70【ブラン・ノワ】
俺は気絶しているウェイトレスを抱えると酒場を出て川辺に向かう。その後にチルチルや暁の面々が続いてきた。
そして、石橋の上からウェイトレスを川に放り込んだ。消火剤で真っ白過ぎたから、洗ってやろうと考えての行動である。流石に白い粉まみれでは可哀想だろう。
『まずは洗濯だ。そんなに真っ白だと、こっちが敵わない』
ドボォーーンと川に投げ落とされたウェイトレスは水中で目を覚まして慌てていた。アップアップと溺れそうにもがいている。
「ゴボゴボ〜、ゴバゴバゴバ〜!!」
『おら、落ち着け。足がつく深さだ。慌てるな』
「あっ、本当だべさ……」
川の浅瀬でびしょ濡れのまま立ち尽くすウェイトレスが橋の上の俺たちを見上げた。その表情は至って冷静なのだが、何が起きているのか分かっていない顔である。
俺にチルチル、それに暁のメンバーが石橋の上からウェイトレスを見下ろしていた。逃走や反撃に備えて皆が見えないところで武器に手を添えている。まだ、警戒を解いていない。
『嬢ちゃん、俺との一戦を覚えているかい?』
俺の質問にウェイトレスは頬を桃色に染めながら俯くと、ボソリと答えた。
「激スい戦いでスた。あんなに激スかったのは、わたスは初めてです……」
「にゅ!」
そのように赤面しながら語るウェイトレスを見て、チルチルの眉間に皺が寄る。また機嫌が悪くなったのが空気で悟れた。その証拠にチルチルの耳がピクピクと痙攣している。尻尾なんて下がったまま微動だにもしていない。
そんなチルチルを無視して、バンディが石橋の欄干に片肘をついた姿勢で問いかける。
「それで、なんでお前は俺たちを襲ったんだ?」
その質問に、川の中のウェイトレスは首を傾げる。
「貴方がたなんて、襲っていませんよ。わたスが襲ったのは、白馬の王子様ですから」
「白馬の王子様?」
石橋の上の全員が首を傾げた。何を言っているのか意味不明である。
「誰ぞな、それは?」
マージの問いにウェイトレスは俺を指差す。
「あの方だス」
皆が指先の俺を顔見する。
『俺が、白馬の王子様……?』
「ハイだ!」
ウェイトレスは満面の笑みで応える。すると、俺以外の全員が腹を抱えて笑い出す。チルチルまでクスクスと笑っていた。
その笑い声を聞いたウェイトレスが、テンション高めの表情で述べる。
「高身長でスリムな体型。それでありながら凛々スい素振り。何よりも髑髏のような顔立ちが、わたスにとって、最高で最大の王子様像でございまスだ。スかも、わたスを上回る強者。それは最強の証でスだ!」
『髑髏のようなって、髑髏だし……』
「シロー殿、もしかして素顔を見られたのですか?」
プレートルの問いに、俺は無言で頷く。
すると、悪乗りしたティルールが言った。
「シロー殿の正体がバレてしまった以上は仕方ない。この娘、消しますか!」
「冗談は、よせ……」
「いでぇ……」
エペロングがティルールの頭にチョップを落とす。ナイスツッコミであった。
再びバンディが話を戻す。
「マジでどうするんだい、旦那?」
俺はスカーフェイスの質問を無視してウェイトレスに質問を投げかける。
『ところでお嬢さんの名前は?』
ウェイトレスの娘は、良くぞ訊いてくれましたと言わんばかりの明るい微笑みで答えた。
「わたスはアン・ファス村のノワ。ブラン・ノワだス!」
俺は隣に立つチルチルに訊いてみた。
『アン・ファス村って、どの辺にある村なの?』
「パリオンを挟んで、こことは反対側にある村ですね。小さな村だと聞いたことがあります」
俺は橋の下に向き直すと、さらに質問を投げかけた。
『お前は、なんで故郷を離れてここで働いていたんだ?』
ブラン・ノワは素直に答える。
「両親に家を追い出されたので、運命の王子様を探スて放浪スてまスた。そスて、出会えたのでス。貴方様に!!」
こいつは本当に俺のことを白馬に乗った王子様だと勘違いしているようだ。本格的に頭がイってるのだろう。
俺は被っていた恵比寿の面を取ると、髑髏の素顔を晒しながら言う。
『俺は、王子様なんかじゃないぞ。アンデッドだ』
しかし、俺の素顔を見上げるブラン・ノワは、さらに表情を輝かせながら祈るように両手を組んで言った。
「その純白の素顔こそ白馬の王子様である証だス。わたスの理想の御方だス!!」
『こいつ、もしかして、白骨マニアなのか……』
「たぶん、そうじゃろう……」
橋の上のメンバーも、だいぶブラン・ノワたる女性の内面が理解でき始めていた。そして、誰もが察しているのは、彼女が天然キャラのサイコパスという事実だった。
『さて、それでだ。俺たちはお前を襲撃者として役所に突き出しても良いんだが。何せお前は酒場の夫婦にも暴行を働いている犯罪者だからな』
「あれは不可抗力だス。ああでもスないと、王子様がわたスの元から旅立ってスまうと思って……」
『まず、その王子様ってのをやめな。シローと呼べ』
するとチルチルが訂正する。
「シロー様か、シロー殿と、敬意を持ってお呼びください」
「では、スロー様とお呼びスますだ!」
「訛ってます。スロー様ではなく、シロー様です!」
『も、もういいよ、チルチル。シローでもスローでも変わらないから……。ゴホン!』
俺は咳払いで話を戻した。
『それで、お前を役所に突き出すも出さないも、俺たち次第なのだが――』
「んん……」
『なんだったら見逃してやっても構わない。構わないが、条件がある』
「条件でスか……」
『ああ、条件だ』
「それは、何だス……?」
俺は髑髏の顔を、精一杯微笑ませながら言った。
『俺の弟子になれ、そしたらお前の罪を見逃してやるぞ』
「弟子に……?」
皆がキョトンとした顔で俺の髑髏面を見上げていた。何を言い出すのかと燻がっている。




