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85【絶対の意思】

 東京都に聳える高層マンションの最上階。巨大なガラス窓から伺えるのは、都心の景色。その部屋は畳張りの広い和室。伝統的な日本家屋特有の畳が敷き詰められ、部屋と部屋は襖で仕切られている。床の間には掛け軸と生け花が飾られていた。


 その和室には、120インチのTVモニターが置かれており、大型モニターを使って少年が一人でゲームを楽しんでいた。


 少年の年頃は十代前半。小柄で幼さの残る、七三に分けた黒髪の日本人風の青少年だった。上品でカジュアルな服をまとっている。


 畳に胡座をかく少年は、FPS系のゲームに夢中だった。コントローラーのボタンをガチャガチャと鳴らしながらゲームを楽しんでいる。だが、突然、画面内のキャラクターが爆散して死亡した。


「あ〜〜、殺されちゃった。畜生!」


 コントローラーを畳に投げつけ、愚痴をこぼしながら天を仰ぐ。それでも少年は笑顔だった。不甲斐なく操作キャラクターが死んでも、心からゲームを楽しんでいる様子だった。


「ふぅ〜〜」


 少年が深呼吸のように息を吸って吐く。そして、テレビの電源を落とした。その少年の背後には、三人の大人が並んで正座していた。


 襖の前に並んで正座しているのは鏡野響子、鬼頭二角、そして細身で長身の中年男性。いずれもゴールド商会の幹部で、ウロボロスの書物と契約を結んでいる者たちである。全員がスーツ姿だった。


 少年は胡座をかいたまま後ろを振り向き、三人の大人と向かい合った。すると三人は三つ指を立てて頭を下げる。額が畳に接する寸前の低さだった。


「三人とも、頭を上げてください」


「「「ははぁ!」」」


 少年が柔らかい口調で言うと、三人の大人は頭を上げた。その眼差しは真剣そのもの。鬼頭ですら、ふざけた様子は微塵も見せていない。


 三人の中央に座る鏡野響子が代表するように口を開いた。


「鏡野響子、岩見石蔵、鬼頭二角。お呼びにより参上しました」


 三人は再び頭を下げる。


「そんなに畏まらなくても構わんよ。三人とも付き合いが長いんだから、仲よくやろうよ」


「ですが……」


「ですがもクソもない!」


「はは……」


 少年が機嫌を損ねたのを察した三人は、恐る恐る顔を上げた。だが、少年はすぐに機嫌を直して笑顔に戻った。


「それで、今宵三人を呼び出したのは、察しがついているよね」


 鏡野響子が答えた。


「新人の件でございましょうか?」


「そう、イチローの孫の話だ。そろそろあ奴も、ウロボロスの書物と契約して一ヶ月が過ぎただろう」


「はい、経理から初給料を振り込んだとの報告がありました」


「ならば、丁度いい頃合いだろう?」


「試練ですね」


「ああ、試練だよ」


「それでは、何を送り込みますか?」


「それなんだよね〜」


 少年は自分の顎先を擦りながら考え込む。


「報告を聞く限りだと、彼って懐かしいタイプじゃん」


「はい、ここ百年では見かけないタイプです」


「鏡野のように社会的な人間は多いし、鬼頭のような反社も珍しくない。岩見のように経済に明るい者も、首塚のような人殺しも、それぞれ一定数はいる。でもね」


 少年はさらに笑顔を明るくしながら続けた。


「でも、戦争が少なくなった現代で、芯のある“兵士”として優秀な輩は久々なんだ。僕としては、大切に扱いたいのだよ。試練ごときで壊したくない玩具なんだよね」


「では、初戦は雑魚を送り込んでみますか?」


 無垢な笑みを浮かべたまま、少年は鏡野響子のクールな眼を見つめる。


「そんな都合のいい雑魚が、いるのかい?」


 鏡野響子が岩見石蔵の方を見ながら問う。


「岩見さん、何年か前に荒くれ者の問題児がいたとか言っていませんでしたか?」


 年の頃は四十代の男が、萎れたような冷静な口調で答えた。その声色には感情が見えず、目も死んだ魚のように濁っていた。


「その者ならば、現在は刑務所です。妻と子を刺殺して無期懲役で服役中です」


 少年が笑いながら言った。


「うわ〜、本当にクズで雑魚じゃんか。いいんじゃない、それで」


 岩見は冷めた口調で説明を続けた。


「彼は家族殺しの犯罪者ですが、本当に愛妻家でした。しかし、愛妻家過ぎて家族を手にかけてしまった異常者。ゆえに追放を兼ねて無期懲役に処しました」


 少年は上機嫌に言った。


「ならば、この際、不良資産として廃棄してしまおう。それをイチローの孫に任せてみないか!」


 その話を黙って聞いていた鬼頭二角が、思わず口を開いた。


「金徳寺様!」


「なんだい、鬼頭?」


「鹿羽四郎たる男は、人を殺せと言われて素直に殺すような人間ではございません。むしろ、男と呼ぶより“漢”と呼ぶに相応しい輩。外道には走りませんぞ」


「ならば、家族殺しに“シード”を植えて送り込もう。果実が熟れる頃には、いい怪物になるだろうさ」


「「――……」」


 鏡野響子と鬼頭二角は沈黙したまま答えない。だが、岩見石蔵だけが応じた。


「畏まりました、金徳寺様。そのように手配いたします」


 そう述べて頭を下げる岩見に続き、二人も頭を下げた。どうやら金徳寺の言葉は絶対のようだ。逆らう余地はないらしい。


「よし、それでは、このレボリューションシードを授けるぞ」


 そう述べると金徳寺は無空から梅干しサイズの種を取り出した。それを岩見に手渡す。色と言い形と言い梅干しに見える。


「それでは、すぐに手配いたします……」


「任せたよ、岩見。僕を楽しませてくれ」


「ははぁ!」


 再び三人が頭を深く下げた。



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