4【お馬鹿はとにかく進む】
『さて――』
異世界に踏み込んだ俺は、荒地に囲まれた墳墓の真ん中で仁王立ちし、腕を組んでいた。何をしたもんだかと考えている。
空を見上げれば、七つの月が輝く夜空に無数の星々が瞬いている。墓地から離れたところに山脈が見えるが、景色は殺風景だった。荒れた草原ばかりが続いている。人里らしい明かりは見当たらない。寂しい夜風だけが冷たい地面をなぞっていた。
夜の闇が広がる風景だったが、眼球のない俺の視力は闇夜でも視界を有していた。おそらくナイトアイLv5を初期から持っていたからだろう。たぶんスケルトンの特性なのだと思う。便利である。おかげで光は無用だった。
俺はジャージのポケットからスマホを取り出すと自撮りで自分の顔を写して見る。そこには白骨の頭蓋骨が写り込んでいた。
『マジで骸骨になってるよ……』
骨の指で顔を触ってみたがゴツゴツと乾いた骨の感触しかない。眼球に指を突っ込んでみたが目ん玉も無かった。内部は空っぽのようだ。
さらにはスマホのアンテナを確認してみたが一本も立っていない。直ぐ背後に俺の家の部屋が見えていたが、異世界には電波が届かないようだ。たぶん扉との境目で遮断されているのだろう。
俺はポケットにスマホをねじ込むと周りを見回した。
『墓地なんかに留まっていても仕方がない。場所を移動しようか。しかし、どっちに向かったものか……』
墓地から四方を見回してみたが、人里どころか建物の灯りすら見当たらない。もしかしたら、時間帯からして就寝の時間帯なのかもしれない。
とりあえず俺はゲートマジックを消すと、墓場を出て歩み始めた。
宛はない。適当に進む。
『この体は不老不死、時間は無限だ。腹も減らんし、睡眠も無用。体力だって無限だ。力尽きる可能性も低かろう。ならば只管に歩くのみ。そうすれば、いずれば何処かに辿り着くだろうさ。……知らんけど』
流石は知力2の発想力。単純だが理には適っている……はず。
とにかく俺は荒れた草原を歩き始めた。ひたすらに歩いて進む。しかし、道らしい道は見当たらない。そこからここが人里から離れた場所なのだと悟れた。
それから俺は数時間荒野を歩いただろう。だが、何処にも人の気配を感じなかった。時折すれ違うのは、コヨーテのような獣ばかり。太陽が昇った青空には、見たこともない大きな怪鳥が飛んでいた。
『なに、あの鳥……。まるで真っ赤な孔雀が飛んでいるみたいだ。あれ、フェニックスかな?』
それにしては少し貧乏くさい。フェニックスにしては威厳が少ないのだ。それに、禿鷹のように群れをなして旋回していた。
『んん?』
その赤い怪鳥たちが旋回して飛んでいる袂に、人影が見えた。俺はない眼球を凝らして人影を観察する。
『距離にして200メートルぐらいかな。人数は四人。一人は何か騎乗動物に跨っているが、残りの三人は徒歩で歩いているぞ。旅人かな?』
更に俺が瞳を凝らすと分かったことがある。騎乗動物に跨る人物に続く三人は、俯き、項垂れて足を引き摺りながら歩いていた。ロープで両手を前に縛られて三人が繋がれて並んでいる。
『なんだ、あれ。捕まっているのか?』
その一行に興味を抱いた俺は、彼らの方に進む。そして直ぐに追い付いた。
すると騎乗の男は俺に気付いて警戒を強める。威嚇的な眼光で睨んできた。
「なんで昼間っからスケルトンがお天道様の下を歩いてるんだ……?」
男の顔は、悪党特有の強面だ。ローブにフード姿の下には皮鎧のような物を着込んでいるし、腰には剣を下げている。
後ろの三人を見ると、ボロい麻の服を纏い、髪の毛は汚れてボサボサだった。それに手足が細く、不健康にも窶れているようだった。その手足をロープで縛られ、哀れにも繋がれている。
