78【布団とゴリラ】
『さて、二人が掃除に励んでいる間に、俺は布団でも運び込むか〜』
俺は実家に戻ると押し入れから敷き布団を引っ張り出すと異世界に運び込んだ。三人分の敷き布団をまずはベッドに敷いて回る。その作業を見ていたチルチルとブランが神妙な表現で敷き布団を触りながら言った。
「フカフカです……」
「本当だべ。フカフカだべさ……」
『んん?』
どうやら二人は敷き布団の弾力に感激している様子だった。たぶんこの異世界の敷き布団より高品質なのだろう。その辺は、宿屋で見た布団と比べれば俺でも分かる。
「シロー様、これは!?」
『布団だ?』
「これだけフカフカなのに!?」
『掛け布団は、もっとフカフカだぞ』
「「ええ!!??」」
二人は信じ難いと驚いて見せる。シメシメだ。もっと驚かせてやろう。
『ちょっと待ってろ。いま掛け布団を持ってくる』
「「はい!」」
それから俺は掛け布団を押し入れから引っ張り出すと異世界に持ち込む。これはかなり驚くはずだ。こっちの世界でも高価な布団だからな。
『これがグースダウン95%の掛け布団だぞ〜』
「うわわわ〜。これはフカフカを超えるモフモフです〜〜!!」
「て、天国だべさ〜!!」
『そうかそうか、二人とも。フカフカが嬉しいか。今日からこれを使って寝て良いんだぞ!』
「わ〜〜い、わ〜〜い!」
「これで毎日惰眠を貪れるだべさ〜」
「『それはアカン!」』
「ゲフ……」
俺とチルチルのチョップがブランの頭に炸裂する。タイミングがドンピシャのナイスなツープラトンだった。
『ほれ、ベッドメイキングは俺に任せて、二人は掃除を済ませてれ』
「畏まりました」
「畏まりまスた!」
こうして二人が掃除に戻ると俺はベッドメイキングに取り掛かる。まあ、ただ布団を敷いただけなのだが……。
そして、布団を敷き終わった俺は一階に降りて行く。それから店に使う予定の広間を見回した。
『本棚に商品を並べるとして、他にもテーブルに商品を陳列したいが、テーブルが足りないな。これは新しいテーブルが必要になるぞ。……テーブル、テーブル……大工かな』
俺は家を出ると村を見渡した。麦畑が広がる景色の中に数件の家が見てるが、どれが大工の店かも分からない。
『少し村の中を見て回らないと、流石に分からんな。よし、歩くか。否。走るか!』
俺は家の前で柔軟体操を始める。久々にランニングがてら大工の店を探してみようと思う。
一通りの柔軟体操を終えた俺は、麦畑に挟まれた農道を走り出した。一軒ずつ村の家を見て回って、大工を探し出そうという魂胆だ。
『ふっ、ふっ、ふっ――』
どのぐらい走っただろうか。日差しが沈みかけて、空が夕日に色を変え始めた。橙色の光に照らされて、俺の影法師が長く伸び始める。
『見つかんね〜な〜。現実世界で買ってきたほうが早かったかな……』
そう思っていたところ、次にすれ違った家が大工の店のようだった。家の横の倉庫に複数の木材が立てかけられているし、小屋の中には箪笥やらの家具が置かれていた。
『おお、ビンゴだぜ。走り回った甲斐があったってもんだ』
俺は歩みを倉庫の方に向ける。倉庫の中は、いかにも大工の作業場といった感じだった。床には鉋屑が散らばっている。しかし、人の気配がしない。留守のようだ。
『あれれ〜、留守か……』
そう思った刹那であった。隣の家の玄関先から声を掛けられる。
「なんだい、お前さん。うちに用かい?」
渋い年配男性の声だった。俺は声が飛んできた方を見る。
そこには筋肉モリモリのおっさんが立っていた。その男性は白髪で角刈り、そして髭面。堀が深く、鼻は潰れており、さらに鼻の下も長い。総合するからに髭ゴリラ顔であった。
そして、その頭にねじり鉢巻きを締めていた。ザ・カーペンターといった成のゴリラである。ウホウホ言いそうだ。
『済まないが、質問だ』
「なんだウホ?」
今間違いなくウホって言ったぞ……。
『あんた、大工だろ?』
「そうだ。俺は三代続く根っからの大工でい。文句あるかウホ!?」
文句はない……。しかし、ウホは気になる。
『なるほど、ならば話が早い。テーブルを買いたいんだが、置いてないかい?』
「いま、取り置きのテーブルはないが、寸法さえ教えてもらえれば、お好みのテーブルを作ってやるウホ!」
『本当か、それはありがたい!』
「それで、予算はいかほどウホ?」
『店に品物を並べる予定のテーブルだ。丈夫なら外観は気にしない。大きさは、180×90センチくらいで。それで、いかほどする?』
ちなみに180×90センチとは、畳で言うところの一畳サイズぐらいだ。
「そうだな。それなら小銀貨五枚ってところウホ」
妥当な値段だろう。……知らんけど。
『それで、出来上がるのにどのぐらいかかる?』
「今は仕事もないから、二日で出来るウホ」
『なら、金は先に払う。品物は二日後に取りに来るぜ』
そう言うと俺は大工のオヤジに小銀貨五枚を渡した。
「ところで、あんたが噂の移住者かウホ?」
『ほほう、俺が移住してくることは知ってたのか?』
「ああ、うちの娘が男爵様の城に奉公に出ててな。その娘から噂は聞いていたんだウホ」
『ならば、最後に質問していいか?』
「なにウホ?」
俺は胸を張っていう。
『自分の家がどこにあったか分からなくなってしまった。せめて、どっちの方角か教えてもらえないか?』
「がっはっはっはっ。迷子ウホ!」
『かっかっかっかっ。迷子です!』
「よし、分かった。近くまで案内してやるウホ!」
『助かる!!』
こうして俺は、大工のムニュジエさんと仲良くなった。
マッチョマンはマッチョマンに好かれる。それは、異世界でも同じようだ。次元を越えて、全世界共通なのだろう。今度、お礼に、バナナでも送ろうかな。




