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82【風邪薬と飴玉】

 腹部を正拳突きで打たれたリビングアーマーの背中が、破裂するように砕け散ると、残った亡骸のような甲冑が膝から崩れ落ちた。


 その甲冑の隙間から魂の残りカスが、狼煙のように煙を上げていた。残っていた霊魂が成仏して天に昇っていくような光景だった。


 リビングアーマーの残骸を見詰めながら眉間に深い皺を寄せたソフィアが呟く。


「背中の内側に刻まれていた核の魔法陣が消滅したのよ。だから、閉じ込めていた霊魂が解き放たれたんだわ……」


 頭の後ろで腕を組んでいるラパンが言った。


「リビングアーマーたちは、正面からの攻撃には強いけど、背面からの攻撃には弱いからね〜。あんなにあっさりと裏表を引っくり返されたら、一溜まりもないわ〜」


 筋肉質な両腕を組んでいた虎娘のティグレスが問うた。


「あの御仁とソフィア、どっちが強い?」


 問われたソフィアは、少し悩んでから答えた。


「シロー様の強さは、底が知れないわ。もしかしたら、私よりも強いかも……」


「ほほう。レッサーバンパイアのソフィアをして強いと言わしめるかい?」


「ええ、侮れないわ……」


 首の関節を鳴らしながら頭を回すシローが、三人娘に歩み寄る。


『いや〜、いい運動になったぜ。サンキュー!』


 溜め息を吐いたソフィアが、上機嫌のシローに注意する。


「シロー様、リビングアーマーとの対決は許可しましたが、完全破壊は許可していませんよ。こんなに壊してしまって、どうするのです。弁償願います」


『べ、弁償っ!?』


「当然です。甲冑も魂も、それなりの価値がありますから」


『お、お幾らぐらいするの……?』


「そうですね、三千ゼニルぐらいでしょうか」


『た、高い!?』


「まあ、今回は請求しません。お客人に請求すれば、男爵様に叱られてしまいますからね」


『えっ、マジ、ラッキー!』


「その代わり、我々からお願いがございます」


『お願いって、なに?』


 ソフィアは真剣な眼差しで述べた。


「ゴブリンの間引きを手伝ってもらいたいのです」


『間引きの手伝いね〜。それってゴブリンと戦うってことだよね?』


「そうです――」


 ソフィアの背後で、ハンマーを持ったティグレスと、バックラーとショートソードを装備しているラパンが微笑んでいた。


『それは構わんが、現在冒険者ギルドが人員を派遣している最中だろう。彼らを待てば、いくらでも処理してくれるだろうに?』


「村の外部の者に戦力を頼れば、資金がかかります。ですので男爵様は、村の戦力だけで処理したいのですよ」


 ソフィアの言葉の後にティグレスが続く。


「本来なら俺たち戦闘メイドだけで攻略するよう指示されているんだが、最大戦力のメイドが一人、風邪を引いて寝込んでいてね。その娘が復帰したら総攻撃をかける予定なんだ」


『その風邪を引いているメイドは強いのかい?』


 ラパンが答える。


「ソフィアちゃんと同じぐらい強いよ。私たちの中でも一番か二番を争う強さかな〜」


『それでも風邪をひくんだな。たるんでね?』


「そんな言い方は酷い……」


 シローは幼少期に格闘技を始めてから一度も風邪を引いたことがない。精神力で風邪を引いていても認めなかっただけかもしれないが、格闘家とは、そういう生き物だと信じていた。だから、戦闘メイドが風邪を引いたと聞いてたるんでいると言ってしまったのだ。


『そうだ!』


 何かを閃いたシローが、自分の掌に拳を打ちつけた。


「「「??」」」


『ちょっと待っててくれないか――』


 そう述べたシローは、ゲートマジックで現代に戻ると、箪笥の引き出しの中を漁った。そして、小瓶に入った錠剤を見つけ出す。それは市販の風邪薬である。それを持って異世界に戻った。


『お待たせ〜』


 ジャラジャラと錠剤を振るいながらシローが言う。


『ほれ、これは俺の国の風邪薬だ。すごく効くから、風邪を引いているメイドに飲ませるといいぞ』


 ソフィアは手渡された錠剤の瓶を見て目を丸くしていた。


「これほど高価な物を……。お幾らするのです?」


『いいよ、あげるから』


「えっ!!」


 たぶん、小瓶と艶やかな錠剤を見て、高価な薬剤だと思ったのだろう。この異世界にはない外見だから、高価だと勘違いしても仕方がない。だが、実際はドラッグストアで千円ちょっとで買える安い薬である。


 かつて営んでいた道場の門下生のために買った風邪薬だったが、今はもう道場すらないのだから、俺には無用な薬である。プレゼントしても問題ないのだ。


 それからシローはソフィアに風邪薬を手渡すと、三人娘たちにピーチ味の飴玉も手渡した。


『これはおやつだ。気晴らしに舐めるといいさ』


「これは、飴玉ですか?」


「なんか、取っても良い香り――」


「旨そう〜!」


 飴玉をもらった三人は、すぐに口に運ぶ。そして、飴玉の甘さに歓喜していた。たぶん、これほどまでに甘い食べ物を食べるのが始めてだったのだろう。特にラパンは垂れ目をさらに垂らして喜んでいた。


『他にメイドは、何人居るんだ?』


「全員で二十五人でぇす〜」


『じゃあ、残りのメイドの分だ。城に帰ったら配ってやれ』


 そう言ってシローはラパンに飴玉を渡す。その飴玉の山を見て三人は目を輝かせていた。まるで金塊の山でも見つけたかのように喜んでいる。


 その後にシローは境界線砦を後にした。新居に帰る。三人のメイドがお辞儀をしながら見送ってくれた。


 すっかり周りは夜になっていた。チルチルやブランが心配していないかと考えながらシローは帰路につく――。



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