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48【第2ラウンド】

 燃え盛る神輿の残骸。その前で、頭にナイフの刀身が突き刺さり、絶命しているゴブリンシャーマンの死体が転がっていた。


『――……』


「――……」


 俺と燻銀ゴブリンが向かい合い、隙を探り合う。


 その背後では、二人の負傷者を介護する暁の面々。プレートルに掛けられたミュートスペルが解除され、ヒールの治療が始まっている。もう安心だろう。


 周囲を囲むゴブリンの群れは、俺たちの対決を静かに見守っていた。この対決の結果次第で攻めるか逃げるかを決めるのであろう。下等なモンスターの浅はかな考えである。


『さて、第2ラウンドだぜ』


 俺は両手にメリケンサックを握り締めた。チタン製の上物である。


 打撃を強烈なまでに危険度を高める小型武器・メリケンサック。それは現在のところ、アメリカ全土では持ち歩くことすら違法とされている凶器だ。


 それだけ危険な武器なのだ。


 メリケンサックを装着した拳で殴るだけで、相手の部位を一文字に陥没させることができる。顔面を殴れば、一文字に陥没する。胸を殴って陥没。腕を殴って陥没。何処を殴っても陥没だ。それだけ危険な武器である。


 それを元格闘技チャンピオンの俺が使うのだ。それは、一撃で即死を狙える強打になるだろう。


 しかし、相手は日本刀。それに対して俺は、間合いが素手レベルのメリケンサックでの対戦。それは圧倒的に俺が不利である。


 武器三倍段の法則――。


 空手家などが剣道の段位者と対決した場合の差を示した言葉である。


 剣道の段位者より、空手家は三倍の段位が必要という意味なのだ。


 簡単に説明すると、素手と剣とでは、三倍の強さが必要という意味である。


 この戦いが、それにあたる。


 相手はモンスターだが、明らかに剣技に長けている。それは、先のやり取りで理解できていた。


 それでありながら俺は、メリケンサックだけで戦うことを選んだのである。それは、それだけで勝負が可能だと思ったからだ。


 俺にも元チャンピオンとしてのプライドがあるのだ。空手家は空手家らしく戦いたい。


 俺は高く両腕を上げると、ゆっくりと拳を握り締めながら腕を下ろした。メリケンサックを握り締めた拳を固める。


 両手は頬の前。曲げた両腕は脇を締める。少し背を丸めてステップを刻む。ボクサーのインファイタースタイル。攻めを狙った構えである。


 それに対して燻銀ゴブリンは下段の構えを取っていた。それは剣道ならば防御の構えだ。


「――……」


『押して参る!』


 今度は俺から攻めに出た。ダッシュで間合いを詰める。その動きは弾丸。迷いもなく突っ込んでいった。


 初弾は左ジャブ――。


 しかし、その高速のジャブに合わせて燻銀ゴブリンが刀を振るった。


 回避しながら振るわれる刀の軌道は、下から上へと流れる。滑らかで無音の一太刀だった。


 その一太刀は、俺のジャブで伸ばした腕の肘を音もなく切り裂いた。それでも俺の動きは止まらない。二撃目を繰り出す。


 右のストレートパンチ。


 力強い直突きが燻銀ゴブリンの顔面を狙うが、再び回避と同時に刀身が振るわれる。今度は腹を裂かれた。


 それは致命傷の深さ。でも、それは俺にとっては致命傷にならない斬撃だった。何故なら俺はスケルトン。腹は空っぽだからだ。背骨まで届かなければ問題ない。


 さらに三打目の左ローキックを繰り出した。


 俺の腹を裂いたと思った燻銀ゴブリンはローキックをモロに食らう。俺の蹴り足が太腿に食い込んだ。派手な音が鳴り響く。


「グゥ!!!!」


 両目を見開き、痛みに戸惑う燻銀ゴブリンは蹌踉めいていた。初めて大きな隙を作る。


 それが本来の正しい反応であろう。軽々と耐えて見せる鬼頭二角が異常なのだ。


「カァ……」


 蹌踉めき、膝を曲げて耐える燻銀ゴブリン。そこにフルスイングのロングフックを打ち込んだ。その大振りは燻銀ゴブリンの左肩を捕らえる。


 俺の拳に伝わってくる衝撃に、メリケンサックが食い込む感触がはっきりと伝わってきた。骨まで届いた硬い感触。それでも俺は、ヒットさせた拳を力強く振り切った。


『ふんっ!!』


「グゥギィィイイ!!」


 鉤爪のようなロングフックに跳ね飛ばされる燻銀ゴブリン。その肩に食い込んだメリケンサックの傷口から鮮血が飛び散っていた。


 俺を睨み付けながら燻銀ゴブリンが逃げるように後退する。


 燻銀ゴブリンの表情は痛みに歪んでいた。メリケンサックに抉られた肩からは大量の鮮血が流れ落ちている。だらりと下げた左腕は真っ赤に染まり、しばらくは使い物にならないだろう。


 さらに俺の追撃。前に出た俺は、左足で前蹴りを放つ。踵で燻銀ゴブリンの顔面を狙う。


 しかし、体を流して燻銀ゴブリンに蹴り足を躱される。しかも、俺の懐に入り込んだ燻銀ゴブリンが、下から上に向かって刀を振るう。


 その太刀筋は、俺の腹から胸を裂き、さらには顔に被った黒い狐面を真っ二つに切り裂いた。それは正中線に沿った美しい太刀筋だった。


 二つに割れた狐面が飛ぶ。


 だが、すぐさま放った俺の中段左突きが、燻銀ゴブリンの顔面を捕らえる。その一撃で数本の前歯が飛び散り、顔面に一文字を刻んだ。


 さらに俺は大きく踏み込んだ。そのまま燻銀ゴブリンの脳天目掛けて拳を落とす。チョッピングライトだ。


『おらっ!!』


「ゲフッ!!」


 俺の拳が脳天に食い込んだ。その威力に燻銀ゴブリンの首が引っ込み、鼻血を吹いた。


『決まったな』


「……ッ」


 俺が拳を引くと、脳天に突き刺さっていたメリケンサックが血の糸を弾いて引っこ抜ける。すると、白目を剥いた燻銀ゴブリンが膝から崩れ、仰向けに倒れ込んだ。


 おそらく拳圧は脳まで届いているだろう。脳挫傷で、そのうち死ぬダメージだと悟れた。


 勝負ありだろう。


『よし、決まったぜ。押忍っ!!』


 その声を聞いた外野のゴブリンたちが、一斉に逃げ出した。そして、蜘蛛の子を散らすように闇夜へと消えていく。


「「「逃ゲェロ〜〜〜〜!!!」」」


 踵を返した俺が、暁の冒険団に訊いた。


『お前ら、大丈夫か?』


「「「「「――……」」」」」


 しかし、誰も返事を返さなかった。俺を驚きのような目で見詰めている。


『んん?』


 俺が首を傾げると、チルチルが震えた声で言った。


「シ、シロー様、仮面が……」


『あっ……』


 俺が足元を見ると、真っ二つに割れた黒い狐面が落ちていた。胸もはだけて肋骨を晒している。


『バ、バレたかな〜……』


 間違いなく、バレただろう。



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