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44【暁会議】

 異世界は夜である。空を見上げれば、流れる黒雲の隙間から七つの月が見え隠れしていた。


 月光が照らされていない時の草原はかなり暗い。数メートル先が見えないぐらいだ。


 そして、今晩は風がない静かな夜である。そのためか、草木の隙間から虫の音だけが軽やかに聞こえていた。


 暁の冒険団とチルチルが建てたキャンプは、草原の真ん中に陣取っている。六人は焚き火を囲んで夜の寒さに耐えていた。


 風がないとはいえ、やはり夜は寒いのだ。日中とは異なり、急激に気温が低くなるのがこの辺の気候の特徴のようである。


「――……」


 焚き火を囲む六人。パチパチと焚き火にくべた薪が音を鳴らしていた。その焚き火をエペロングが木の棒で突っつき炎を整える。


 まだ寝るには早い時間帯であった。見張り番が一番手のマージとティルールはコーヒーを飲んでいる。その他の面々は、焚き火に当たりながら装備の手入れに勤しんでいた。


 バンディだけが、シローから買ったばかりの二段式警棒を伸ばしたり畳んだりと繰り返して遊んでいた。ガチャガチャと五月蝿い。かなり警棒が気に入っているようである。


 チルチルは、シローから預かっている白いウェアを縫い合わせていた。


 焚き火に映るチルチルの顔は微笑んでいる。裁縫仕事だけとはいえ、シローの役に立っているという事実が喜ばしいのだろう。メイドとしての自覚が早くも芽生え始めているようだった。


 そのようなチルチルの様子を横目で確認したエペロングが話し出す。内容は、この場にいないシローの話であった。


「皆は、どう思う?」


「何がじゃ?」


「シロー殿の話だよ」


 シローの名を聞いてチルチルが頭を上げた。しかし、そのチルチルとは誰も視線を合わせない。俯くか、焚き火の炎を眺めていた。


 そして、話は淡々と進む。


「彼は何者だと思う?」


 マージが答える。


「異国の魔法が使える旅商人じゃろう」


「それだけか?」


「ワシも、あのゲートマジックたる魔法を習いたいものじゃ。しかし、あれは特殊な魔法だと聞いておる」


「どのように、特殊だと言っていたんだ?」


「まず、出口はシロー殿の祖国に固定らしいのじゃ。そして、ゲートを通過できるのは、無生物限定だと言っておったわい」


 エペロングがマージを見詰めながら訊いた。


「何故、無生物限定なのに、術者のシロー殿は通れるんだ?」


「それは、術者特権じゃろうて」


 予想ばかりの適当な回答だった。


 チルチルは、マージの回答を聞きながら、シローの素顔を思い出していた。


 それは、草原で初めてシローと出会ったときの記憶。人攫いから助けられたのだ。そこで見たシローの姿はスケルトンだった。


 眼球も無い。髪も生えていない。骨だけの怪物だった。今は黒い仮面とフードで隠しているが、それは現在でも変わっていない。


 この異世界では、スケルトンと呼ばれるアンデッドモンスターが存在する。珍しいモンスターでもない。洞窟やダンジョン、さらには古い墓地などでは頻繁に見られるザコモンスターである。


 人の白骨化した死体が、大地から滲み出た魔力に当てられて動き出すモンスターだ。


 アンデッドモンスターの特徴は、生命に対しての嫉妬を持っている。生きているものが憎いのだ。


 だから、人を襲う。そして、食らう者も少なくない。


 スケルトンの他にも、肉が残ったゾンビやグール、魂だけの幽霊であるレイスやスペクターなどもいる。


 チルチルは、最初はシローをスケルトンの化け物だと思ったが、彼は人語を話したのだ。普通のスケルトンは人語を話せない。それどころか、会話が成立すらしないのだ。既に理性が失くなっているのがアンデッドである。


