63【ヴォワザン村】
俺たち一行が首都パリオンを旅立ったのは、時間にして昼過ぎだった。まずは半日で到着できる近隣の村に向かうためだ。村の名前はヴォワザンである。
ヴォワザン村は農村である。リンゴやオレンジが多く採れるらしく、フルーツの村だとされていた。
しかし、この異世界では香辛料を取るのにモンスターの苦難が付き纏うように、フルーツにも苦難が多い。簡単には取らせてくれないらしい。
リンゴの木もオレンジの木もモンスターなのだ。それでも積極的に人を襲うタイプのモンスターではないのが救いである。
だが、リンゴの木は人面樹で、森の中を徘徊する肉食大樹である。そして、果樹を奪いに来た動物などを捕まえて捕食するらしい。だから自分から近づかなければ襲われない。
それでもリンゴもオレンジもこの世界ではご馳走だ。村人たちからしてみれば、採取しないわけにもいかないのである。
しかし、人面樹にも弱点がある。それは昼行性なのだ。光合成している昼間しか動けない。
だから村人たちは、危険な夜の森に挑んで果樹を採取しなければならないのである。
人面樹と戦うよりも、夜のモンスターや動物と戦うほうが安全なのだろう。それは、農家の発想ではないと思う。戦士の考え方だ。
まあ、そんな感じでこの異世界の農民はやたらと強いらしいのだ。だから野盗やモンスターが村を襲う事件は少ないとされている。農民が野盗などを返り討ちにすることが多いらしいのだ。
ぶろろろろろろろ〜〜!!
「ヒャッハー!!」
ヘルメットを被ったエペロングが世紀末さながらの掛け声を上げながらバイクを走らせていた。
疾風を貫く容姿は、上半身だけのプレートメール。背中に長剣を斜めに背負い、テンション高めにはしゃぐ姿は完全にマッドマックスである。
それでヒャッハーヒャッハーと叫んでいるのだ。それは、これから水を求めて民間人を襲おうとしている野盗のように見えた。
「いいな〜、エペロング。次はあたいが乗りたい〜」
俺の隣を騎獣で走るティルールが物欲しそうに懇願してきた。
『分かったよ。それじゃあ次な……』
「わ〜〜い。シロー殿、ありがとう〜!」
初めて見るバイク、初めて乗るバイクに興奮する暁の冒険団たち。
最初はバンディがバイクに乗りたいと言い出したのが始まりだった。それから彼らの間で代わり番こにバイクに乗るようになってしまったのだ。
その間は俺はチルチルと騎獣にニケツである。
まさか、こんなにバイクが彼らの間で人気になるとは思いもしなかった。バイクの魅力を侮っていたのは俺のほうだったのだろう。
世紀末時代に野盗の間でバイクブームが訪れるのが理解できてきた。たぶんバイクには何かしらの強大な魅力が潜んでいるのだろう。恐るべしである。
「ヒャッハーヒャッハー!!」
エペロングが叫びながら爆走する前方に、村の建物が見え始めた。どうやら日暮れまでにヴォワザン村まで到着できたらしい。
今晩はヴォワザン村の宿屋に宿泊予定である。前回の旅路でも宿泊した宿屋だ。見慣れた景色に少しは安堵できるだろう。
俺はエペロングからバイクを取り返すと現実世界の車庫に戻しに行く。その間に暁の面々は、納屋に騎獣を繋ぎに行った。
俺が宿屋の前に戻ってくると、チルチルと宿屋の娘が話し込んでいた。
宿屋の娘は若い。それでも十八歳ぐらいに見えた。俺が若いと表現したのはチルチルと比べてではない。ティルールやマージと比べて若いと表現したのである。
しかし、この本音を口に出したならば、後が怖いので口にはしない。それが出来るほどには俺も歳を取っていた。あと十歳若ければ、無意識に口に出して後悔していただろう。
「どうぞどうぞ、上がってくださいまし〜」
ピンク色の長い髪をポニーテールに縛り上げたウエイトレスのお嬢さんが俺たちの来店を促す。
彼女の口調は少し訛っていた。たぶんこの辺の生まれではないのだろう。
それにピンク色の髪の毛は獣人か妖精族の証だ。
妖精族と呼ばれている種族は、有り体にいうとエルフやドワーフなどの人種を指す。
しかし、妖精族は獣人とは異なり突然変異などではないし、モンスターのように湧いても来ない。ちゃんとした同族内の交配でしか生まれてこないとのこと。
稀に人間との交配でハーフが産まれてくることもあるらしいが、それ自体が稀らしいのだ。互いに願って交配しても、ハーフはなかなか孕まないらしい。
そして、妖精族の最大の特徴は尖り耳である。エルフもドワーフも耳がとんがっているらしい。
しかし、眼前のウエイトレスさんは耳が尖っていない。だから獣人なのだろう。たぶん耳や尾が生える前の獣人化初期段階だと思われる。
「どうぞ〜、お上がりになってくださいな〜」
俺たちはウエイトレスさんに招かれて宿屋に入る。そして、まずは部屋を借りて荷物をおろした。それから一階の酒場で食事を取ることにした。