一人は青年。一人は若い娘。最後の一人は子供だった。もしかしたら家族なのかもしれない。
「ちっ。昼間ならアンデッドも弱かろう。気晴らしに倒して置くか」
言いながら、強面の男は騎乗動物から降りてきた。そして、剣を腰から抜いた。どうやら俺と殺し合うつもりらしい。敵意がガンガンと飛んでくる。
『面白い……』
昔の話である。東京で暮らしている頃に日本刀を向けられたことがある。
それは深夜の居酒屋で飲んだ後の話であった。路上でチンピラと揉めたのだ。その時のチンピラが、何故かポン刀を持っていた。
何故に街の真ん中で日本刀なんて持ち歩いていたのかは知らないが、俺は初めて日本刀を有した人間と喧嘩になった。
もう、相手が刃物を武装している段階で喧嘩と呼べたのかは分からないが、対決することになったのだ。
俺は空手でも、対武器の始動は受けていた。それに、齧った古武道でも少し学んでいた。だから日本刀を持ち出した相手に感謝した。
これで初めて対武器戦が叶ったと――。
結果は完勝。無傷で相手を制したのだ。
当然ながら、相手は病院送りにしてやった。顎を砕き、肋骨を数本ばかり折って、おまけに左足の皿を割ってやった。
素手を相手に刃物を持ち出したのだ。そのぐらいは当然の報いだと思う。
そして異世界を進む俺は、再び剣を向ける馬鹿野郎と出くわした。こいつの顔色から察するに、殺すからには殺される覚悟ができているような面構えだと思った。
「スケルトンなんて早く葬って旅を急がなければ。じゃねえと奴隷が太陽の熱で死んじまう」
不快な単語に、俺が反応する。
『奴隷……。後ろの彼らは奴隷なのか?』
「しゃ、喋った。スケルトンが喋りやがった!」
テレパシーの声を聞いた男が驚いていた。どうやらこの異世界のスケルトンは人語を喋らないらしい。
まあ、俺の世界でも骸骨は喋らないけれどね……。
「くたばれ、頭蓋骨を砕いてやる!」
唐突に野郎が斬り掛かってきた。大きく剣を振りかぶりながら走ってくる。そして、俺の眼前に迫ると袈裟斬りに剣を振るう。
『ああ、詰まらない。素人か……』
男が振るおうとしている一振りで悟れた。剣の持ち方、踏み込みの深さ、重心のバランス、動きの速度、一つ一つの動作から悟れる。こいつは技術を持っていない。持っているのは武器だけの素人だ。っと――。
そして男の袈裟斬りに、骸骨の俺は敏捷に反応して避けてみせる。回避と同時に男の右脇に移動しながら、膝蹴りを腹部に打ち込んだ。
「げふっ!」
お腹を押さえながら俯く男。その額に無数の血管が稲妻のように走った。さらには大きく口を開けて涎を垂らしている。息ができていないようだ。
「がぁ……ぁあ……」
苦痛に歪む男の表情。明らかにダメージは深いだろう。
オッサンスケルトンが放つ膝蹴りとは言え、若い頃はチャンピオンだった格闘技選手の蹴りだ。素人相手に効かないわけがない。
「な、なんなんだ……。このアンデッドは……」
『黙れ、外道――』
俺はフィニッシュを狙う。
深く腰を落として、両足で大地を掴む。安定した姿勢から正拳突きの一振りを男の右こめかみに打ち込んでやった。
唸る拳が捻りながら着弾する。俺の骨だけの拳が男の頭部に深く減り込んだ。
なかなか凄い音が響く。
手応えは満点。男の視線がブレたのも確認できた。その結果、男は両足を揃えた状態で横向きにダウンする。
KOだ――。
『押忍っ!!』
俺の勝利の掛け声に、捕まっていた三人の奴隷たちが身を丸めて怯えていた。
まあ、しゃあないよね。唐突にスケルトンが気勢を上げたら、そりゃあ驚くさ。