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86【動き出す物語】

 朝食が終わると俺たち三人は台所のテーブルでお茶を楽しんでいた。出されたのは紅茶である。チルチルとブランは紅茶を啜って楽しんでいたが、俺は紅茶を眺めているだけであった。何せ、飲めないから……。


 紅茶を注いだティーカップは、俺が現実世界から持ってきた物だ。珍しくもない安物のカップである。


 この異世界ではお茶は、紅茶派かコーヒー派に分かれる。日本茶という選択肢はない。


 紅茶はハーブと同様で、森で簡単に採れるらしい。巷にも安価で出回っているとか。


 コーヒーは栽培して簡単に収穫できるらしく、そのためか多く出回っているとチルチルが話していた。


 コーヒーは苦く、砂糖などが貴重な異世界では、ほとんど入れないとか。そのためか大人の男性に人気があるらしいのだ。皆、ブラックで飲んでいる。


 一方の紅茶は、飲みやすさから女性や子供に人気があるらしい。老若男女にこよなく愛されている。


 だから、男性の間では、コーヒーが飲めるようになったら一人前の漢だと言われているのだ。その辺は、どこの世界でも似たような風習なのだろう。


 そして、俺たちがティータイムを楽しんでいると、隣の部屋の入口がノックされるように叩かれた。まだ開店していない店なので、誰が来たのか俺たちは首を傾げる。


「誰でしょうか?」


『さ〜。心当たりがない?』


 席を立ったチルチルが隣の部屋を覗き込んだ。すると正面の大きな窓から知った顔たちが笑顔で覗き込んでいた。はしゃぐように手を振っている。


 それは、暁の冒険団だった。


「あら、暁の冒険団の皆様ですわ」


『なんだ、あいつらか。やっと追いついたのかよ』


 俺たちは暁の面々を迎え入れると再会を祝った。彼らは新しく開く店内を見回しながら感想を述べる。


「ほほ〜、ここで店を開くのじゃな」


「結構広い店じゃんか」


「立派な店になりそうでござるな!」


『お前たちも開店したら遊びに来てくれよ』


「おうよ、珍しい物があったら買わせてもらうぜ!」


「何か美味しいものは置かないの?」


『まだ何を売り出すかは決めていない。まあ、その辺も追々決めていくさ』


「無計画じゃのお〜」


「アホー、アホー!」


『ところでお前たち、泊まるところは確保できたのか?』


「まだだ……」


「宿屋を探したんだが、村が小さすぎて宿屋がなかったんだよ。村人に聞いたが、そもそも宿を経営しても人が集まらない土地だから難しいとか……」


『じゃあ、この家に泊まるか?』


「本当か、シロー殿!」


「泊まっていいの〜。有り難う〜!」


 俺は意地悪っぽく言ってやった。


『一部屋だけ余っている。ベッドも一つだ。だから誰か一人だけだがな。あとの連中は野宿だ!』


「「「「「なに!?」」」」」


『さあ、どうする?』


「ジャンケンだな……」


「「「「おうよっ!」」」」


 そこからしばらく暁の面々の死闘が始まる。俺たち外野は、その争いを楽しそうに眺めていた。


「「「「「ジャンケンぽい、あいこでしょ!!」」」」」


 結局ジャンケンに勝利したのはバンディだった。残りは野宿となる。


「わ〜〜い、わ〜〜い、フカフカのベッドだ〜」


「あのクソオヤジが……。顔にもう一本傷を刻んでやろうか……」


『まあまあ、落ち着け。ティルール……』


 そんな感じで暁の冒険団と賑やかに過ごしていると、新たな来店者が訪れた。本当に開店前から来客の多い店である。


「こんにちは、シロー様」


 それはメイド服を纏った女性だった。茶髪の長い髪をアップにまとめた女性で、年頃は三十歳ぐらいに見える。その鼻と口元が犬のようで、頭から垂れた耳がぶら下がっていた。獣人だ。


 その後ろには、もう一人、青髪のメイドが立っている。先日、ここまで案内してくれたメイドさんだった。


 茶髪のメイドさんは、凛々しい眼差しで俺に語りかけてくる。


「先日はお薬を頂き、感謝を申し上げます。おかげで長らく体調を崩しておりましたが、それがすっかりと治りました」


『それは、良かった』


「わたくし、ヴァンピール男爵様に仕えるメイド長のシアンと申します。今後とも、よろしくお願いいたします」


『男爵様のところのメイド長ですか。それでは、こちらこそよろしくお願いします』


 二人でぺこりと頭を下げ合った。すると横からエペロングが割って入る。


「おお、ちょうど良かった。俺たちも男爵様のところに出向くところだったんだ」


「冒険者ギルドの方々ですね。お話は男爵様から伺っております」


 シアンが睨むように言った。


「ゴブリンの件に関しては、こちらで対処することになっておりますので、冒険者ギルドにはお引き取りくださいと申し付かっております」


「「「「「『えっ……?』」」」」」


「我々、村の戦力だけで対処するとのことです。ですので、お引き取りくださいませ」


「マジで言ってるの……?」


 そう述べた刹那、シアンの足がエペロングの足元を払う。


「えっ!?」


 綺麗な出足払いだった。まるでゴルフのパターでボールを打ち出すような軽い一振りで、エペロングの体が横向きに宙を舞う。そのまま腰から転倒してしまった。


 倒れ込んだエペロングが呆然としながらシアンの顔を見上げていた。他の面々も何が起きたか分からず、沈黙のまま状況を眺めている。


『ふっ!』


 咄嗟に動いてしまったのは俺だった。唐突に上段廻し蹴りをシアン目がけて打ち放つ。


 しかし、大鎌のような高速のハイキックを、シアンは無音のバックステップで回避し、そのまま店外へと出て行った。そして、入り口の外で直立不動のまま、静かにこちらを見詰めている。


「今ので分かりました。弱すぎます。それでは役に立ちません」


 厳しい意見だが、正解ではある。暁の面々は若干弱いのは確かだ。民間人から見れば強い部類だが、勝者の道を歩んできた俺から見れば、やはり弱者である。


 それよりも、シアンの動きのほうが普通ではない。明らかに強者の体さばきであった。


 たぶん、俺を除いて、今ここにいる誰よりも強いだろう。



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