90【ゴブリン砦攻略】
場所は異世界。ピエドゥラ村から1キロ離れたフラン・モンターニュの西側絶壁前の森。ゴブリンが砦を築いている陣地の目前である。
森の手前、開けた草原にて陣地を築くのは、ヴァンピール男爵に仕える戦闘メイドの軍勢。戦闘メイド長のシアン、副メイド長のソフィア、そして虎娘ティグレス。それに五十騎のリビングアーマー兵士が控える。
本陣の右翼には、百騎のリビングアーマー兵士と司令官のラパン。左翼にも同じく百騎のリビングアーマー兵士が配置されており、司令官役のルナールが指揮を執っていた。総勢二百五十騎のリビングアーマー兵士がこの討伐戦に投入されている。
現在、メイドたちはゴブリンを包囲している状態だ。
「なあ、シアン。まだ突撃したらアカンのか?」
「もう少し待ちなさい。今、ラパンたちが配置に付いている最中だから」
待ちくたびれた虎娘ティグレスを宥めたのは、ゴリラアームのソフィアだった。メイド長のシアンはテレパシーを使い、別働隊を指揮しているウサギ娘ラパンや狐娘ルナールの配置完了報告を待っていた。
今回の討伐作戦は三部隊でゴブリン砦を包囲し、戦闘力に長けた本陣の兵士のみが砦に突入して掃討するという作戦である。左右の部隊は、砦から逃げ出したゴブリンたちを逃さぬように殲滅する予定だ。
そのため、砦へ突撃する本陣の兵士たちは、数より質を優先されている。
シアンとソフィアは、戦闘メイドの中でも一、二を争う実力者であり、二人ともレッサーバンパイアという種族である。夜になると戦闘力が上昇し、その力は人間の兵士百人分にも匹敵するだろう。
レッサーバンパイアとは、純粋なバンパイアになりかけた中途半端な存在である。バンパイアでありながら、完全な存在ではない。
主食は生き血という点では変わらないが、太陽の下でも活動が可能。ただし、その際の戦闘力は人間並みにまで落ちてしまう。
また、バンパイア特有の弱点もほとんど効かない。十字架は苦手だが触れられる。ニンニクも嫌いだが食べられる。聖水も気分が悪くなるだけで、触れることができる。しかし、寿命は人間並み。そして、心臓に杭を刺されなくても死ぬ。銀の武器は、当然ながら有効である。
レッサーバンパイアとは、そうした弱点が完全に機能し始めたとき、初めて一人前のヴァンパイアと認められる種族なのだ。
そして、もう一人の戦闘メイド・ティグレスは、掃除・洗濯・家事手伝いのすべてが苦手な、戦闘に特化した特殊なメイドである。こういう時にしか役に立たないが、虎系の獣人であり、筋力は常人の数倍。パワーだけでなく、生命力や根性も桁外れという怪物である。まさに、戦うためだけに生まれてきたような存在だ。本来ならば、メイドである理由がない。
「よし、左翼も右翼も配置についたわ」
「ならば、始めてもいいよな〜!!」
血気盛んなティグレスがシアンに同意を求めた。シアンが一つ頷くと、ティグレスは叫びながら駆け出した。
「全員突撃だぁ! 我に続けぇ!!」
スレッジハンマーを振り回しながら突撃するティグレスに、リビングアーマーたちが金属音を響かせながら続く。草原から森へと駆け出していく。
その瞬間、森の中から無数の矢が放たれた。待ち受けていたゴブリンたちが迎撃してきたのだ。放たれた矢はリビングアーマーの甲冑に突き刺さる。
だが、それで倒れるリビングアーマーは一騎もいなかった。彼らの急所は、甲冑の内側にある背中の中核部。そこを破壊されない限り、リビングアーマーにはダメージすら与えられない。
「小賢しい!」
スレッジハンマーを振り回し、飛んでくる矢を弾き落としながらティグレスが先頭で森に突入する。そこへ、待ち受けていたゴブリンたちが一斉に飛びかかった。
「キョォエエエエエエ!!」
「洒落臭い!」
スレッジハンマーの一振りで飛びかかってきたゴブリンを打ち返す。その衝撃で吹き飛ばされたゴブリンは、数メートル離れた立ち木に激突し、泡を吹いて昏倒した。
「カーカッカッカッ!」
ティグレスのパワーは圧倒的だった。切り込み隊長として、これ以上ない適任だ。次々とゴブリンを蹴散らして行く。その勢いに続くように、リビングアーマーたちが突入し、次々とゴブリンたちを打ち取っていく。
「進め進め野郎ども。本番は砦の中だぞ!!」
森を駆け進んでいると砦の壁が見えてくる。それは丸太で作られた3メートルほどの壁だった。否、壁と呼ぶよりも柵である。正門も築かれていたが手作り感満載で、ディグレスならばパワーだけで破壊して突破出来そうな造りに見えた。
「パワー全開、強行突破じゃぁあああ!!」
鉄槌の一振りで門が軋む。
「おんどりゃ〜〜〜あ!!」
二撃目の鉄槌で、内側の閂が折れる音が聞こえた。流石はパワーしか自慢のない娘である。スレッチハンマーの二振りで木の門を破壊してしまう。
しかし、門が破壊されるな否や砦内から大柄のホブゴブリンたちが雪崩出てきた。その数は五匹。手には大斧や混紡を装備している。
「よっしゃ〜〜。パワー対決だな。受けてやるぜ!!」
言うや否やティグレスの横を微風が過ぎた。すると五匹のホブゴブリンたちが血飛沫を散らしながら倒れ込む。全員が喉や頭を裂かれている。
「あれれ……」
呆然とするティグレス。その眼前には、死体の真ん中で立つシアンの姿があった。彼女の手には血に染まったレイピアが握られていた。
「ティグレス。これは遊びてはないのよ。もっと真面目に戦いなさい」
「戦ってるじゃんか、ブーブー……」
さらに後ろからソフィアが声を掛ける。
「まだ、砦の中に大物が残っているかもしれないわ。油断は禁物よ」
そうソフィアが述べた刹那だった。砦の中から鎖分銅が飛んできた。鉛の玉を鎖で繋いだ武器である。
「おっと――」
シアンは軽く屈むと鎖分銅を躱してみせた。狙いを外した分銅が鎖に引かれて戻っていく。その先には三匹のゴブリンが立っていた。
瓦礫の上に立ち尽くすは、異形なゴブリン三匹。
一人は、鎖鎌を振り回すゴブリン。
一人は、痩せて背の高いゴブリンで十字槍を付いている。
一人は、大きな戦斧を背負っていた。
「これはこれは、少しは旨そうな敵が出てきたぞ。嬉しいね〜!!」
ディグレスが一人だけ笑っていた。完全に戦闘を楽しんでいるのだろう。




