61【コア】
話は数日巻き戻る。
フラン・モンターニュ、西側面。そこに一つの洞窟が口を開いている。その洞窟からは、綺麗な小川が流れ出ていた。
フラン・モンターニュとは、プリンのような形の山である。岩山の頂上は包丁で水平に切り取ったかのように平たく、そこに木々が森のように生えている。その広さは700フィートを超えているだろう。野球場三個分ぐらいだ。
垂直で絶壁に囲まれた外壁は約100メートル。その麓にも木々が茂っており、数多くの動物や魔物が巣くっていた。自然が溢れている土地なのだ。ワイルドウルフの生息地として有名である。
そして、フラン・モンターニュに雨が降ると、その水は大地に染み込み、西の洞窟に集まると小川となって流れ出るのであった。
ピエドゥラの村は、フラン・モンターニュから1キロほど離れた平地に作られた農村で、フラン・モンターニュから溢れ出た水源の恩恵に預かっている。
今回の話は、その西の洞窟の奥から始まる。
洞窟の深さは約100メートル。その最奥には広間があった。洞窟なのに、その広間は明るい。
洞窟最奥に輝くのは魔法の巨大水晶。長細く2メートルの大きな水晶は、1メートルほど宙にフワフワと浮いている。
その巨大水晶の前に立ち尽くす人物が居た。
汚れたビジネススーツ。茶色く淀んだYシャツに赤いネクタイ。手にはイギリス紳士が使用していそうな威厳のある杖を突いている。その身形は整っているが、服は汚れていた。そして、背後に伸びる影すら悍ましく見える。
身長は170センチほど。髪型は白髪混じりの薄毛をオールバックに整えている。
そして、彼は人間ではない。
耳が尖っている。鼻も尖っている。大きな眼球は死んだ魚のように濁っており、口からはギザギザの牙が見えていた。表情は鬼のように凶悪である。
何よりも肌の色が、深く汚い緑色。
そう、ゴブリンだ。
そのスーツ姿のゴブリンが巨大水晶を見上げながら、凶面を光に照らしだしていた。
水晶の奥ではブラックホールのような漆黒が渦巻いて見える。それは、まるで邪悪の権化のようだった。
これがコアと呼ばれる水晶だ。
ジェネレーターコア水晶――それは、固定種のモンスターを生み出すマジックアイテムである。
一つの水晶から、ゴブリンならゴブリン。ゾンビならゾンビ。ドラゴンならばドラゴンしか生み出さない。
しかし、それは誰が作ったわけでもない。自然現象で生み出され、自然災害に分類される代物だった。
ジェネレーターコア水晶は、モンスター同様に魔力が淀みやすいダンジョンや洞窟などで自然に発生する災害である。
それでも発生はレア中のレア。数年に一つ発生すればよいぐらいの確率でしか発生しない。
しかも、その対象モンスターは殆どがゴブリンやゾンビのような雑魚ばかりである。珍しい類の水晶は、三千年前にドラゴンを発生させる水晶が出現した記録が古文書に載っているぐらいだ。
今回発生したジェネレーターコア水晶は、ゴブリンが対象のコア水晶である。
それが、フラン・モンターニュ西側面の洞窟に湧いたのだ。
コア水晶から湧き出たゴブリンの数は既に二百匹を超えている。洞窟から溢れ出たゴブリンたちは、野外でキャンプを張って過ごしているほどだった。
普通、ゴブリンの自然発生率は数日に一匹程度である。しかし、コア水晶の生み出すスピードは、一日一匹以上。多い時には一日で三匹以上も同時に生み出す。故に、あっという間にゴブリンたちは数を増やしていったのだ。
さらにゴブリンだって交配で数を増やせる。しかも、発情期は毎日。雌が出産する早さは二ヶ月で五匹から六匹と数も多い。だから鼠算方式を越えた速度で増えていくのだ。
「グゥグゥグゥグゥグゥ〜――」
コア水晶を見上げながら見つめるスーツ姿のゴブリン。彼はコア水晶の光を浴びながら優越感に浸っているようだった。
その大広間に報告係のゴブリンが駆け込んできた。少し慌てた素振りで報告する。
「ゴブリンロード、報告デス!」
「何ダネ?」
「先遣隊トシテ派遣サレテイタ連中ガ帰還シマシタ!」
「オオ、ゴブチャンガ帰還シタカ。ソレデ、戦果ハ?」
「ゴブチャンガ死亡。ソレニ、二十匹グライノ同胞ガ戦死。残リハ無事ニ帰還シマシタ!」
「エッ???」
「ンン?」
報告を述べたゴブリンは首を傾げる。
「今、ナンテ言ッタ?」
「ゴブチャンガ死亡。ソレニ、二十匹グライノ同胞ガ戦死。残リハ無事ニ帰還シマシタ!」
報告役のゴブリンは、そのまんま反芻する。
「ゴブチャン、死ンダノ……?」
「ソノヨウニ報告ヲ受ケマシタ!」
間抜け顔だったゴブリンロードの顔が醜く怒りに変わる。すると激昂したゴブリンロードが唾を散らしながら吠え始めた。
「何故二死ヌ。ゴブチャンハ、我ラゴブリン大軍団ノ中デ、一番ノ剣ノ使イ手ダゾ!!」
「報告ニヨリマスト、髑髏ノ冒険者ニ敗北シタ模様デ……」
「髑髏ノ冒険者ダト!?」
「ハイ。戦ッタ冒険者ノ中ニ、髑髏ノ強者ガイタ様子デ……」
「髑髏使イ……。ネクロマンサーカ!?」
ゴブリンロードは顎に手を当てて考え込む。
「ゴブチャンヲ倒セルホドノネクロマンサー……。ソレハ、不味イゾ。コア水晶ヲ有シテ、兵数デ押ス我々ノ人海戦術ガ、逆手ニ取ラレカネナイ。今頃、打チ破ラレタ同胞ノ亡骸ガ、ゾンビトナッテ使ワレテイルヤモシレン……」
ゴブリンロードの策略は、コア水晶を使ってゴブリン大軍団を作り上げ、人間世界を打ち破るつもりだったのだ。浅はかだが、ゴブリンらしい思考である。
あのゴブリンチャンピオンと五十匹を超えるゴブリン軍団は、その先遣隊である。
しかし、ゴブリンロードの作戦は、勘違いから狂い始める。
「不味イゾ。コノママデハ、ゾンビ軍団ガ、ココマデ押シ寄セテクルカモシレン!」
ゴブリンロードは背後に控えていた腹心に告げる。
「ヨイカ、今スグニ洞窟ノ守リヲ固メルノダ。砦ヲ築クゾ。ソレデ防衛ダ!!」
「ハッ!」
こうしてフラン・モンターニュ西に、ゴブリンの砦が築かれることとなった。




