40【国落とし】
赤いスポーツカーから降りてきた鬼頭二角は、片手に一升瓶を持っていた。「鬼ぶっ殺し」とラベルに書いてある。それを翳しながら俺に言う。
「これからゴールド商会の研修だ。上がらせてもらうぞ」
「はあ……」
俺は鬼頭を茶の間に上げると、言われた通りにコップを二つ用意する。そして、こたつに入って向かい合う。
「まあ、飲めや。いけるんだろ?」
「はい、飲めます……」
鬼頭が持ってきた一升瓶から酒を注ぐ。小さなグラスに、波々とギリギリまで酒を注いでいた。
「ほれ、ぐいっと行きやがれ」
「はい……」
俺は注がれた酒を一気に飲み干した。
正直言って、酒を飲んでも酔わない。スキルの毒無効LvMAXが影響していて、アルコールすら無効化しているようなのだ。
俺の一気飲みを見ていた鬼頭も、続いて一気する。ゴクゴクと喉を鳴らしてコップの酒を飲み干した。
「うぃ〜〜、うめ〜〜〜。ゲップ〜」
「………」
この男は二十代半ばに見えるが、その実、七十歳を越えた老人である。外見は若いが、中身はジジイなのだ。それが態度と口調に出ていた。
もしも彼の事情を知らなければ、説教した後に殴りつけていたかもしれない生意気な態度である。
「それで、研修って何ですか?」
「まあ、焦るな。時間は無限なんだ。まずは、つまみを持ってきやがれ」
「はい……」
俺は台所に立つと、冷蔵庫を漁った。冷凍のたこ焼きがあったので、それをチンして出す。
「たこ焼きしかなかったですが、これでいいですか?」
「十分だ。よし、座れや」
「はい……」
俺は、たこ焼きを持ってこたつに戻る。
「まあ、研修って言っても、ただ俺の話し相手になってくれればいいんだよ。それで会社には、俺から適当に報告しておくからよ」
「いい加減な会社ですね……」
「世の中なんて、そんなもんよ」
そんなわけがない。この人がいい加減すぎるのだ。普通は、そんな程度では通用しないだろう。まともに会社員を務めたことがない俺ですら分かる。
鬼頭が爪楊枝でたこ焼きを摘みながら話しかけてきた。
「それで、どうだい? 異世界では上手くやれてるか?」
「現在のところ、金塊15グラム集めました。まだ二十六日は残っているので、残りは余裕で集められると思います」
「それは良かった。響子さんの術でも異世界までは覗けないから、状況は直に報告してもらうしかないんだよな。まったく、面倒くさい話だぜ」
なるほど。鏡野響子でも、異世界までは覗けないのか――。
「それと、事務から届いた書類は提出したか? それをしていないと、給料が支払われないぞ」
「書類は郵便で送りました。それで、給料日って何日なんですか?」
「月末だ。ウロボロスの書物に注いだ金塊の量で報酬は決まる歩合制だ。頑張ったら頑張った分だけ給料も支払われるし、経験値ももらえるぞ〜」
「それは聞きました」
「まあ、それならば問題なくやっていけるよな?」
「今のところは何も問題はないですね」
「結構結構。何事も順調が一番だぜ」
鬼頭は一人で納得すると、二杯目の酒を煽る。
「うぃ〜〜」
彼は酔っているようだ。顔が赤くなり始めている。どうやら鬼頭は酒に酔えるようだ。俺のように毒無効などは持っていない様子である。
おそらくウロボロスの書物によって、契約者ごとに異なる特性が付与されているのだろう。同じ能力を持ち合わせているわけではないらしい。
「鬼頭さん、一つ訊いてもいいですか?」
「なんだい? 俺は優しい先輩だから、何でも答えてあげるぜ」
ありがたい。間抜けなくらい頼もしい。
「ゴールド商会について、詳しく聞いておきたいのです」
「俺が答えられることなら教えてやるぞ。でもよ、俺の知らないことは教えてやれないからよ。その辺はごめんよ〜」
「かまいません」
それにしても、早くも酔っ払ってないだろうか。この人は、車で来たよな。帰りはどうするつもりなのだろう。車を置いてタクシーで帰るのかな。まさかこのまま泊まっていく気ではないだろうな……。
そして、ほろ酔い気分の鬼頭がゴールド商会の歴史について話し出す。
「ゴールド商会ってやつは、名前を変えながら何千年も存在している組織らしいんだわ」
「何千年も……」
思ったよりも歴史は長いらしい。
「だが、世界征服とかを目論むような、だいそれた組織ではないらしいぞ」
「そうなんですか?」
「ゴールド商会の目的は、観測者らしい」
「観測者?」
「見守りが趣味のバードウォッチングみたいなことをするのが目的らしいんだわ」
「見守るだけの組織?」
「ただ見守り、ただ生きて、その時代その時代を楽しむ。それがモットーらしいぞ。俺も五十年ほど付き合っているが、理解しきれない発想だ……」
「何をしたいんだ?」
「俺もよくわかんね〜」
本当にわけのわからない組織である。目的がない集団ってことなのだろうが、マジでわからん。
「ただな、それでもゴールド商会が本気を出せば、一国を壊滅させるだけの力があるのは間違いない」
「軍事力も有しているのか!?」
「いや、軍隊なんて大所帯は持ってないぞ」
「それじゃあ、核か!?」
「もっと怖いものを持っている……」
「それは?」
俺は生唾を飲んだ。どのような強大な力を持っているのか想像がつかない。
そして、少し溜めをもってから鬼頭が述べた。
「個人の武力だ――」
「個人の武力……?」
「金徳寺金剛社長は、たった一人で国落としが可能な強さを持っている」
「たった一人で国落とし……」
そんな、アホな……。話が大きすぎる。




