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71【ダイヤモンドの原石】

 消火剤で全身が真っ白になっていたブラン・ノワは、川辺で服を脱ぎ、下着姿のまま洗濯していた。


 俺たちは、その光景を石橋の上から眺めていた。


 彼女は半裸にもかかわらず、まったく気にする様子がない。男たちが何人も見ているのに、動じる素振りすらないのだ。その太い神経もまた、素晴らしい。


 身長は約170センチ。細身の体だが、手足は筋肉で引き締まり、針金を束ねたような硬質な印象。腹筋は見事に六つに割れ、明らかにアスリートの体型だった。しかし、胸は控えめである。


 バレーボールやバスケットボールをやっている女子のような、野生のバンビを連想させるしなやかで俊敏な肉体。実際に柔軟性も並外れている。


 年の頃は十七から二十歳ぐらい。ピンク色の髪をポニーテールに結い、明るく微笑む表情が印象的だが、ひとたび戦闘になれば天使から悪魔へと表情を変えるサイコパスだ。


 彼女を弟子に取ろう――そう思ったのは、突発的な感情というより、俺自身の中に残った無念の感情が口をついて出た言葉だった。


 現実世界での俺は、四十のオッサン。子供の頃は苛められ、それを打破するために空手を始めた。二十歳になる頃には格闘家として海外を渡り歩き、やがて総合格闘技の日本チャンピオンにまでなった。


 だが、ある敗北をきっかけに引退。田舎に戻って空手道場を開いたが、少子化の波に呑まれ、道場も閉めることになった。


 本当は、自分の道場から第二の強者を育てたかったのだ。日本チャンピオンという肩書きでは、まだ満足できていなかった。世界の頂点を獲りたかった。その未練を託せる弟子を、ずっと探していた。


 けれど、現実ではその理想の弟子には出会えなかった。


 ――だが、この異世界で、ついに見つけたのだ。


 それが、ブラン・ノワという娘だった。


 本人曰く、戦闘技術はまったく習ったことがないという。だが、身体能力が異常なまでに高い。基礎体力が完璧なのだ。


 反射神経、速度、柔軟性、根性、闘志。いずれも十分すぎるほどに備わっている。あとは、俺が技術を叩き込めば、彼女は完成する。


 ほんの少し頭がおかしいぐらいで、こんな逸材を見過ごすのはあまりにも惜しい。勿体無い。


 むしろ、格闘技家たるもの、ある程度の異常さは必要だ。正常な精神では、人体破壊の技など学ぼうとしない。時に残酷さすらも武器になる。


 技術と知識を除けば、彼女はすでにすべてを備えている。


 まさに、ダイヤモンドの原石――弟子としては最高の逸材だった。


 もしも、ダイヤモンドの原石が、足下に落ちていたとしたのならば、拾わない人間はどのぐらい居るだろうか?


 俺なら、間違いなく拾うだろう。拾わない人間の考えがわからない。


「お待たせスまスた〜」


 衣類の洗濯が終わったブランが川から上がってきた。洗濯物は石橋の欄干に干してある。彼女は、ブラとパンティーだけの姿だった。


 しかし、ブランは半裸を恥じる素振りを微塵も見せていない。まるで水着姿で浜辺を歩く女子のように堂々と振る舞っている。そのような羞恥心の少なさも、戦士としての才能に入るのだろう。


『それで、考えはまとまったか?』


 俺の問いに、ブランは笑顔で明るく答える。


「当然、弟子になるまスだ。それでスロー様と一緒にいられるなら、わたスは問題ありませんだ!」


『その判断が、過酷な修行の上に成り立っていると知ってもか?』


「はいです。学べと仰るのならば学びます。鍛えろと仰るのならば鍛えます。働けと仰るのならば働きます。それでスロー様のお側にいられるのならば!」


『その覚悟は、本物なんだな』


「もスもスロー様が嫌だと言うのならば、貴方様を地下に監禁スてでも一緒にいたいです!」


 あ〜、こういうところが、この娘のアカンところなんだよな……。しかし、それが武器になるから勿体無い。


 ならば、安全策を取って、ファミリア契約を結ぶか。何せファミリアのレベルを2に上げたら、もう一人ファミリアを契約できるようになったからな。どうやらレベル×人数分だけファミリアにできるらしい。


『では、もう一つの条件だ。俺との間にファミリア契約を結んでもらうぞ』 


「わたスをスロー様のファミリアにスてもらえるのですか!?」


『ああ。だが、ファミリア契約を結べば、俺が死んだらお前も死ぬぞ。それに、俺は祖国に毎月決まった量の金塊を送らないと死んでしまう。だから監禁なんかしたら、金塊を送れなくて死んでしまうんだ。それ即ち、お前も死ぬってことだ』


「か、監禁は禁止なのでスね……」


 俺の説明を聞いたブランがしょんぼりする。どうやら本気で監禁を狙っていたようだ。


 この娘、本当に怖いやつだわ……。


『とにかくだ。お前は俺の元で空手を学んで強くなってもらう。あと、ファミリアなのだからメイドとしても働いてもらうぞ。その分は給料も払うし、三食も保証してやる』


「本当でスか!?」


『今後、家を建てたら、三食・寝床・給料付きの待遇を約束しよう。だから修行に励め。真面目にメイドとして働け。いいな!』


「はいです!!」


『では、早速だが、ファミリア契約の儀式を行う』


「ちょっと待った〜!」


『えっ?』


 ここでマージが話に割って入る。


『なんだ、マージ?』


「お主は何を言っているのじゃ?」


『何が?』 


「ファミリアの魔法は、一人一体までの契約魔法じゃぞ。シロー殿には、すでにチルチルちゃんというファミリアがいるではないか?」


 すると、指をポキポキ鳴らしながら冷めた口調でブランが述べた。


「ならば、その小娘を無き者にスなくては……」


「ひぃ〜〜!!」


 ブランの脅しに怯えたチルチルが、俺の後ろに隠れてしまう。


『おいおい、何を言っているんだ。もしもチルチルに暴力を加えたら、すぐさま破門だぞ』


「破門は困るだス……」


『それに、俺の国のファミリア魔法は、レベル次第で何体とも契約を結べるんだ』


「なんじゃ、そのインチキ設定は!?」


『魔法なんて、どこでもインチキなものだろ』


「まあ、確かにそうじゃが……」


 こうして俺は、ブランと二人目のファミリア契約を結んだ。彼女の胸に髑髏の紋章が浮かび上がる。


『さて、こいつを最強の空手家に育て上げるぞ!』


「ハイだス!!」


『ハイじゃない、押忍だ!』


 その元気良く返事をするブランをチルチルが物欲しそうな顔で見つめていたことに、まだ俺は、気付いていなかった。



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