72【ピエドゥラ村】
ゲートマジックでバイクを異世界に持ち込んだ俺は、後ろにチルチルを乗せると暁の冒険団に言った。
『それじゃあ、俺たちは先に出発するからな』
「「「「「えっ!!」」」」」
すべての騎獣たちが二日酔いで立てない暁の面々は、俺の言葉を聞くと眼球を飛び出させながら驚いていた。
「マジで先に行くのかよ!」
『行くよ』
「ブラン殿は、どうするのだ!?」
ブランは柔軟体操で足腰の腱をほぐしながら、平然と言ってのける。
「当然、走りまスだ!」
「マジか、こいつ!?」
「シロー殿の鉄騎獣は、普通の騎獣と同じ速度で走れるのだぞ。置いていかれるに決まっておろうが!!」
それを聞いてもブランは平然と笑顔で言ってのける。
「大丈夫だス。わたスは、野生の騎獣を走って捕まえられまスだ。そのぐらいには足に自信がありまスだ」
「そんな、アホな……」
「でも、何キロも走る体力がないだろう?」
「それも大丈夫だス。昔っからアン・ファス村からパリオンまで、走って買い物に行ってたんだス」
「おいおい、待て待て。アン・ファス村からパリオンまで、騎獣でも一日はかかる距離だぞ……」
「わたスは、半日で到着できまスだ」
「嘘つけ!」
「嘘じゃあないだス。本当だス!」
「こいつ、体力の化け物なのか……」
「腹筋が、バッキバキに割れているわけね……」
「か、怪物かよ……」
『そんなわけだから、俺らは先に行くわ。たぶん、お前たちの騎獣が回復したら追いつかれるだろうから、そのときに合流しようや』
「わ、分かった……。先に進んで追いつくのを待っててくれ……」
『よ〜し、出発だ〜』
こうして俺たちは、ヴォワザン村を先に旅立った。俺がチルチルを後ろに乗せてバイクで走る背後を、ブランが走って追ってくる。
ブランの走る速度は、俺が思っていたよりも速かった。バイクのスピードメーターで見るからに時速20キロ近くは出ている。
時速20キロで走る速度がどのぐらい速いかと例えるならば、箱根駅伝で走るランナーの速度がそのぐらいだ。
しかも、俺たちが走っている街道は、舗装されていない生土の道である。もしもこの道が舗装されて走りやすかったら、ブランは箱根駅伝のトップランナーレベルの時速22キロの速度で走れたかもしれない。
俺も一日で30キロぐらいの道のりを、時速15キロくらいの速さで走れるが、この速度では走りきれないだろう。軽量系のブランらしいと言えると思う。
『これは、マジで素晴らしい原石を掘り当てたかもしれんな……』
これから弟子の成長が楽しみだった。どのような危険な技を、どのように厳しく教えようかワクワクしてくる。
そんなこんなで、俺たちは一日に八時間走って160キロぐらいの距離を目指して旅をした。その間に、暁の冒険団が追いついてくることはなかった。そしてそのまま二日を過ぎ、目的地であるフラン・モンターニュのピエドゥラの村に到着してしまう。
「暁の方々は、結局追いついて来ませんでしたね……」
『そうだな。ブランの足が、思っていた以上に速かったんだよ』
「ハァハァ。良い運動になりまスた!」
「化け物ですね……」
『可愛いやつではないか』
「むぅ〜〜……」
俺の言葉になぜかチルチルが膨れ上がる。何か悪いことでも言ったかな……。
『さて、とりあえず、当主のヴァンピール男爵殿に挨拶に出向きますか。マリマリの紹介で、家を貸してくれる段取りになっているはずだからさ』
「はい、シロー様」
フラン・モンターニュ近隣のピエドゥラ村。そこは平原に麦畑が広がる片田舎だった。麦畑と麦畑の間に茅葺き屋根の家が何軒か見えた。その奥にフラン・モンターニュが聳えて見える。そこから小川が村の中央を割るように流れてきていた。
おそらく、あまり人口が多い村ではないだろう。所々に大岩などが突き出し、畑を邪魔している。森もけっこう邪魔そうだ。それらが土地を不便にしているのが一目で分かった。この村が、町まで繁栄しない理由は、その辺にあるのだろう。
そして、少し高台の丘の上に小城が見えた。周りは堀のように水辺になっている。たぶんあれが当主ヴァンピール男爵の城だろう。
『それにしても、なんだか不気味な古城だな……』
「お化けが出そうですね……」
『チルチルは、お化けを信じるタイプなんだ〜』
「シロー様がお化けですよ……」
『そうだった。俺はスケルトンだったんだ。忘れてたぜ……』
俺はバイクをゲートマジックで実家に返すと、歩いて男爵の城を目指した。三人で麦畑の間を進む。
その途中、数人の村人たちの姿を見かける。そして、気付いたことがあった。それは、村人の全員が獣人だったのだ。耳や尻尾を生やしている。中には完全に獣の頭まで変化している者もいた。
畑に見える村人を眺めながら歩く俺は、隣のチルチルに言った。
『どうやらこの村は、獣人が多い村らしいな――』
「ヴァンピール男爵は、獣人に寛大な貴族様だと聞いたことがあります。その影響でしょう」
村の景色を眺めながら俺は、これならばチルチルも少しは過ごしやすいだろうと思った。
チルチルと話している俺の後ろに続くブランが訊いてきた。
「スロー様は、この村でお店を開店させる予定なのでスよね?」
『ああ。だから二人には店員としても働いてもらうからな』
「それは構わないのでスが、わたス、読み書きも計算もできませんだ……」
『それは勉強してもらう。仕事の合間にチルチルに習いなさい』
「はいだス」
『済まないが、チルチルもブランに勉強を教えてやってくれないか』
「畏まりました。しかし、条件があります」
『なんだ?』
「彼女には、先輩への絶対的な服従を誓ってもらいたいです。もしも彼女が暴力に訴えてきたら、私では何もできませんから」
『分かった。それはブランにも約束させよう。――ゴホン』
俺は咳払いをしてから真面目な口調でブランに言った。
『いいか、ブラン。チルチルの言葉は、先輩であり、先生の言葉として、俺の言葉だと思って従うんだ。俺の言葉が一番で、チルチルの言葉が二番目に優先されるからな。もし破ったら、三食飯抜きで地下室に監禁だからな』
「は、はいだス!」
この数日でブランが一番恐れることが分かってきていた。それは、飯抜きと監禁である。
彼女の幼少期に、それらを体罰として受けていたのだろう。飯抜きと監禁をトラウマのように恐れていた。相当、非常な両親だったのだと思われる。
だから彼女は、飯抜きと監禁を話に出されると大人しくなってしまうのだ。




