39【一日目の夜】
サン・モンの町を旅立って一日目の夜――。
空は夕暮れが沈んだ直後。赤く揺らめく焚き火を囲んで座り込むパーティー。暁の冒険団に、俺とチルチルだ。
キャンプの準備が済んだ一行は、食事を終えてゆったりと和んでいた。しかし、暁の一行は不満げにストレスを溜め込んでいた。
その理由は、食事の問題である。
チルチルは俺が現実世界から買ってきた唐揚げ弁当を食べていたのに対し、暁の面々は草原で狩ってきた野ウサギを焚き火で焼いて食べていたからである。
ウサギの肉が不味いわけではないのだろうが、彼らにとって唐揚げ弁当の匂いは、究極の誘惑が秘められたご馳走に感じられたのだろう。悔しそうにウサギ肉を齧りながら、チルチルの食事風景に見とれていた。
しかも、ウサギ肉は焼いただけの代物。香辛料すらふるっていない。それすら異世界では贅沢なのだろう。
それに対してチルチルが食べている唐揚げ弁当は、日本でも庶民的で有名な弁当屋チェーンの売れ筋商品だ。
調理方法は、しょうゆ・酒・おろしにんにく・おろししょうがを加えて揉み込む。それを30分ほど漬けて味を染み込ませる。
そして、揚げる工程は二度揚げ。
1度目(低温揚げ):170℃の油で3分ほど揚げる。火が通ったら取り出し、3分ほど休ませる。
2度目(高温揚げ):190℃の油で30秒~1分ほど揚げ、カリッとさせる。
それだけの手間をかけているらしい。そう、店頭のポスターに書かれていた。
それだけの自信作に、草原で狩ってきたウサギを焼いただけの料理が勝てるわけもない。料理のレベルが天と地ほどの差があるのだ。
たとえ、買っておいた物をチンして持ってきただけとはいえ、勝敗は明らかだった。
バンディがウサギの足を齧りながら呟く。
「そ、素っ気ない……」
マージがウサギの骨をしゃぶりながら言う。
「そ、そうじゃのぉ……。あっちの肉は旨そうだ。匂いからして別格じゃぞ……」
ジト目でチルチルを凝視するエペロングが訊いた。
「あれ、いくらするか訊いたか……?」
それに、ティルールが答える。
「ああ、訊いたとも。小銀貨三枚らしいぞ……」
エペロング、バンディ、プレートルの三人が目を剥いて驚いた。
「「「マジか!?」」」
プレートルが悲しそうに呟く。
「カップラーメンの二倍ではないか……」
咥えていた骨を焚き火に投げ込んだマージが愚痴るように述べる。
「それだけのご馳走なのじゃろうて……」
エペロングが俯きながら漏らした。
「それをメイドに施すって、シロー殿はブルジョアなのか……。いいな〜……」
夜空を見上げたバンディも愚痴る。
「たぶん、祖国では地位の高い人物なのではないのか……」
「「「「「はぁ〜……」」」」」
五人が深い溜息を漏らすと、カラスが鳴いた。
「アホーアホー。どアホー!」
暁の面々がコソコソと話している間に食事を終えたチルチルが、自分の鞄から裁縫道具を取り出して俺に話しかけてくる。
「シロー様。前回の戦闘で破けた衣類を渡してくれませんか」
『破けた衣類って、白いウェアのことか?』
宿屋で暁の冒険団の奇襲を受けた際に着ていた白いウェアのことだろう。胸を矢で射抜かれ、腹を裂かれた服だ。もう、捨ててしまおうと実家に投げてある。
チルチルの持っている裁縫道具は、モン・サンの町を出る前にせがまれて買ってやった物である。チルチルは、あのウェアを縫うためにせがんできたようだ。
『分かったよ』
俺は、ゲートマジックで自室に戻ると、捨てようと思って除けていた白いウェアを手に取り、異世界に戻る。そして、チルチルに手渡した。
『頼んだぞ、チルチル』
「はい!」
チルチルは満面の笑みで白いウェアを受け取ると、すぐさま裁縫に取り掛かった。
よくよく考えたら、チルチルの行動のほうが普通なのだろう。服が破けたからって捨ててしまう俺のほうがおかしいのだ。
破けても縫えば、また着られる。それが昔の当たり前な考え方だ。
破けたからって新しい服を買えば良い、なんてのが、むしろ傲慢で矛盾なのかもしれない。
俺は、現代の考え方に囚われすぎているのだろう。少し反省する。
俺は、しばらくチルチルの裁縫作業を眺めていた。なかなか器用に縫い合わせていく。
『上手いじゃん』
「そうですか」
作業の手を休めたチルチルが俺の仮面を見上げながら微笑んだ。明るく優しい微笑みだった。
俺も無い筋肉を緩めて微笑んで見せたつもりだったが、おそらく伝わっていないだろう。そこがスケルトンの不便なところである。少し悲しい。
リリ〜〜ン、リンリンリン――。
夜が更ける。草原からは虫の音だけが聞こえてきた。
暁の面々は焚き火に集まって何か話し合っている。チルチルはまだ裁縫に夢中だ。
俺は、暇だったので席を立ち、現実世界に戻ることにした。こっちの異世界では、夜はやることがなくなる。やはり現実世界に戻るのが得策だ。
『じゃあ、チルチル。俺は少し向こうに行ってるから、適当な時間になったら寝るんだぞ』
「はい、かしこまりました、シロー様」
俺は現実世界に戻ると、玄関を出た。時間は午前九時ぐらい。まだ店が開店するには少し早いな。
「ランニングでもしてくるかな〜」
すると玄関前に車が止まる。赤いスポーツカーだ。海外メーカーの高級車である。
俺が誰だろうとスポーツカーを見ていると、車内から降りてきたのは黒い革ジャンの男だった。
茶髪でチャラい。首には金のネックレスをジャラつかせ、手首にはブランド物の高級時計を嵌めている。年頃は二十代半ば―――。
鬼頭二角である。
「よ〜、シロー。暇してるか〜?」
軽い。軽すぎる。
それが、彼に対する印象だった。