 しかし、シローには理性が残っていた。それどころか、人を思いやる優しい心までも持ち合わせていた。チルチルを攫った人攫いよりも、遥かに人間らしい人格者だったのだ。


 だからチルチルは、シローとのファミリア契約を結んだのである。彼を信用したのだ。――否、信頼したのだ。


 だが、暁の面々は、そのようなシローの正体を知らない。普通の人間だと思っているのだろう。


 続いてプレートルが意見する。


「シロー殿は、体術も凄いでござるぞ。武装した拙僧とバンディ殿を素手で制圧したぐらいだからのぉ」


 すると、不満げに眉をしかめるバンディが述べる。


「だがよ、不思議なんだよな……」


「何がだ?」


「俺は初戦でシロー殿の腹をショートソードで確かに割いたんだ。それに、ティルールの矢が胸を打ち抜くのも見た……」


「見間違いだろう?」


 バンディが、チルチルが縫っている白いウェアを指さした。


「ほら、あれだ。その時にシロー殿が着ていた服だ。今、チルチルちゃんが縫っているが、胸と腹が破けているだろう」


 言われたチルチルが慌ててウェアを自分の後ろに隠した。疑惑を隠そうとする。


 すると、今度はティルールも追求を始める。


「やっぱり、あの時、あたいの矢は当たっていたんだよね。それなのに倒れないから、おかしいな〜って思ってたのよ。何か、トリックでもあるの?」


 その質問はチルチルに向けられていた。チルチルは困ってしまってあたふたとしている。何をどのように言い訳をしたら良いのか頭が回らない。嘘をつけない良い子なのだ。


「いや、あれはね。んんっと……ね。あわあわあわ……」


 さらにエペロングが感じた疑念を口に出す。


「それにだ。誰かシロー殿が食事をとっているところを見たことあるか。俺は、彼が水すら口にしているところを見たことがない……」


「確かにのぉ。仮面の下も見たことないしのぉ〜」


「まあ、いいさ。それよりも本題に入るんだけどよ」


 エペロングが言いながら全員の視線を集めた。


「俺は、シロー殿をこのパーティーに誘おうと思うんだ。それに関しては、皆はどう思う?」


 四人が揃って手を上げた。


「「「「賛成〜」」」」


 全員一致で賛成される。


 それは、シローが持っている食事が目的だった。シローが持ってくる食事は、どれもこれも異世界の食事と比べれば、天と地の差ができるほどに旨いのである。それが、暁の面々の心を動かしていた。


 しかし、唐突にチルチルが立ち上がった。その表情は真剣だった。空を見上げながら、鼻をひくつかせている。


「く、臭いです……」


「何がだい?」


「風上から悪臭が漂ってきます……」


 すると、全員が地面に置いてあった武器を手に取ると立ち上がる。その表情は、チルチル同様に厳しく引き締まっていた。


 警戒するエペロングがティルールに問う。


「気配は!?」


「無いわ!」


「ならばシャーマンが混ざっているぞ。音消しの魔法だ!」


 さらにエペロングがマージに指示を出す。


「マージ、ライトの魔法を頼む!」


「了解!」


 指示を受けたマージが詠唱を始めると、手に持っていた木のスタッフが輝き始める。その明かりは焚き火の光よりもはるかに強く、周囲を広く照らし出した。半径十メートルほどが見渡せるほどの光量だ。


「ちっ……」


 バンディが舌打ちを漏らした。


 夜の闇がマージの魔法によって払われると、そこに映るのは複数の人影。しかし、その体躯は小さい。子供のようなサイズだった。だが、数は多い。


「ゴブリンか……」


 その顔は鬼のように醜く歪んでいた。小柄ながらも武装したモンスターである。手には棍棒やショートソードを握っていた。


「クソが……」


 いつの間にか、パーティーは完全に囲まれていたのだ。


「数は……五十匹はいるぞい……」


「なんで、これだけの大所帯が……」


 全方向包囲。パーティーの周囲には隙間がなく、逃げ道は完全に塞がれていた。それほどまでに、ゴブリンの数は多かった。



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