45【ゴブリンの夜襲】
マージが唱えたライトの魔法。その光で払われた闇に映るのは、パーティーを包囲する複数の邪悪な影。ゴブリンの群れである。
その数は五十匹は越えているだろう。大きな集団だった。
ゴブリン――それは、小鬼族と呼ばれるファンタジーでは定番のザコモンスター。その戦力は人間の兵士よりも弱いが、数で押してくる下等な連中だ。
性格は卑劣で卑屈。残酷で無慈悲。強いものには弱く、弱いものには圧倒的に強さを誇示するゲスな習性である。
身体は小さく子供サイズだが、頭は大きい。表情は醜い鬼のようで、彫りが深く、耳が尖り、牙が生えている。肌は緑がかって不衛生。雑食性で、人肉すら食らう魔物だ。
手には棍棒や短剣などを装備している。中には鎖帷子や兜を身につけた者もいた。
それらの装備は錆びつき、手入れが行き届いていないのが分かる。おそらく、略奪品を使っているのだろう。
「人肉ダ。今晩ハ、ゴ馳走ダゼ!」
「女モ、イルゾ!」
「ヤッチマオウ、廻シマクロウゼ!!」
「キャハハハハハ!!」
武器を構えた暁の冒険団が、焚き火とチルチルを囲むように陣形を築く。それをゴブリンの群れが包囲していた。
弓矢を引きながら、ティルールが言う。
「数は五十くらいはいるわよ……。もしかしたら、それ以上かも」
「なぜに、これほどの数が……」
「結論は一つじゃろう。ロードかチャンピオンがいるぞい……」
「おいおい、どちらも厄介だぞ……」
ゴブリンロードとゴブリンチャンピオン。それはゴブリンの上位種。
ゴブリンロードとは、ゴブリンを指揮し、操る能力に長けた司令官タイプのモンスター。普通のゴブリンよりも知能が高い。
ゴブリンチャンピオンとは、武力でゴブリンたちを従わせている暴君タイプ。個の力に長けたゴブリンだ。
そして、どちらも普通のゴブリンより戦闘力が桁違いに高い。
暁の面々は、今回の襲撃にどちらかが指揮を取っていると読んでいた。そうでなければ、五十匹を超える集団をまとめ上げられるはずがない。
そして、どちらが指揮を取っていても厄介なのは確実だった。
「キョォエエエエエエ!!!」
先陣を切って一匹のゴブリンが奇声を上げながらパーティーに飛びかかった。両手で棍棒を振りかぶっている。
「遅いっ!」
刹那、エペロングの長剣が煌めいた。飛びかかるゴブリンを空中で一刀両断に切り裂く。ゴブリンは真っ二つに斬られて地に落ちた。その矮躯は、脳天から股間にかけて、二つに割れていた。
続いてエペロングがマージに指示を飛ばす。
「マージ、お得意のファイアーボールをブチ込んでやれ!!」
「やったね、了解じゃ!!」
魔法を唱えて火球を作り出したマージが、ゴブリンの群れに火の玉を投げ込んだ。すると、地面にぶつかった火球が爆弾のように炸裂し、ゴブリンたち数体を炎で包む。
「ヒィィイイイ!!!!」
「アチッ、アチッ、燃エル!!!」
「ギィァアア〜〜〜〜!!!」
数体のゴブリンが炎に焼かれてのたうち回る。それを合図に、ゴブリンたちが一斉にパーティーに飛びかかった。
「全員デ、カカレ!!!」
「「「キョェエエエエエエ!!!」」」
「舐めるでないでござるぞ!!」
メイスを横向きに振りかぶるプレートルがスキル技を放つ。その両腕が一瞬膨れ上がった。
「スキル、極楽ホームラン!!」
横振りの大スイング。それは四番バッターのような豪快な一振りだった。その一撃で飛び込んできたゴブリンを打ち返した。
「ノブッ!!」
振り切られた豪快なスイングにより、ゴブリンは数メートル吹き飛ばされ、草むらに落下して消えた。まさにホームラン級の一撃である。
「ほらほら、次々来るよ〜」
ティルールが連続で矢を放つ。その矢がゴブリンたちの眉間を確実に撃ち抜いていった。百発百中である。
バンディは双剣で戦っていた。その動きは手練れのもの。
左手に持った短剣で相手の攻撃を受け流し、右手の短剣で相手の急所を確実に狙って刺す。パリィと呼ばれる戦闘法である。
「数が多くてもよ、所詮はゴブリンだ。俺たち暁の冒険団の敵じゃあねえぜ!」
そのように余裕を口にした直後だった。バンディの眼前に巨漢が立ち塞がる。
「えっ……」
おそらく身長は190センチはあるだろう。エペロングやシローと同じサイズの体躯だった。
「でぇけ〜の、来た……」
「グロロロロロ!」
巨大なゴブリン。手には大きな金槌を持っている。ホブゴブリンだ。
ホブゴブリンとは、ゴブリンの突然変異で生まれてくるモンスターである。その性格はゴブリン同様に邪悪。しかし、ゴブリンと異なりパワフルで巨漢だ。だが、知能はゴブリンよりも低いとされている。
「フンガァァアアア!!」
「うわっ!!」
ホブゴブリンが振るったハンマーを、バンディはバックステップで回避した。空振りしたハンマーが大地を抉る。深くえぐれた地面から、ホブゴブリンの怪力が見て取れた。バンディと比べても、パワーは圧倒的だろう。
「おいおい、厄介なのがいるぞ……」
刹那、バンディの頭の横を疾風が駆け抜けた。
超破壊力の弾丸――ティルールが放った矢だ。
「グ、ェェ……」
矢はホブゴブリンの胸を貫通し、風穴を開けた。そのまま巨体が重々しい音を立てて仰向けに倒れる。
「どう? あたいのスマッシュアローLv5の威力は」
「相変わらずだな、ティルール……」
「えっへん!」
戦況は暁の冒険団が有利だった。敵の数は多いが、個々の実力がそれを凌駕している。
だが、その状況が覆された。
「ファイアーボルト!!」
炎が宙を走る。
それは、バンディの胸に命中し、爆音とともに彼を吹き飛ばした。
「ぐはっ!?」
倒れたバンディの革鎧が燃えている。それをチルチルが持っていた布で叩いて消火した。
「出てきたぞ、ゴブリンシャーマンだ!」
羽飾りで全身を着飾った老ゴブリン。派手な装飾が施された杖を手にしている。こいつが魔法を放ったのだろう。
だが、それ以上にパーティーの視線を引いたのは、ゴブリンシャーマンの背後にいた存在だった。
神輿に担がれたゴブリンの姿――。
数匹のゴブリンが神輿を担ぎ、その上に玉座が築かれている。
玉座に腰掛けるのは、浴衣のような着物をまとった燻銀のゴブリン。肘掛けに肘をつき、脚を組みながらふてぶてしく座っていた。その表情は、人間を見下しているかのようだった。
「こいつが……」
おそらく、ロードかチャンピオンだろう――。




