8【旅路の契約】
チルチルにアンパンを食べさせた後に休憩しながら、俺はこの異世界についていろいろと訊いてみた。
日差しを避けられる岩陰に二人並んで座ると語り合う。
その際に俺は自分のことを異国から運ばれてきた魔人の成れの果てだと嘘をついた。俺のスケルトンな外見から、そのくらいの嘘をつかなければ信じてもらえないだろうと思ってのことだ。
それをチルチルは純水に信じてくれた。マジで素直な良い子である。
『特殊な儀式で不老不死を願ってね。それで骸骨の外見になってしまったんだよ』
「そ、そうだったのですか……。それで、そのような高貴な着物を纏っているのですね」
『高貴な着物?』
チルチルは俺の袖を擦りながら言った。
「このような肌触りの着物を見たことがございません。さぞかし高貴な着物なのでしょう」
『ああ、ジャージのことね。これは大したことない洋服だよ。むしろ、だらしない格好だ』
「ジャージという着物なのですか」
どうやらチルチルはジャージを知らないらしい。そもそも、この異世界にはジャージなんてないのだろう。たぶんポリエステル製の衣類すらないのだと思う。
『ところで、近隣の町まであとどのくらいで到着するのかな?』
「あと30キロぐらいだと思います。休憩を入れて進むなら、明日の朝ぐらいには到着できると思います」
『まあ、急ぐ旅でもないからゆっくり進もうか』
「はい――」
そして、しばらく休んだ後に再び歩き出した。
『チルチルは町に到着したら、親戚とか、どこかに宛てでもあるのかい?』
チルチルは俯きながら答えた。
「ありません……。私の両親は別の町で大店を営んでいましたが、これから寄るモン・サンの町には親戚は居ないはず。居るとしたら商売での取引先程度だと思います。それも、もう当てに出来ないでしょう……」
『それじゃあ、町に行っても……』
「町に行ったら孤児院か教会を頼ります……。獣人だとバレなければ、数日の寝床ぐらいは確保できるかもしれません」
『もしも、獣人だとバレたら?』
「町を追い出されるか、また奴隷商人に捕まるか……」
『それって……』
「獣人は物なのです。誰か主がいなければ、まともな生活は送れません。人らしく暮らしたいのならば、一人でこっそりと人里から離れて暮らすしかないでしょう……」
頭のてっぺんの耳を倒しながら、チルチルは強がっていた。
人権がないなんて、まだ十歳なのに過酷である。
誰かに仕え、奴隷のように過ごさなければ人里で生きていけないなんて酷すぎるだろう。
ならばと俺は提案する。
『それじゃあチルチル。しばらく俺に雇われないか?』
「シロー様が雇ってくれるのですか?」
『この辺の常識を俺は知らない。だから、いろいろと教えてもらいたい。賃金はどのくらい支払ったらいいのか分からないが、とりあえず三食は保証しよう』
現実世界から食べ物を持ってきたら、子供一人ぐらいは食べさせていけるはずだ。でも、貯金が僅かだから、いずれは俺も働かないとならないだろう。
「ほ、本当ですか!」
『ああ、本当だ』
チルチルは目を潤ませながら頭を下げる。
「ありがとうございます、シロー様。否、御主人様!」
『名前でいいよ。御主人様って柄じゃないからさ』
「はい、では、シロー様!」
『まあ、それでもいいかな……』
なぜか照れくさい。俺は白骨化した頭を手で撫でる。
そして、しばらく歩くと日が沈み、夜が来る。夜空には七つの月が浮かび上がった。
俺は夜目が利くし眠気がないので平気だったが、一緒に旅をしていたチルチルが疲れ始める。眠たくなってきたのか、虚ろなまなこを擦っていた。
『疲れたかい。眠い?』
「……はい」
『じゃあ、今日はこの辺で晩御飯にしようか』
そう言うと俺はゲートマジックで自室に戻り、台所からカップラーメンにお湯を入れて戻ってきた。
『すまない、今はこれしかなかった。明日までに買い物をしておくよ』
「うにゅ??」
そう言いながらカップラーメンの器を割り箸と一緒にチルチルに差し出した。
「な、なんていい匂い……。それに、この艶やかな器はなんですか!」
チルチルは派手にプリントされたラーメンのカップを見て驚いていた。
『あー……、これはね……。んん〜、説明が面倒くさいな……。まあ、いちいち気にするな。とにかく食べなさい』
そろそろ三分が過ぎたと思った俺はカップラーメンの蓋を剥ぐ。すると、湯気と共に良い匂いが広がった。
「ふあ〜〜〜〜〜ん、なんでぇしゅか、この香りはぁ〜♡」
カップラーメンを見て、チルチルの目が輝いている。さらには舌足らずの口調になっていた。それはまるで初めてサンタからプレゼントをもらった良い子のような笑みだった。
『熱いからフーフーしろよ』
「はい、熱っ。ふーふー……」
カップラーメンを食べ始めるチルチル。しかし、割り箸を割らずにフォークのように持って麺を啜る。なんとも食べにくそうだった。
『違う違う。割り箸は割ってから使うんだ』
それから俺は、箸の使い方をチルチルに教えた。