それらはすべて致命傷。ソフィアのガントレットは、拳の部分がスパイクとなっている。そのスパイクが鎖鎌ゴブリンの頭部を八つ裂きに刻んでいた。複数個も開けられた無惨な傷口から鮮血が飛び散る。
「ギョェエエエ!!」
顔に刻まれた傷を両手で抑える鎖鎌ゴブリン。その眼前でソフィアが大きく拳を振りかぶる。狙うは魂心の一撃――フィニッシュブロー。
「コレで終わりよ!!」
ラストの一撃は全体重を乗せたストレートパンチだった。強震な踏み込みからの強打。その一打が鎖鎌ゴブリンの頭を吹き飛ばす。肉片が当たりに散らばった。
「汚い花火ですわ!」
大きなガントレットにこびり付いたゴブリンの肉片を摘み取りながらソフィアは、砦の奥に口を開く洞窟の入り口に目をやった。
「ティグレス。私たちもシアンを追うわよ」
「了解だぜ!」
二人の戦闘メイドは走って洞窟に侵入して行く。すると、一本道の洞窟内には刃物で刻まれたゴブリンの死体が複数散らばっていた。シアンに殺されたゴブリンたちだろう。
首を切断。胴体を袈裟斬りに斜めに切断。頭から真っ二つに身体を切断。上半身と下半身を分離するように切断。シアンの殺し方は残酷である。必ずゴブリンの身体を二つ以上に別けるように切断していた。
その死体を眺めながら走るティグレスが感想を述べる。
「本当に残酷だよな。ここまで見事にぶった斬らなくてもいいのによ〜」
「あの人はレッサーヴァンパイアなのよ。残酷であろうと振る舞っているだけよ」
「本当は優しいのにか。この前なんて砂糖菓子をくれたんだぜ」
「あれは客人であるシロー殿がくれたお菓子よ。礼を言う相手を間違えているわ」
「ああ、そうだったのか。まあ、どっちでもいいけどよ。美味しかったしな」
そのような会話をしながら洞窟内を走る二人のメイドは、大きな広間に飛び込んだ。そこは野球場のダイヤモンドサイズの広さだった。広間には複数のゴブリンが死んでいる。その死体だらけの広間の中央に、巨大なクリスタルが浮いていた。
「コア水晶だ。見つけたぞ!」
「ビンゴね!」
水晶の高さは3メートルほど。わずかに地面から浮いている。その巨大クリスタルが淡い光で洞窟内を照らし出していた。
そして、クリスタルに背中を預けながら震えるスーツ姿のゴブリンが一匹。スーツ姿のゴブリンを追い詰めるのは、レイピアをかざしたシアンだった。スーツゴブリンの鼻先にレイピアの先端を突き付けている。
「ヒィィィイイイ! 命ダケハ、オ助ケヨォ〜!!」
水晶の前で両膝をついたスーツ姿のゴブリンが手を組んで命乞いをしていた。その情けない姿を、シアンが冷たく見下ろしている。巨大の水晶の周りには、数匹の生き残ったゴブリンたちが身を縮めて震えていた。
「もう、決着じゃあね〜か。つまんね〜の」
しらけたティグレスが愚痴をこぼした直後だった。コア水晶の中から太くて大きな腕が飛び出てくる。その巨腕のサイズは、片腕だけでシアンの腰回りと同じで、長さはシアンの背丈と同じだった。
その巨腕がボディーブローの如く突き進み、シアンの胴体を殴って吹き飛ばした。
「がはっ!!」
唐突に水晶の中から飛び出てきたボディーブローに驚いたシアンは、回避をミスる。もろにパンチを食らって後方に飛ばされていた。それは、車で轢かれたかのような姿だった。
「シアン!?」
「グゥガガガガガァ!!」
壁際まで転がっていくシアン。その姿はボロ雑巾のようになっていた。ぐったりして起き上がって来ない。
すると、コア水晶の中から、巨腕の主が姿を現す。それは、3メートルサイズのゴブリンだった。ホブゴブリンのようなずんぐりした体型ではない。餓鬼のようなゴブリンの姿を、そのまま巨大化させたような体型だった。
サイズ以外にゴブリンと異なるのは、額に第三の瞳がギョロついている事ぐらいだろう。
そいつは三つ目の巨大ゴブリンだった。




