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80【境界線砦】

 夕日が完全に沈んだピエドゥラ村。麦畑の稲穂が、七つの月光に照らされて揺れていた。


 緩やかなカーブを描く農道を歩く俺とソフィアさん。俺は黙って、先を行く金髪のメイドの後ろに続いていた。


 周りは夜の闇でくらいのに、彼女は明かりを持っていない。暗くても目が見えているようだ。暗視スキルを持っているのだろう。


 稲穂の中から夏虫の鳴き声だけが聞こえてくる。


 二人の間に特に会話はなかった。ソフィアさんの親であるムニュジエさんはよく話す人だったが、娘のソフィアさんはあまり喋らないようだ。ちょっと気不味い。年齢も親子ほどに離れているのだから当然かも知れない。


 やがて、農道の果てに二つの林が見えてくる。その林と林の間から、フラン・モンターニュが姿を現した。それは、絶景である。


 プリンのような形をしたその山は、もし現代に存在していれば、国際的な観光地になっていたであろう外見をしている。きっと重要文化遺産にも認定されていただろう。


 フラン・モンターニュを背景に、ソフィアさんが立ち止まり振り返る。道はY字に分かれていた。彼女は俺に向かって言う。


「この道を右に進めば、シロー様の御自宅が見えてまいりますので――」


『わざわざありがとう』


「それでは私はここで――」


 一礼したソフィアさんは、分かれ道の左へと進んでいく。それはフラン・モンターニュの方向だった。その背中に声を掛ける。


『ソフィアさんは、これからどちらに向かうんですか?』


 再び振り返ったソフィアさんが答える。


「境界線砦ですわ」


『境界線、砦?』


 足を止めたソフィアさんは、何も知らない俺に丁寧に説明してくれた。


「現在、ピエドゥラ村がゴブリンの脅威に悩まされているのは、男爵様からお聞きになっていますよね」


『ああ、聞いてる。フラン・モンターニュからゴブリンが溢れてくるんだろ』


「そのゴブリンから村を守るための砦がありまして、本日はそこの見張り当番なのです」


『メイドが砦の見張り当番なのか、それで大丈夫なのか?』


「砦の見張り当番に回されるのは、戦闘に特化したメイドたちです。それを戦闘メイドと読んでいます」


『戦闘メイドとは、豪快なネーミングだな』


 なんとも厨二臭い。


「戦闘メイドは自分の戦闘力に自身がある者たちが集められています。それに、警護のメインであるリビングアーマーたちに戦闘指示を出す役目も担っていますからね」


『ほほ〜、それは興味深いな。砦を見学しても構わないかい?』


 俺はリビングアーマーに興味を抱いていた。戦闘に特化した傀儡兵団がどれだけの物なのか一度は見てみたいと思っていたのだ。これは、またとないチャンスである。


「構いません。男爵様から、そのうちにシロー様が見に来るから、そのときは自由にお通ししなさいっと申し付けられていましたから」


『おお、それは話が早い!』


「それでは、砦までご案内いたします」


『やっほーい!』


 俺はスキップしながらソフィアさんの後を追った。そして、件の境界線砦に到着する。


『これが、砦か……』


「はい――」


 砦というからには御城のような物々しい建物かと思っていたが、案外と地味だった。


 一軒のログハウスと、その前の林と林の間に、俺の腰ほどの高さの石壁が並んで築かれている程度の施設だった。腰の高さ程度の石壁の長さは100メートルほどあるが、正直ショボいと思った。これでは道路の境界線を知らせるだけの縁石でしかない。防壁と呼ぶには心細いだろう。


 だが、その石壁の前には複数の甲冑騎士が直立不動で並んでいた。その数はざっと百体ほどに見える。武器は剣に盾、槍や斧など様々だった。


 しかし、甲冑騎士に生気は感じられない。まるで木偶の坊の集団である。


『人数だけは、やたらと揃ってるんだな』


「あれが、リビングアーマーです」


 ソフィアがそう言った刹那、一人の少女が石壁をひらりと飛び越え、こちらにピョコピョコと駆け寄ってきた。


「交代、ごくろ〜さまでぇ〜す」


 ポニーテールの黒髪少女はメイド服を纏っていた。腰に剣を下げている。左腕にはバックラーを装着していた。どうやら彼女は戦闘メイドのようだった。


 何より彼女の頭には長くて白い耳が突き出ている。兎耳――ウサギの獣人のようだ。


「あら、ソフィア様。こちらの変態は、どなたですか〜?」


『誰が変態だ!』


「ラパン、本当のことを言っては失礼ですよ」


『ソフィアさん、あんたも辛辣だな!』


「ですが、そのような仮面を被っていたら、変態と思われても仕方ないかと思いますよ」


「私も同感〜。変態にしか見えませ〜ん」


『畜生。能面がアカンかったのか……』


 俺が落ち込んでいると、ソフィアさんとポニーテールの少女は話を進める。


「ラパン、ティグレスはどうしたの?」


「お花摘みに行ってるよ〜。そろそろ帰って来るんじゃな〜い?」


 すると林の方から大柄の女性が歩み出てきた。その女性もメイド服を着ている。そして、肩には大きなハンマーを背負っていた。どうやらパワー系の女戦士のようだ。


「あ〜、スッキリした〜。マジででっけ〜の出たわ〜!」


「「『………』」」


 ティグレスと呼ばれたメイドは長身だった。おそらく180センチは越えていそうだ。そして、体型はスマートだが、明らかに露出した首や腕が筋肉で太かった。スマートなマッチョといったところだろうか。


 そして、彼女の金髪にはところどころに黒いシマシマ模様が入っていた。それに大きな猫耳が頭には生えている。顔付きも猫っぽいから、おそらく虎の獣人だろう。


「おっ、ソフィア。交代に来たか。ラパン、早く帰って早く寝ろ。じゃないと大きく育たないぞ!」


 喋り方も大味だった。まるで江戸っ子のノリである。


『なんか、大味な方ですね……』


「ああ、育ちが悪いらしくてね。メイドなのに掃除・洗濯・家事手伝い、すべてできない娘なのよ……」


 大柄のメイドは、片腕を曲げて力こぶを作りながら述べる。


「だが、力仕事ならば、誰にも負けないぜ!」


『メイドには、あまり必要ない分野だな……』


「それに、こう見えて風呂が大好きだ!」


『それは今は関係ない……』


 ティグレスはガキ大将のように豪快に笑いながら述べる。


「がっはっはっはっ。細かいことは無しだ。面倒くせぇ〜からよ〜」


 世の中のメイドには、いろいろ居るんだな。まあ、俺も、ブランみたいなDQNをメイドに雇っているのだから、人のことは言えないか……。



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ティグレスかわいい
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