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73【バンパイアの男爵】

 フラン・モンターニュ近隣、ピエドゥラの村、ブラッドダスト城、レゾナーブル・ド・ヴァンピール男爵の寝室。


 薄暗い室内は昼間にもかかわらず、すべての窓のカーテンが閉じられており、隙間から木漏れ日一つ差し込んでこないほどだった。高い天井からぶら下がるシャンデリアにも明かりは灯されていない。


 しかし、薄暗く陰気な室内ではあったが、清掃は行き届いていた。塵一つ落ちていないし、家具の上には埃一つ見当たらない。かなり丁寧に清掃されていると察せられる。


 その室内は暖炉の明かりだけで橙色に照らされていた。時折パチパチと生木が弾ける音だけが聞こえてくる。


 寝室に飾られている物は高価な美術品が多かった。真っ赤な絨毯、複数の名画、高価な壺、壁には銀の模造刀などが飾られている。テーブルや家具の数々も高級品だろう。


 それらが暖炉の明かりに照らされて、さらに趣を醸し出していた。


 しかし、この部屋は男爵の寝室なのにベッドが一つもない。代わりに西洋風の棺桶が置かれていた。


 クラシックな作りの棺桶は、頭と足の部分が狭く肩の部分が広い六角形。黒く漆塗りされたマホガニーの棺桶は、それだけで値段が張るのが分かる材質だった。


 見るからに吸血鬼が寝ていそうな棺桶である。


「あぁ〜……。寒い……。まだ冬でもないのに寒いわ〜……」


 唐突に棺桶内から独り言が聞こえてきた。否、寝言なのかもしれない。ただ分かっていることは、棺桶内に誰かが入っているのは間違いないということだ。


 しかも、声色からして若い青年風だった。このような昼間っから棺桶内で過ごすなんて、常識から考えれば愉快な人格なのだろう。


 それか、棺桶の中の人物は、ドラキュラなのかもしれない。もしかしたら吸血鬼かもしれない。


 トントン――。


 誰かが部屋の扉をノックする。そのわずかな音に棺桶内の人物が反応した。


『誰だ?』


 わずかなノック音。それが棺桶の中まで聞こえたとは思えないが、棺桶の中の人物は反応したのである。


 しかも、彼が棺桶内から発したのは声ではなかった。テレパシーの類である。


 扉の向こうの人物が問いに答える。その声は女性で、言葉遣いが丁寧であった。


「パリオンのコメルス商会から手紙での紹介がありましたお客様が到着なされました。現在、御城の正門前でお待ちになっております。いかがなさいますか?」


『客間に通して、お茶でも振る舞っておきなさい。着替えてからすぐに向かいます』


「はい、かしこまりました――」


 そう答えた声の主の気配が扉の向こうから消える。立ち去ったようだ。


 すると、棺桶の蓋がわずかに擦れた。その隙間から声が漏れ出る。


「あぁ〜、まだ昼間なのに、かったるいな〜。面会は夜にしてもらえば良かったかな〜……」


 愚痴る主が棺桶の蓋を開けると、ふかふかのベッドのような作りの棺桶内で、頭を掻きむしりながら欠伸を吐いていた。その目には隈ができていて眠たそうである。


「畜生、これも貴族の務めだ……。一丁、仕事してくるか……」


 棺桶内から上半身を起こした男は半裸だった。下半身にパンツしか穿いていない。


 黒髪のショートヘア。年の頃は二十歳ぐらい。顔色は悪そうだが、病気の様子ではないようだ。身体つきは大きくない。一般的な男性程度の身長。しかし、痩せている。筋肉も少なく、肋が洗濯板のように浮かび上がっていた。


 ノソノソとした動きで棺桶を出た青年は、箪笥の中から白いYシャツを取り出して着込み、蝶ネクタイを締める。それから黒いズボンを穿いて黒いスーツを着込んだ。靴はエナメルの革製。かなり高価な身形である。


「あ〜、ポマードが残り少ないな。また取り寄せないと……」


 青年は瓶詰めのナチュラルオイルを手で掬うと、黒髪の頭に塗りたくった。櫛を使って髪型をオールバックに整える。


 それらの作業を彼は化粧台の前でやっているのだが、彼の姿は鏡には映っていない。着ているスーツすら映っていないのだ。


「こんなもんかな〜」


 そう呟くと、彼は前髪を一本だけ垂らした。少し気取って見せている。


「ふっふんふ〜ん。よし、準備オッケー。さてさて、お客さんに会いに行きますか〜。スマイル、スマイルっと!」


 自分に気合を入れる青年はビジネススマイルを練習しながら寝室を出て行った。客間を目指す。


 しかし、ビジネススマイルの口元から、鋭い八重歯が光って見えた。


 レゾナーブル・ド・ヴァンピール男爵五世―――。


 そう、彼はバンパイヤなのだ。しかも、真祖のバンパイヤである。



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