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53【認められる】

 マリマリは机に置かれた見慣れぬ品々をじっと見つめた。それは、異世界の文房具。ボールペンをそっと摘み上げ、慎重に指先で転がす。その黒光りする軸が光を反射して輝いた。


 次に鉛筆を手に取り、鼻先に近づけて匂いを嗅ぐ。木の香りがかすかに漂ったのだろう。彼女の眉がわずかに動く。


「これは……何かしら?」


 釣れた――。


 俺は咳払いしてから説明した。


『これは筆記具です。ボールペンはインクが出る仕組みで、鉛筆は芯を削って使います。消しゴムはその鉛筆の線を消せる便利な道具です』


「筆記具……。羽根ペンや石板ではなく?」


『はい。特にこのボールペンは、インクが内蔵されていて、キャップを外してこの先端を紙に当てると文字が書けます』


 俺は透明で見えているインクの部分を指差しながら説明を続ける。


『ただし、内蔵されたインクが切れると書けなくなります。それは外から見えますので察してください』


 俺は手早く紙切れを取り出し、ペン先を走らせた。インクが滑らかに線を描き、異世界の空気にそぐわない現代的な文字が浮かび上がる。鉛筆で書いた文字も消しゴムで消してみせる。


 するとマリマリの目が僅かに見開かれた。


「驚きましたわ。これは、なかなか滑らかですわね。しかもインク壺が必要ないとは素晴らしい」


 羽根ペンとは異なる文明に彼女は興味を持ったようだ。食いつきが激しい。


 次に電卓を手に取る。スマホよりも小さなサイズ。安物の電卓だ。何せ百円である。


 彼女はボタンを指で押し込み、カチカチと音を鳴らした。その無機質な響きに眉をひそめるが、俺が電源を入れて「3700 × 5」と入力すると、表示された「18500」の数字に目を凝らした。


「これは何をするものですの?」


『えっと……計算機です。ボタンを押して数式を入力すると、自動で答えが出ます』


 俺が簡単に計算式を打ち込み、瞬時に答えを導き出す様子を見せるが、彼女は首を傾げて不満気に振る舞う。


「なんて、書いてあるのかしら?」


 やはりマリマリには数字が読めないようだ。何せ俺の世界の数字だ。異世界人が読めなくても当然である。


『それでは、これを――』


 俺は用意してあった紙切れを取り出す。それを見せながら説明する。


『ここに書かれているのは私の国の数字です。こちらの国の文字だと、これになります』


 紙には1から10までの数字と、こちらの世界の数字が書かれてある。×÷=の説明文も添えておいた。カンニングペーパーだ。


「これは……魔道具ですの?」


『私の国の数字を覚えてもらわなければ使えませんが、便利な道具です』


 マリマリは電卓を何度もひっくり返して観察し、ボタンを押しては首を傾げた。まるで未知の宝具を分析する学者のような顔だ。


「なるほど。これは便利ですわね……このような品、今まで見たことがありません。もしや、これも売り物なのかしら?」


 当然だ。マリマリは知っていて確認している。


『はい、そうです……。もし興味があれば、お一つどうですか?』


「ふむ。これはなかなかの品ですわね」


『ただし、この電卓は太陽光を魔力に変換して起動する仕組みですので、明るい場所でしか使えません』


 太陽電池で動いているから昼間しか使えないのだ。その辺は魔力と言って誤魔化した。


「なるほど――」


 マリマリは、テーブルの上の品物を見詰めながらしばし考えた。


「この計算機と筆記具もまとめて買いましょう。ただし、良い値で取引させていただきますわ」


 急展開に俺は少し焦ったが、商談成立の手応えを感じる。


 もう親子の再会って感じの空気ではなかった。完全に取り引きの商談会となっている。それでありながらもチルチルは嬉しそうに微笑んでいた。母親との再会よりも、俺の商売が上手くいっている様子のほうが嬉しいらしい。


 俺は考えておいた値段を口に出した。


『鉛筆は一本ずつで小銀貨一枚。消しゴムも小銀貨一枚。ボールペンは大銀貨一枚。電卓は小金貨一枚になります』


 俺の決めた価格を聞いてマリマリが述べる。


「なるほど。ペンなどは、商人や貴族に普及させたいのね」


 流石は大店の大将だ。値段を聞いただけで俺の真意に気付いてやがる。


「でも、それだと売り込む場所が必要よ。まさか、訪問販売で売り歩くつもりだったのかしら?」


『そ、そこまで、考えてなかった……』


「鉛筆と消しゴムは大銅貨七枚。ボールペンは小銀貨七枚。電卓は大銀貨七枚に負けなさい。そうしたのならば、コメルス商会ですべて売りさばいてあげますわ」


 俺は即答した。


『それで、お願いします』


 頭をペコリと下げる。


 その返答にマリマリは一瞬だけ黙り込んだ。スムーズに話が進んで拍子抜けしたのであろう。


 俺だって分かる。売り歩く手間は省けるのならば省くべきだ、と。


「ごほん……」


 咳払いと共にマリマリが姿勢を直した。再び俺の仮面を直視する。


「シロー殿、あなたの経済力は理解できました。チルチルが言う通り、あなたが屋敷を構えるのは時間の問題でしかないでしょう」


 マリマリの声色が母親のものに戻った。


「ですが、娘を嫁に出すには、まだ少し早いと私は思いますの」


『はぁ……』


 おいおい、この人は何を言い出すんだ……。


『嫁……とは?』


「まあ、歳の差なんて関係ないと思いますが、まだチルチルは幼い。子供を産む体が出来ていません。いま孕んだら難産になってしまいますわ」


『おいおいおいおい!!!』


「お母様ったら……。ポッ」


 ポって、チルチルまで何を言い出しているんだ!!


 マジで、ポって、何さ!!



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