9【謎の二人組】
モン・サンの町に向かう道中。夜になったので野宿で一晩を過ごすことにした。俺は眠らなくても良いのだが、チルチルはそうはいかない。
「うわ〜〜。ふかふかです〜」
俺は自室から持ってきた毛布をチルチルに与えた。その毛布の肌触りに、チルチルは喜びながら頬を擦り付けている。
そのようなチルチルの横には、空になったカップラーメンの器が置いてあった。なんでも器を捨てるのが勿体無いと取り置いているのだ。異世界人の考えることは本当に分からない。
まあ、とにかくチルチルは喜んでいる様子だから問題なかろう。
『済まない、そんなものしかなくってさ』
「いえいえいえ! このような高価な毛布をありがとうございます!」
『安物なんだけどね……』
本当に安物の毛布である。ホームセンターで千円もしなかったものだ。それでもチルチルが喜んでくれているのでありがたい。
俺は毛布に包まるチルチルの横に座りながら、拾ってきた枝を組んで焚き火を作った。パチパチと炎が揺れている。
チルチルは俺が持っていたライターの火を着けたり消したりして遊んでいた。
この世界では一瞬で火を着けられるのは魔法しかないらしい。魔法が使えない一般人は火口石で時間をかけて火を起こさないとならないから大変らしいのだ。
それなのに一瞬で一般人が火を起こせるライターを使ってみて不思議がっている。
そのようなチルチルにライターは魔法のアイテム見たいな物と適当な説明をした。それでも純水なチルチルは信じてくれたのだ。有り難い。
そして、夜は更けていった。チルチルが眠たそうな口調で呟く。
「シロー様、モン・サンの町に、その格好で入るのですか?」
『んん、何か問題でも?』
「その髑髏面では、人々が恐れます。場合によっては番兵に討伐されるかもしれません」
『あー、なるほどね……』
やはりスケルトンが昼間っから町に立ち寄ったら騒ぎになるわけだ。これは変装が必要かもしれない。
「それに私も獣耳を晒したままでは……」
『そうか……。それじゃあちょっと待っててくれ』
そう言うと立ち上がった俺は、ゲートマジックで扉を呼び出し自室に戻る。そして、部屋の中を見渡した。
「何か、隠すものっと――」
まずはフード付きのメンズウェアーを見つけた。これで頭を隠せる。以前ジョギング用に買った物だ。
「次は顔かな――。おっ、これでどうかな」
続いて俺が見つけたのは、親父の寝室だった部屋に額縁に入って飾られていた能面の数々だった。いくつもの能面から黒い狐面を手に取る。
「他のは怖すぎるから、これが一番大人しいかな」
俺は狐面に紐を通して顔に被る。さらにフード付きのメンズウェアーを着込んだ。フードで頭も隠す。
「どれどれ〜」
鏡の前に立った俺は自分の姿をチェックした。ぐるりと一回りする。
全身白のウェアーに黒い狐面。少し奇怪で派手だった。
「ちょっと派手だけど、骨の素肌は隠せそうだな。あとは手と足元かな」
手には軍手を嵌めた。足は靴下を履いてからランニングシューズを履く。
「これで、よしっと。それとチルチルの耳を隠せる服はないかな」
タンスの中から着ていないフード付きのパーカーを見つける。これでいいだろう。子供にはデカイがとりあえずだ。今は我慢してもらうしかない。
着替えを済ませた俺は能面を外し、家の外に出た。近所のスーパーに車で買い物に向かう。そこで食料や飲み物、それにチルチルが喜びそうなお菓子を買って帰った。
「とりあえず、買った品物を冷蔵庫に入れてっと――」
整理整頓が済んだ俺は黒狐面を被って異世界に戻った。すると、毛布に包まったチルチルは木の袂ですやすやと眠っていた。
『やっぱり疲れたのかな。子供に何キロも歩かせたのは間違いだったか……反省』
それから俺もチルチルの隣で眠ろうかと横になった。しかし、眠れない。睡魔が微塵も近寄ってこない。
『ね、眠れない。マジで睡眠不要なのかよ……』
七つの月を眺めていたが、暇すぎた。退屈で退屈で仕方がない。
『ひ、暇だ!』
暇を持て余した俺はアイテムボックスからウロボロスの書物を取り出すと読み始める。
『暇だから隅から隅まで読んでやるぞ』
俺は各ページの単語をクリックしまくる。すると追加文章や説明文を見つけ出し、隅々まで読み漁った。これほどまでに本を読んだのは久しぶりだろう。おかげでいろいろ不明だったことを理解する。
それでも時間が余ったので、俺は自室に戻ると扉の前で筋トレを始めた。
腕立て伏せ、腹筋、背筋、スクワットを何セットも続けた。しかし、疲れない。
それで分かったことがある。
どうやらこの不老不死の体は現実世界でも有効らしい。いくらトレーニングに励んでも疲れないし、何時間過ぎても眠たくならなかったからだ。
俺はウロボロスの書物の凄さを再認識した。
「マジで凄いな……」
すると唐突に玄関の呼鈴が鳴った。そして、すぐに誰かが玄関の扉を激しく叩きながら叫び出す。
「おい、ゴラァ。居るんだろ、出てきやがれ!」
ドンドンと玄関の扉を叩く男の怒声。慌てた俺が玄関に向かうと、古い造りの玄関の曇りガラスに二人の影が映っていた。
一人はスラリとしたスーツの女性。もう一人は黒い革ジャンを着込んでいる男の影だった。
「おい、ゴラァ。早く開けないと、玄関をぶち破るぞ!!」
俺はノシノシと玄関に近寄ると扉の鍵を開け、怒鳴る男に恐れる仕草を微塵も見せない態度で玄関から顔を出した。
「誰ですか……」
玄関を開けて不機嫌そうに述べた俺を見て、二人の男女は一瞬だけたじろいた。何せ身長190センチの元格闘技家が凄んでいるのだ。ビビらない人の方が少なかろう。
しかし、すぐに二人は強気の態度に戻る。
冷静な顔付きの女が訊いてきた。
「貴方が、一郎さんのお孫さんね」
「祖父を知っているのですか……」
レディーススーツの女性は30歳前後に見える。男のほうは二十代半ばぐらいだろうか。革ジャンに茶髪というチャラい格好である。
「もう、ウロボロスの書物と契約したんでしょう」
「は、はい……」
「ならば上がらせてもらうぜ。茶でも飲みながら話そうや。茶を出してくれ」
そう言いながら二人はずかずかと勝手に上がり込んでいった。俺は仕方なく受け入れる。