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88【男爵の確認】

 その夜――。


 ピエドゥラ村に到着してから二日目の夜だった。


 チルチルとブランは各部屋で就寝中である。今ごろフカフカの布団でぐっすりと気持ちよく寝ているころだろう。


 余った一部屋にはバンディがベッドを独占しながら眠っている。他の面々は、店の外の空き地でテントを張って野宿をしていた。


 まあ、野宿も慣れた冒険者だから問題なかろう。そもそも人数分の部屋がないのだから仕方がない。


 それにしても宿屋すら無い辺鄙な村だったとは意外だった。こんなド田舎で店を開いてお客が来るのか心配になってしまう。


『どっこいしょと……』


 俺は現実世界と異世界をゲートマジックで繋ぐと、店に陳列する予定の商品を店内に運び込んでいた。


 商品は町を車で走り回って各店から買い集めてきた品物である。いつもの塩や胡椒の他にも、七味やタバスコ、それに砂糖なども用意した。


 その他は文房具だ。ボールペンや鉛筆、ハサミやコンパスなどを用意した。それにコピー用紙も売り出すつもりである。


 この異世界では、まだまだ純白の紙は貴重である。ほとんどの本が羊皮紙で書かれているくらいだから、コピー用紙でも高値で売れるだろうと思う。


 そんな感じで買い集めてきた品物を店の地下倉庫に段ボールで積み重ねていく。


 半地下の倉庫には、小さな窓が天井すれすれの高さに一つある。その小窓から月明かりが差し込んできていた。淡い光が俺の能面を照らす。


『ふぅ〜……』


 休憩がてら俺は、その小窓から伺える七つの月を見上げながらため息を吐く。体力的には疲れないのだが、眠りもしないで一日中仕事に励んでいるのは精神的に疲れる。体力と精神力は別のようであった。


『今ごろ戦闘メイドたちは、楽しくゴブリンたちを狩っているのかな〜。俺も行きたかったな〜……』


 ゴブリンを好き放題狩れる。そのような機会はそうそうないだろう。なのに今回はお預けになってしまっている。


『メイド長のシアンさんに、わがまま言って、強引についていけばよかったかな〜』


 我ながら強い後悔が残ってしまっている。シアンさんが強情になって、ゴブリン退治を自分たちだけでやるとか言って、俺の参加を許してくれなかったのだ。


 主であるヴァンピール男爵はゴブリン狩りを許してくれていたのに、何故かシアンさんやソフィアさんが俺を毛嫌いしていて参加を認めてくれないのだ。


 たぶん、髑髏の外見が気に入らないのだろう。これは、アンデッド差別である。


『あ〜、戦いたい……』


 その愚痴を漏らした刹那だった。背後に気配を感じ取る。


 暗闇の地下倉庫。時間帯は夜更け。このような時間に起きている人間もいるはずがない。俺は振り向くと同時に裏拳を振るう。


『フッ!』


 ブンっと風が唸る。


 大振りの裏拳が、背後から近寄ってきていた者の顔面をとらえる。しかし、その拳は空を打つように、忍び寄ってきていた人物の顔面をすり抜けた。


『なに!』


 まるで立体映像の幻影を殴ったかのような、無の感触。そこに立っていたのはヴァンピール男爵だった。


 ヴァンピール男爵は、顔面を強打されたのに平然としている。否、間違いなくヒットはしていたが、当たらなかったのだ。拳がすり抜けただけでなく、ダメージも受けていない様子だった。


 しかも、口元が微笑んでいる。


「こんばんは、シロー殿」


『こ、こんばんは……ヴァンピール男爵殿……』


「そう畏まらないでください。アンデッドとしては、貴公が格上。いずれ、強さも貴方様が上回るのは分かりきった事実ですぞ」


『今は自分のほうが強い……と?』


「はい。ですが、それも時間の問題。すぐに私風情なんて抜けますよ。何せ、貴方はオーバーロードなのですから」


『オーバーロードね〜……』


 今一しっくり来ない呼び方である。そもそもオーバーロードがどれほどの者なのかが理解できていない。


 俺は自分の拳を見詰めながら言う。


『ところで、今、俺の裏拳をどうやって躱したんだ?』


 ヴァンピール男爵は、薄っすらと笑いながら述べる。


「簡単です。体を霧化したのですよ。我々バンパイアは、体を霧に変えて、扉や壁すらすり抜けられますから」


『うわ〜、便利〜』


「ところで、シロー殿」


『なんですか、男爵様?』


「今現在、うちの戦闘メイドたちがゴブリン討伐に向かっていますが、シロー殿は参加しないのですか?」


 俺は、不貞腐れた子供のように床を蹴りながら言った。


『だって、シアンさんが参加するなって言うんだもん……』


「えっ……。なぜ?」


『知らないもん……』


「はぁ〜〜……」


 ヴァンピール男爵は頭を抱え、深くため息を吐いた。どうやら呆れているらしい。


「まったく、あの娘は、何を意地になっているのやら……」


 そうぼやいた後、ヴァンピール男爵は表情を引き締め、礼儀正しく胸に手を当てて深くお辞儀をした。


「すみません、シロー殿。私からメイドたちには言い聞かせます。どうか、今から森へ参りましょう。ぜひとも、今回の討伐作戦には参加していただきたい」


『なんで〜?』


「私が見たいのですよ。シロー殿の本気を――」


『俺の本気?』


「この確認は、非常に重要な確認です!」


 ヴァンピール男爵の瞳は真剣だった。ふざけた様子は、微塵も見られなかった。



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