76【食べ放題】
レゾナーブル曰く、オーバーロードとは、冥府の王でアンデッドの頂点に君臨する大王的な存在だそうな。その脅威は死そのものと表現されることが多いらしい。
かつて世界を滅ぼそうとした魔王たちの中にも、オーバーロードが存在していたらしく、その恐怖心だけで人が死ぬほどの脅威だったとか――。
まあ、そんなアホなとシローは思った。馬鹿馬鹿しい話である。
しかも、自分がそのオーバーロードだというのだ。なんとも疑わしい話であった。
確かにモノリスは自分をオーバーロードだと判定したが、自分にはそのような自覚は微塵もなかった。
どうせ大王と表現されるならば、冥界の王ではなく、空手家らしく破壊神と表現されたほうが格好良いと思っている。
なのでシローはレゾナーブルの話を信用しなかった。ボンボン貴族の戯れだと受け流す。
どちらにしろ、ピエドゥラ村への移住とお店の開店は許可された。税率は売上の3パーセントだそうな。消費税より安くて助かった。
それに家賃はないらしい。ピエドゥラ村は、住むだけなら無料らしいのだ。しかし、商売をすると税金が取られる仕組みだ。農業でも、大工の仕事でも、お手伝いでも、現金が移動したのならば税金がかかる仕組みらしい。その辺はきっちりしている。
そして、村の住民は、ほとんどが獣人か獣人のいる家族らしいのだ。
ここは不便な土地らしい。森や岩地に囲まれているために、農地としては貧相だ。街道からも少し外れている。だから住む人が少ない。人が少ないから、差別される獣人が集まってきたらしい。
そして、ピエドゥラ村は、争いの少ない平和な土地である。魔物の類は森からほとんど出てこない。それは、森に十分な食事があるからである。
草食動物が食べる木の実も多く、それを襲う肉食獣も食料に困ることが少ない。完璧な食物連鎖が形成されている。
だから森から出てきた猛獣や魔獣の類が住民を襲う事件も少ないらしいのだ。
だが、最近は話が異なっているらしい。
それは、フラン・モンターニュからゴブリンの一団が溢れ出てきているらしいのだ。しかも、フラン・モンターニュの西奥にゴブリンが砦を築いていると噂されている。
それが、ピエドゥラ村を危機に追いやっている。森から得られる幸は、村人たちにとっても大自然の実りとして欠かせない食糧だ。それがゴブリンの妨害で採取できないでいる。これでは冬が越せないだろうと心配されていた。
今はヴァンピール男爵が町の北に配置したリビングアーマー150騎の警護が防衛しているが、このままゴブリンが増えたらリビングアーマー軍団程度では防ぎきれるか疑問である。この危機は、刻々と強大化しているのだ。
ちなみに、リビングアーマーの戦闘力は、人間の一般兵と比べて二人分ぐらいの戦力である。ゴブリンと比べたのならば三匹分程度だろうか。
意思がない。痛覚もない。疲れもしない。そして、恐れを抱くこともない。それらが強みである。
だが、意思がない分だけ判断力もないのだ。指示されたとおりに戦うが、それ以上はできない。試行錯誤して動くことができない傀儡なのだ。
防衛には向いているが、進攻には向いていない。罠などで簡単に対策されてしまう。それらがリビングアーマーの弱点である。
「シロー殿に差し出した住まいは、村の最果て、リビングアーマーが待機している陣地の側です。なので、ゴブリンには気をつけてください」
『畏まりました。ですが、好都合かもしれませんな』
「好都合とな?」
『現在のところ、パリオンの冒険者ギルドからゴブリン退治に派遣されたパーティーがこちらに向かっているのですが、そいつらが私の知り合いでしてね』
「おお、本当ですか」
『そいつらの拠点を、私が借りる家にしてしまえば好都合ではないでしょうか』
「ですが、それほど広い家ではございませんぞ」
『それは問題ない。テーブルがあって作戦会議に使えれば十分です。奴らには野宿させます。冒険者だからテントくらいは持っていますからね』
「なるほど。それで冒険者は何人派遣されたのですか?」
『今のところ五人です』
「たったの五人……。それだけですか……?」
『足りませんか?』
「ゴブリンの数は、二百匹を超えています」
『そんなにいるのですか……』
「はい……」
『ならば、食べ放題ではありませんか!』
一瞬だけ髑髏の顔が微笑んだように見えた。
「食べ放題って、ゴブリンを食らうのですか……?」
さすがのバンパイアでもゴブリンは食べない。ゴブリンの血潮はドス黒い赤で悪臭を放っている。おそらく味も不味いのは見た目で分かるほどだ。肉だって同じ物だろう。森の狼ですらゴブリンの死肉は食べないほどである。
『いやいや、さすがの私もゴブリンなんて食べませんよ。食べ放題と言ったのは、狩り放題の意味です』
「狩るのですか?」
『狩ります』
髑髏の商人は、手袋を嵌めた腕を強く握ると、拳骨を作って前に突き出した。その拳は肉がないはずなのに、大きく見えるほどだった。
『私は商人であるまいに、格闘技家でしてね』
「格闘技家……」
その単語に対して、背後に立つ男爵のメイドがピクリと反応した。目を細める。
『俺は、素手で敵をボコるのが大好きでね』
シローの口調が「私」から「俺」に戻る。本性を晒し始めた。しかも、その口調はワンパクな子供のように弾んでいる。
『ゴブリンは根っからの邪悪を実体化させた存在だと聞いております』
その通りだ。邪悪で無慈悲で下劣である。
『害虫にも等しい存在だとか』
間違いではないだろう。ゴブリンは、この世に存在してはならないほどの悪だ。ゴキブリに等しい。
『ならば、殺して構わないですよね?』
構わないだろう。むしろ被害が出る前に殺すべきだ。放っておいても利益はない。それがゴブリンだ。
『ゴブリンは、俺の技を試す肉塊。それが二百匹もいるのですから、狩り放題の食べ放題じゃありませんか!』
シローのテンションが、感情となって溢れ出ていた。まるで新しい玩具を与えられた子供のようである。
『これは、冒険者なんぞ待っているわけにはいきませんな。早速俺が殴り込んで壊滅させてきますぞ!』
「一人でゴブリン砦に殴り込むつもりですか!?」
『ゴブリンは夜行性。昼間に殴り込めば先手は取れます。壊滅が無理だと分かったら引けばよい。無理に一晩で壊滅させる理由もありませんからね。そのほうが楽しみが長く続いて愉快かもしれません』
「は、はあ……」
眉をひそめてしまうレゾナーブルは、眼前の骸骨がオーバーロードだと実感し始めていた。この魔人は、殺戮と破壊を楽しんでいるのだろう。まさに死そのものである。




