81【リビングアーマー】
俺は整列するリビングアーマーたちの背中を眺めながら、ソフィアさんに問うた。
『それで、あの鎧兵は強いのか?』
「戦ってみては、いかがでしょう?」
『えっ、いいのか?』
「彼らリビングアーマーは、新兵の練習相手としても優秀です。何せ、鎧の修復だけで再び前線復帰が叶いますからね。それに、疲労も感じません」
俺は指の関節をポキポキと鳴らしながら言った。
『痛覚もない。意思もない。恐怖も感じない。ゆえに心も折れない。修理だけで前線に戻れる。確かに優秀な兵士だな』
「彼らリビングアーマーは、戦場で亡くなった戦士の霊魂から闘志だけを抜き取って媒体に使っています。ゆえに、戦うことしか知りません」
『魂を分離させたのか?』
「はい。そのほうが、アンデッドとしては優秀な素材になります」
『あれは、アンデッドなのか?』
「鎧の中身は空っぽですが、霊魂が宿っていますから、アンデッドと分類できるでしょう。ただし、太陽の下も出れますし、ターンアンデッドも効きません。どちらかと言えば、ゴーレムに近いでしょうか」
『闘志以外の魂はどうなったんだ?』
「残りは成仏させました。そのほうが効率は良いのです」
『効率ね〜』
「ヴァンピール男爵様は、効率重視の方ですから。それに、輪廻転生を信じております」
『なるほど〜』
それからゴリラ娘がウサギ娘に指示を出す。
「ラパン。一体リビングアーマーをこちらに誘導してくれないかしら。シロー様がお相手したいそうなので」
「はいはいぎゅ〜〜ん」
陽気に返答したウサギ娘が、傀儡の列から一体のリビングアーマーを連れてくる。
全身甲冑のリビングアーマー。ヘルム、胸当て、ガントレット、鋼のブーツ。甲冑の下には鎖帷子も装着している様子。片手には棘付きのメイスを装備していた。
「練習にちょうど良いサムス君を使いましょう〜」
「そうね」
『一体一体に名前があるのか?』
ウサギ娘が笑顔で述べる。
「そりゃ〜そうだよ。リビングアーマーでも元は人間の魂からできているんだから、名前ぐらい区別してあげないと可哀想じゃんか〜。それに、若干の個性もあるんだよ〜」
『個性があるのか。例えば?』
「例えばこの子は、死ぬ直前までメイスを武器に使っていたりさ〜」
確かにサムス君と呼ばれたリビングアーマーは、片手に棘付きのメイスを持っていた。だが、それは生前の装備なだけで、個性と呼ぶには違うだろう。
「それに、この子は他のリビングアーマーと違って、鎧が少し可愛いのよ〜。ほらほら、肩にお花の紋章がキュートでしょ〜う」
『それも個性とは違うだろうが……』
「でも、区別はつきやすいよ!」
『あ〜……』
理解できた。このウサギ娘は、頭が緩い娘だ。間違いないだろう。馬鹿だ。
「それで、シロー様。一戦交えますか?」
『当然。ここは好意に甘えさせてもらいます!』
言うや否や、俺は強く震脚を踏んだ。大地を踏み潰さんばかりの蹴り足が地面を揺らした。
大きく蟹股に開いた下半身。背筋を伸ばし、顎を引く。右拳は腰の高さ、左手は開いて前に突き出した。古武道の一般的な構え。その形は、素人でも武の心得が見て取れる構えだった。
「おうおう、力強いじゃあねえか!」
「わ〜、凄い〜……」
「――……」
三人のメイドたちは、それぞれ反応が違っていた。ティグレスは微笑み、ラパンは目を輝かせて驚き、ソフィアはじっと睨んでいた。今の一踏みだけで、俺の力量をそれぞれに見て取ったのだろう。
そして、リビングアーマーのサムス君が腰を落とし、戦闘態勢に入る。空っぽのヘルムが、俺を真っ直ぐに見据えていた。棘付きのメイスを肩より高く振りかぶっている。
『ほほう、一丁前な構えだな。闘志の霊魂が戦闘スタイルを覚えているってのは、まんざら嘘でもないようだ』
サムス君は構えを保ったまま、一定の距離を取って飛び込むタイミングを窺っている。目の動きも、隙を探るそぶりも、一端の戦士そのものだ。
俺がジリリ、と半歩だけ前に出ると、それを合図にしたかのようにサムス君が踏み込んできた。
振り下ろされたメイスの一撃は、ヘルムの目線とは別の方向を狙っていた。頭は俺の顔を見ているが、実際に狙われたのは足元――下段だ。
『おっと――』
俺は左足を素早く浮かせて、地面をなめるように振るわれたメイスの一撃を回避する。棘付きのメイスが、俺の足裏寸前を風のように通り過ぎた。
同時に、浮かせた左足をそのまま反撃に転じる。跳ねるように爪先を前方へ突き出し、リビングアーマーの顔面を蹴り上げた。顎先を跳ね上げられたヘルムが揺れるが、怯むことなくサムス君は二撃目を振るってくる。
『ほほ〜』
俺は逆水平に振るわれた棘メイスを、頭を引いてギリギリで避ける。眼前をメイスの先端が疾風の如く過ぎていった。
『なるほど。目眩ましの打撃は効かないか。それどころか、即座に反撃も可能とは。――ならば!』
「「「ッ!!」」」
金属音のような激しい衝撃音が響いた。三人のメイドたちが背筋を伸ばし、目を見開いている。
俺の下段回し蹴りが、リビングアーマーの太腿にクリーンヒットしたのだ。それはまるで木製バットをフルスイングしたかのような重さで、蹴られた片脚だけでなく、もう一方の脚までも巻き込んで吹き飛ばす。
蹴られた足は潰れた配管のように変形し、その反動でぶつかったもう片方の足も歪んでいた。両脚が折れ曲がり、リビングアーマーはふらついている。
普通の人間なら、その場に倒れていたはずだ。だが――。
それでもサムス君は、潰れた足を震わせながらも立っていた。倒れない。まさに、痛みを知らぬ傀儡ならではの執念だ。
『流石は感覚を持たぬ傀儡だな。足がお釈迦でも、まだ立ち上がっているか。しかし、もう攻防ともに成り立つまい』
それでも諦める様子はない。メイスを再び頭上へと構え、震える足で踏み出そうとする。まるで生まれたてのバンビのように、ふらつきながら――。
『ふう……』
俺は、存在しないはずの肺から息を吐くようにして気を整える。そして再び蟹股で腰を落とし、右拳を腰の位置で強く握り締める。
『参るっ!!』
一声とともに、俺は蹴り足で地を強く踏み切り、サムス君の眼前へと跳び込んだ。そして、震える足の目前で、思いきり震脚を踏み込む。その一歩が、大地を揺らした。
――次の瞬間、全力の右中段正拳突きが腹部に突き刺さる。
突きの勢い、体幹の捻り、そして打ち込む意思。全てを乗せたその一打は、まるで時間が止まったかのように、スローモーションで突き進んでいく。それは気迫が見せた幻のようだった。
手首までめり込んだ拳。その刹那、リビングアーマーの背中が内側から破裂するように吹き飛ぶ。甲冑の背部が細かく砕け、空中へ舞い散っていった。
「なに、あれ!?」
ラパンが素直に驚きの声を漏らす。だが、ティグレスとソフィアは、言葉を失って沈黙していた。それだけの迫力だったのだろう。




