37【パリオンに旅立ち】
「おお〜、あったあった、四本全部落ちてたぞ!」
「それは良かったですね、バンディさん」
ベッドの上で肩掛け鞄に着替えを詰めているチルチルが、床を這い回りながら俺に折られた前歯を回収していたバンディに微笑みかける。
俺たちは宿屋に帰ってきていた。旅の準備の荷物をまとめているのだ。そこについて来ていたバンディが、折れた歯を回収しているのである。
『ところで、折れた歯があればヒールで歯がくっつくのか?』
「ああ、少し手間は掛かるが元通りになる」
バンディは折れた歯を見つめながら説明してくれた。
「まずはパラライズの魔法で痛み止めを施して、その後に歯茎をナイフで裂いて、折れた歯を差し込むんだ。そしてヒールを掛け直す。その歯が間違いなく自分の歯ならば、ちゃんとくっつくって仕組みよ」
『その歯が自分の歯でなかったら?』
「歯茎に安定しなくて、すぐにもげるって話だぜ」
『なるほどね〜』
この異世界での歯の治療は、なかなかハードっぽい。いや、どこの世界でも歯の治療はハードなのかもしれない。何せ俺も歯医者は怖い。あの音がアカン……。
「まあ、グレーターヒールがあれば、折れた歯でも生えてくるんだけどな〜」
『グレーターヒールって、めっちゃ便利だな』
「切断された腕でも、潰された目でも、グレーターヒールを掛けてもらえれば元通りだ。その部位が無くても生えてくるって仕組みよ。だが、潰れた目をほっておいたり、ヒールで傷を塞いでしまうと、もうグレーターヒールでも直せない。その辺を気を付けないとならないんだぜ」
『参考になる――』
「だが、グレーターヒールは上位神官しか使えないから、高額なんだよ。一回掛けてもらうだけで小金貨一枚は吹っ飛ぶ。腕を繋げたり生やしたりするなら、大金貨一枚は覚悟しないとな」
『グレーターヒールって、ぼったくりなんだな』
「ところでシローの旦那は、攻撃魔法が使えるのかい?」
『少しな。ファイアーアローとアイスアローが使えるよ』
「すげぇ〜な〜。体術が使えて、さらには攻撃魔法まで使えるなんて、攻防一体じゃねえか」
『そうかな――』
すると、荷物をまとめ終わったチルチルが鞄を肩に下げながら言ってきた。
「シロー様、荷物をまとめ終わりました」
『よし、それじゃあ、待ち合わせ場所に向かいますか』
「はい!」
一階のカウンターで部屋の鍵を返した。その時に壁や窓ガラスの修理代を請求されたので泣く泣く払ってやる。壊したのは俺ではないので納得が行かなかったが仕方ない。部屋を借りてたのは俺なのだから……。
それから俺たちは、三人で宿屋を出た。正門で待っているだろう暁の冒険団と合流する。
俺たちが正門に到着すると、爬虫類の騎獣にまたがる暁の面々が待っていた。あの二足歩行のトカゲみたいな獣である。
騎乗しているエペロングが手を振りながら俺たちを招いていた。
「シロー殿〜、こっちだぞ〜」
エペロングの側には、誰も乗せていない騎獣が二匹用意されていた。おそらくバンディと俺の分だろう。
「シロー殿は、騎獣に乗れますか?」
『乗れない……』
騎獣どころか、馬にすら乗ったことがなかった。乗ったことがあるのはバイクや車だけである。
「まあ、簡単だから、すぐに乗りこなせるようになりますよ」
エペロングは笑いながら言っていた。その彼から俺は手綱を受け取る。
俺は爬虫類の瞳を見つめた。優しい草食獣の瞳が潤んで見えた。穏やかな眼差しである。
『まあ、試してみるか……』
俺は騎獣に跨り、手綱を引いた。すると騎獣が立ち上がる。
『高い!?』
かなり高い。そして、怖い。でも、なんとか操作はできそうだった。
すると、エペロングがチルチルに手を差し出しながら言った。
「チルチルちゃんは、俺の後ろに乗りなさい」
しかし、チルチルはあっさりと断る。
「結構です。私はシロー様の後ろに乗ります」
「そ、そうかい……」
『いやいや、ちょっと待ってくれ、チルチル。俺は騎獣に跨るのも初めてなんだ。二人乗りなんて無理だよ』
俺の言葉を聞いて、エペロングが満面の笑みで再び言った。
「そんなわけだから、俺の後ろに乗ろう。シロー殿が慣れたら彼の後ろに乗ればいい」
「嫌です。断ります。乗せてもらうならば、ティルールさんに乗せてもらいます」
「えぇ………」
そう言うと、チルチルはティルールの背後に飛び乗った。それを見てプレートルが出発の声をかける。
「それでは皆の衆、パリオンに出発ぞな!」
「「「『おお〜!」」」』
エペロング以外が応えた。そして、パリオンまでの旅が始まった。
騎獣で100キロ程度の旅らしい。日数にすると、休み休みで六日ほどかかる旅とのことだ。
これが車ならば、数時間で到着できる移動なのだが、異世界だとそのぐらいかかってしまうようだ。
俺は、文明の力の偉大さを痛感していた。やっぱり自動車は、凄い発明らしい。




