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60【咲き誇る薔薇】

 異世界の時間帯は深夜。夜空には七つの月と複数の星が銀河を眩く着飾っていた。


 離れの庭先。周囲には別の民家もないために静かである。他の灯りも見えない。稲穂が風に靡く音しか聞こえてこない静かな夜だった。


 チルチルと女性陣は早くも寝床に入っている。しかし、男性陣は庭先でまだ酒を飲んでいた。


 酒は俺が現代から持ってきた日本酒だ。一升瓶のラベルには鬼ぶっ殺しと書かれていた。日本人の酒飲みならば有名なアルコール度数が高い酒である。


 それを庭先で煽る暁の男性陣。エペロングとプレートルは顔を真っ赤にさせながら酒を飲んでいたが、バンディはすでに潰れかけている。虚ろな眼差しで惚けているのだ。


 俺はスケルトンだから飲み食いできないために酒を飲んでいない。よって素面だ。なので野郎どもと話しながらトレーニングに励んでいる。


 この骸骨の体に筋トレなどが有効なのかは不明だが、筋トレに励んでいるだけで気持ちが落ち着くから止められないのである。俺にとって筋トレとは、精神統一のヨガなどと一緒なのだ。


「本当にシロー殿は、器用だなぁ〜」


「ほんろうでござる〜」


『ふっ、ふっ、ふっ――』


 エペロングもプレートルも呂律が回っていない。こいつらも潰れるのは時間の問題だろう。


「ふにゃ〜……」


 そして、バンディがうつ伏せに倒れ込んだ。どうやら昇天したようである。


「お〜〜い、バンディ〜。潰れるには早いぞ〜」


『ふっ、ふっ、ふっ――』


 今にも酔い潰れそうな二人を見守りながら俺はスクワットに励んでいた。しかも、バスケットボール二つを踏み台にスクワットに励んでいるのだ。足の筋力とバランス感覚を鍛えるトレーニングである。


 既にスクワットは千回は越えていた。三人が日本酒を煽り始めた頃に始めたので二時間は続けているだろう。


 流石は体力無限大のステータスである。この程度の運動ならば疲労感すら感じられない。


 なのでそろそろトレーニングのランクを上げてみようかと考えた。踏み台にしていたバスケットボールの一つを蹴り飛ばす。今度はバスケットボール一つの上でスクワットを始める。


 両足をバスケットの上で揃えながらのスクワットはかなり両足に負担が掛かっていた。バランスを取るのも難しい。


『こ、これはいいぞ!』


 体に負担が掛かれば掛かるほどに気持ちが良い。トレーニングに励んでいるなと思う心が高揚感を呼ぶ。


 しかし、俺のトレーニングを眺めていた二人がついに酔い潰れる。


「うぃ〜〜、もうらめら〜……」


「わひもぉ〜……」


 二人の体が沈む。寝てしまったらしい。


『こんなところで寝たら風邪ひくぞ〜。起きろ〜』


 トレーニングを中断した俺は寝込んだ三人を揺するが彼らはピクリともしない。完全に酔い潰れている。


『仕方ねぇ〜な〜』


 俺は一人一人を担いで運ぶと俺の寝室に寝かせてやった。ベッドは一つしかないのでエペロングとプレートルをベッドに寝かせると、バンディは床に寝かせて毛布を掛けてやる。


『よし、俺はトレーニングを再開だ。ひとつ朝までがんばってみるかな〜』


 そう述べると寝室を出ていった。再びバスケットボールの上でスクワットに励む。


 そして、朝が来た。先に目を覚ましたのはチルチルたち女性陣のほうだった。


「おはにょうごはきまふ、シローしゃま……」


『おはよう、チルチル』


 寝ぼけ眼のチルチルが朝の挨拶をしてきた。白髪の頭が寝癖で爆発しているが、それもまたお茶目で可愛らしい。


 続いて部屋から出てきたマージとティルールが挨拶してくる。


「シロー殿、おはようじゃ……」


「おはようです……」


『二人もおはよう。………マージ』


「なんじゃ……?」


『朝からなんだが、おっぺぇがネグリジェからはみ出てるぞ……』


「サービスじゃ、気にするでない」


『ちゃんとしまっとけ!!』


「はいはい、仕舞いますよ……」


 俺とマージの会話を無視してティルールが訊いてくる。


「シロー殿、あの野郎どもは、どうしたのさ?」


『俺の寝室で寝ているはずだ。ティルール、そろそろ出発の準備が必要だろうから男どもを起こして来てくれないか?』


「うい、わかった」


 ティルールは赤い短髪を掻き毟りながら男どもを起こしに向かった。


 その頃、シローの寝室で目を覚ましたばかりのエペロングが寝返りを打った。するとプレートルの髭面が鼻先に並んだ。あともう少し寝返りが近かったら、髭面オヤジとモーニングキッスを交わしてしまうところだっただろう。間一髪である。


「危ねえ!!!」


 シーツを跳ね除けベッドから飛び起きるエペロング。しかし、その目に入ってきたのは裸のプレートルと自分の姿だった。両者共に全裸。それは、パンツすら履いていない産まれたままの姿である。


「なんで、俺は裸なの!?」


 それに、自分と寝床を一緒にしていたプレートルまで全裸なのだ。それは大変驚いた。一瞬、自分の脳裏にやってしまったのかと疑惑が過る。


 しかし、昨晩の記憶は何ひとつ残っていない。完全に記憶回路がアルコールで洗浄されたようだった。


「んんん〜……」


 すると、まだ寝ているプレートルが寝言を口走った。


「お尻の穴が、痛い〜……」


「ぎぃぃいああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!!」


 絶叫してしまうエペロングは壁に張り付いて泣いていた。鼻水も垂らしていた。


「やっちまった〜。俺、やっちまったよ〜……」


 泣きじゃくるエペロング。そこに、ティルールが入ってきた。


「ああっ!!」


「ええっ!?」


 二人の目が合った。しかし、一人は全裸。その全裸男の前に全裸の髭面オヤジが寝ている。しかも、幸せそうにベッドで寝ているのだ。それは、腐女子の彼女が誤解しないわけがない素材の山である。


「あ〜、御免遊ばせ〜。気を使うから、ゆっくりしていってね〜」


「気を使うなぁぁあああああ!!!」


 何やら俺の寝室で、薔薇が咲き誇っていたらしい。その花園が誤解だと知れるのは、もう少しあとの話である。


 真相は、昨晩エペロングが寝室に運ばれる際に寝ゲロを吐き散らかしたので、二人の服を俺が脱がせてベッドに放り込んだのだ。


 しかし、何やら多大なる誤解を生んでしまったらしい。でも、ゲロの始末をしてやったんだ。それ以上は流石に知らんがな。天罰だろう。



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