66【怪しいウェイトレス】
床に寝そべり酔い潰れている騎獣たちの脈を測るバンディが言った。
「こいつら、酔い潰れているだけだな……。しかし、なんでだ?」
バンディはナイフで刺していたリンゴを引っこ抜くと、こちらに投げてきた。それをエペロングがキャッチする。そして、リンゴの匂いを嗅いだ。
「本当だ……。リンゴから酒の匂いがプンプンするぜ」
俺もエペロングの手にあるリンゴの匂いを嗅いだが、何も臭わない。鼻がないから何も分からないのだ。
大きな胸の前で腕組みをするマージが言った。
「それじゃあ、どちらにしろ騎獣は無事なのじゃな?」
「ああ、問題ない」
「よし、では出発は予定通りじゃ。朝食を済ませたら出発しようぞ」
「それは無理だな」
「何故じゃ、バンディ?」
バンディは溜め息を吐いてから言う。
「騎獣は酔い潰れるほどに酒入りリンゴを食べさせられたんだぞ。立ち上がれない奴が、人を乗せて走れるわけがなかろうて……」
『騎獣も二日酔いとかになるのか?』
俺の疑問にティルールが考え込みながら答えた。
「大量に酒を飲んだら人間同様に二日酔いになるんじゃないの。知らないけどさ」
「たしかにのぉ〜……。それでは、どうするのじゃ、リーダー殿?」
マージの問いにエペロングが答える。
「仕方ないので、もう一泊の足止めかな。このままでは旅立てないからな。騎獣の酔いが覚めるのを待つしかないだろう」
「やはり、そうなるのか……」
それはそうなるだろう。しかし、俺は他人事のように言う。
『それじゃあ、チルチル。食事を済ませたら我々は先に旅立とうか』
「はい!」
「「「「「ええ〜〜!!!」」」」」
俺とチルチルが当たり前の会話をしていると、なぜか暁の面々が驚いていた。信じられないものでも見るかのような眼差しで俺を見ている。
「なんでですか、シロー殿!?」
エペロングが無精ひげを生やした顔を俺の仮面に近付けて訊いてきた。それに対して俺は無慈悲に答える。
『俺たちにはバイクがあるから問題ない。予定通りに旅立つぞ』
「なんで!!??」
『なんでって、なんでだよ?』
俺のバイクは無事だ。現実世界に置いてあるから無事だったのだ。だから旅立てる。何も問題はない。
ティルールが赤毛を掻き毟りながら抗議してきた。
「あんた、普通さ、仲間が足止めくらってるんだから、一緒に待つのが道理じゃないの!?」
『いやいや、知らんがな。お前たちと一緒に旅立ったのは、向かう方向が一緒だったからだ。なんでお前たちのトラブルまで俺が考慮せなならんのだ?』
「うわ〜……、薄情……」
「シロー殿が、そのような軽薄な人物だったとは……」
「最低じゃのぉ……」
「これだからアンデッドは……」
「鬼畜だな……」
『何故か、酷い言いようだな……』
「シロー様、可哀想……」
『おお、チルチルは俺の味方をしてくれるか!』
「当然です。シロー様こそ正義ですから!」
チルチルの盲目的な信頼が心地良い。味方がいるって心強いな。
『よし、チルチル。まずは食事を済ませようか』
「はい!」
『あれ……?』
「どうしました、シロー様?」
『酒場の女将さんも、一緒に来なかったっけ?』
「あれれ、いなくなってますね?」
確かプレートルが納屋の異変を知らせに来たとき、酒場の女将さんも様子を見に一緒に飛び出してきたと思ったんだが。
「ただ騎獣が酔っているだけと知って、先に帰ったのでしょうか」
『まあ、俺たちも酒場に戻ろうか』
「はい」
しかし、俺とチルチルが二人で酒場に戻ったが、酒場には誰もいなかった。呼んでも返答がないので、カウンターの奥の厨房を覗き込んだが、誰もいない。
『誰もいないな……』
「いませんね……」
『まあ、座って待ってみるか』
「はい、シロー様」
俺とチルチルがテーブル席で誰か来ないかと待っていると、裏口からウェイトレスの娘さんが駆け込んできた。
「ああ、お客様、お待たせスました」
昨日から何度か顔を合わせているピンク髪の娘である。彼女の口調には少し訛りが伺えた。酒場の女将さんは訛っていなかったから、この娘はこの辺の生まれではないのだろう。
『ウェイトレスさん、済まないが、この子にパンとスープを頼む』
「あらら、お一人分でよろしいのでスか?」
『ああ、俺は食べないから』
「は、はい……」
ウェイトレスの娘さんは、ちらちらとこちらを振り返りながらカウンターの奥に消えていく。
俺の顔に何かついているのだろうか――。あ、仮面を被ってるや。いや、それとは違うものを気にしている様子だった。しかし、それが何かは分からない。
しばらくするとウェイトレスの娘さんがパンとスープをテーブルに運んできた。
「お待たせスました、朝食セットでス〜」
なんの変哲もないパンとスープのセット。しかしチルチルは、眼前に置かれた食事を見て睨んでいた。そして、ウェイトレスがカウンターの奥に引っ込むと、俺に小声で言った。
「シ、シロー様……」
『なんだ、チルチル?』
「このスープ……酒臭いです……」
『なんだと!』
俺は椅子から立ち上がると、ウェイトレスが消えた厨房を睨みつけた。あの娘が騎獣に酒を盛った犯人なのかと疑う。
『チルチル、食事は食べずに待ってろ!』
「食べるわけありません……」
『このことを暁の奴らに知らせに行ってくれ。それから安全なところで待機だ』
「シロー様は!?」
『ウェイトレスに話を聞いてくる』
「畏まりました!」
返答したチルチルが店を飛び出し、暁の冒険団がいるはずの納屋を目指す。俺は忍び足でカウンターの奥に向かう。
そして、再び厨房を覗き込んだ。すると、ウェイトレスの後ろ姿が目に入る。
「うふふふふ……」
ピンク色のポニーテールを揺らすウェイトレスは怪しく笑っていた。さらには、こちらに背を向けて包丁を砥石で研いでいる。シャキーンシャキーンと殺伐とした音が聞こえてきた。
そして、なにやら、呟いている。
「白馬の王子様は、わたスのものなんだから――」
『なんか、目が行ってるな……。あの娘、ヤバそうだ……』




